年度末。

 激務で倒れそうなほすまんです。


 皆さんも、バタバタな毎日をお過ごしでしょう。


 先週から怒涛の日々を送り、金曜は久々に朝帰りでした。もちろん、仕事ですぞ。

 昨日も月曜から振り回され、日を跨いでから帰宅。

 土日も大学生の息子が帰ってきて、あれやこれや付き合わされていたので、ほとんど休めなかったし。

 

 だから、お昼を食べたらもう、眠くて眠くて🥱

 

 なんかしてないと落ちそうなので、ブログなど笑



 突然だが、昨日はホワイトデーでしたね。

 もう、やめませんか?

 この手の習慣。


 一応、バレンタインデーに、「超」義理チョコをいくつかもらっていたので、お返しをしたのです。

 義理と言っても、まあ、中には結構な値段のものを渡してくれる娘さん笑もいて。

 だから、お返し無しってわけにはいかない。


 でも、考えてみたらね。

 別にワシのこと好きでいてくれるなら良いが、そーでもないのに、名実ともに「義理」で渡されるプレゼントなんて、正直言って迷惑である。

 もう、この歳になったら、そんなイベントに参加してることが、そもそも恥ずかしいのに。

 まあ、好きです、って渡されても、それはそれで困るけど。

 そんな困り方してみたいけどな笑

 最近、無いな、そーゆーの…(遠い目)

 

 おまけに、いいものくれる娘さんはまだよしとして(こーゆー考え方がモテない理由)、なんかちっちゃな小袋に市販のチョコ菓子何種類か詰め込んで渡すお局さんとか、マジ迷惑。

 きっと、相手さんも気を遣ってくれているのだろうが、あーゆーのは、もうお互いしんどくないですか?


 とにかく、プレゼントとかがあまり得意でないほすまんは、お返しもヨメ任せ。

 バレンタインで貰ってきたチョコも、帰ってきたらとにかくヨメに渡す。


 すると、ヨメの値踏みが始まる笑

 今の世の中、怖いよね。ネット見れば、その商品がいくらかすぐ分かる。

 ヨメは丹念に、「これは〇〇円もするやん!パパ、この人にはきちんとしたお返ししなよ!」とか。「これ、〇円やな。ほどほどでいいよ。」とか、的確なアドバイスが入る笑


 おまけにホワイトデーが近付くと、ワシが近所のスーパーやコンビニでお返しを買おうとするのを制止し、きちんと某有名バームクーヘン屋さんの洋菓子をネットで手配して。

 前日の夜に渡してくれる。


 ね?

 こんなシステムだから、ワシなんかに義理チョコ渡しても、実につまらんどころか、値踏みされるんだから、やめといたほうが良いよ。


 お金もかかるし。

 そんな金を義理チョコに使うなら、「一緒に飲みに行きましょ❤️」と誘ってくれた方がよっぽど嬉しい。相手によっては断るけど笑



 まあ、バレンタインに関わらず、ワシはとにかく人に物をあげたり、貰ったりするのが苦手だ。


 人から貰ったプレゼントで、本当に「これ欲しかった!」なんてもの、なかなか無いし。

 仮に欲しいモノであっても、貰ったモノって、気を遣ってしまって堪能できないし。

 それを知ってるから、誰かに物をあげようと考えても、「欲しい物で無いかもしれん」と思って二の足を踏む。


 昔、当時の彼女に奮発して買ってきたイヤリングをあげたら、その場でその娘とその友達連中に爆笑されたことがあって。あまりにも「オバサン趣味だよー!」って、マジで涙流して笑われたのよね笑

 恥ずかったなー。

 そんなトラウマもあって笑



 気持ちがあれば、言葉が無くても、通じる。


 バレンタインチョコくれない程度で拗ねないし笑、ましてや職場での人間関係なんだから、余計なもの、持ち込まなくて良いよ。ワシには。

 ドライでいいし、好きでも嫌いでもお互いエチケットをわきまえて、大人の付き合いをしましょーよ。

 

 ワシは、心を許せる友人なんて多く必要としてないし、事実、何千人といる職場にいても、「友達」と胸張って言えるの、ほんの数人しかいないもんね。

 いや、それでいいのよね。

 いらないの、ワシ。


 そんな「友達」とは、時々飯食ったり飲みに行ったりした時の空気で、お互いが分かる。

 お互いの距離が心地良いし、お互いの領域を測ってるし。


 大人って、そーゆーもんよね。



 ここまでは前置き。

 でね。


 だからこそ、エホ界は、居心地悪かったのかも、と、今振り返って思う。


 エホ界では、まさにワシの苦手な「儀礼的やりとり」で溢れてる。


 一応、「愛があれば互いを尊重できる」的な看板を上げているが、それは分かりやすく「タテマエ」である。


 エホはみーんな、儀礼的習慣を重んじ、モノやカタチによるアピールをしない者は、あたかも「愛が無い者」との烙印が押される。


 だから、巡回監督が訪問してくると、現金やモノを渡そうとする者が後を絶たない。

 「食事招待」は組織内で名詞化していて、おもてなしにメシや金が必須になってる。

 神を愛してます、と言うだけの人を信用しないから、「要求時間」だの、「報告」だのが必要になる。

 絶えず集まり合いなさい、を概念として広く受け止めないから、「すべての集会を支持しない人は信仰が弱い」とか言い出す。

 家族研究や個人研究をカリキュラム的にこなすよう圧力をかけ、それが出来ていない者を、減点する。

 信仰のあり方や、それぞれの個性を認めないから、信仰を「資格」で形容しようとする。



 巡回監督の訪問なんて、別にこっちが頼んだわけでは無いんだから、「邪魔はしないけど、特段ありがたくも無い」と思ったり。

 その程度の客?のためにお金を渡したり、メシを食わせたりする必要性を感じない。

 神は信じてるけど、仕事減らしてまで布教したく無いし、ましてや神でも無いただの支配階級のオヤジどもに、自分の布教時間を報告する必要性を全く感じない。

 

 まあ、こんな考え方は、エホ界では全く受け入れられないのだ。


 全て現物主義、数値優先。

 気持ちがあるなら、それで充分、というような自然なメンタルは、排除されるのだ。


 まあ、改めてワシは。

 あの世界、無理やったんやな。



 おこがましいながら。


 ワシがイホバなら。

 「ワテ、1000時間伝道しましてん!」とかって誇って報告書イソイソと書いてる信者より。

 布教などしてなくても、時々陰で聖書を開き、その言葉に力付けられたり、ふと涙したりしている信者の方が、よっぽど愛おしいと思う。


 わかってるよ。

 気持ちだけで、充分だよ。


 と。


 そっと声をかけてあげたくなる、と思う。




 ワシは、誕生日のプレゼントも、基本的にいらん。記念日にもあまり興味がない。

 

 プレゼントなんて無くても。

 誕生日だね、おめでとう、と言われたり。

 記念日だね、と語らったりするだけで充分。


 ワシのことなんか覚えてくれていてありがとう、と。

 


 モノやカタチそのものには、意味がない。



 それにしても、イホバって神は不思議な神だ。


 自分のことを「ええやつ」と、何人に、何時間言ったか、毎月報告してこい、と言うし。

 ワシのこと好きやったら、一人あたり、900円くらいは払えるやろ、と求めてくるし。

 ワシの言う通りにせんやつ、無視したれ、と唆すし。



 もう、ジャイアンやん。

 いや、そんなかわいいもんじゃない。


 もう、プーチンだな笑



 って事で。


 ホワイトデーに端を発した、JW雑感でした。

 ちと、目が冴えたかな。



 ではでは。

 皆さん、午後からも頑張りましょうね!