今年の流行語になった「脱原発」という言葉を初めて使ったのは、高木仁三郎である。私は、かつて彼や久米三四郎などの「第一世代」の反対運動の指導者によく取材した。当時は電力会社も国も「炉心溶融は140万炉年に1回」などといい、朝日新聞が激しい原発推進キャンペーンを張っていた。それに対して「軽水炉の設計には構造的欠陥があり、炉心溶融は避けられない」というのが高木などの主張で、それが正しいことは福島の事故で立証された。問題は、その後である。
http://news.livedoor.com/topics/detail/6133702/
※この記事の著作権は配信元に帰属します。