私も自動的にこのOshoインナーチャイルドワークと呼ばれるプロセスに入っています。
当然ながら、生まれてくる過程で皆母親から生まれてきます。
この母親の影響は非常に大きいです。
親が言った何気ない一言や
視線や態度が
まだサヴァイブしないといけないと感じてる小さな身体に非常に大きな影響を及ぼしています。
最近ふと思い出したのは私が不登校になってほぼバイトしかしてなかった時に
母が困惑して
「今のままじゃ、、ガソリンスタンドのお姉さんぐらいしか仕事がないよ!」と言ったこと。
私は
「え!?ガソリンスタンドのお姉さんかっこいいじゃん。。。!」と思ったのですが
自立してるし、肉体労働だし。
母的には固い仕事について安定するのが幸せ。だと思っていたのでしょう
その時に私の中で目覚めたがってる女の子は魔女の宅急便に出てくるウルスラみたいな女の人でした。
ボロボロの山小屋に住んでいても自立してる。
少女時代というのはキキとウルスラの両面の質を持っていると思う。
何気ない一言。。でもいまだに憶えてる。笑
母は私が自分から離れて生活する、ということを非常に怖がってました。
私は私で自然体でいて、そのままで愛されるタイプの母親を見て私はどこか母親とは似てない自分の「未完成」ぶりを持て余していました。
母親は私が女の子のような色や服を選ばないこと
楽しくなければ笑わないこと
カメラの前でも笑顔じゃないこと
優しい雰囲気で話さないこと
普通の子ができることが普通にできないことなどを心配していました。
学校の勉強よりも。
母はとにかく「この子はこんなことでは愛されないのでは」と思っていたんじゃないかと思います。
誰かに愛されることが最善の幸せだと母は思って生きてきたんじゃないかな。
親になってみるとどんなに滑稽な心配でも些細なことで親心というのは波立つな〜と感じてるので
この母の心配をいまは「かなりズレてるけど子供を幸せにしたい、そうであってほしい」と感じている純粋な愛情だったと思ってます。
お母さん、私が心配だったでしょ
自分が離婚したせいで私の人生が変わっちゃったと思って責めたでしょ
本当は全く、全くちがうこと
ただ自分の中で起きてることと母親の人生で起きていたことは全く違うことなのにね。
母が私を見て心配することは
きっと母本人が表現してはいけないと感じていたもう一人のウルスラだったのかもしれないと最近感じています。
母子というのは一卵性双生児のように混ざり合う時期がある気がします。
そこから別れて行くときに否定するというよりも
母という幻想を脱がせてあげる必要があります。
事実を事実として置いてあげること
親をただの1人の人間として置いてあげること。
自分の人生を歩き出すということ。
その過程で感情的な混乱もやってきます。
瞑想とセラピーがそれを助けます。
ラーニング・ラブでは物事をあるがままに観るということをとてもわかりやすく丁寧に紐解いていけます。