よく、こんなことが言われます。
「知識ばかり集めても、知恵がなければ社会ではなんの役にも立たない」
まぁ、誰もが聞いたことのある言葉でしょう。
このあとには、「だから、経験のある人の言うことをよく聞きなさい」と続くことも多いです。
この言葉を文字どおりに解釈すると、「経験のある人の言うこと」というものはもうそれで『知識』なので大いに矛盾しているのですが・・・そんな言葉遊びはなんの意味もありませんね。
さぁ、『知識』と『知恵』どちらが重要か、というのは昔から議論されている話のように思います。
現在の日本では、詰め込み教育への反発の表れなのか『知恵』派が多いように感じますが、「ただ、知識もなきゃね」という、ゆとり教育に反発するような『知識』派も認められているのではないでしょうか。
そこで、この禅問答を自分なりに解決するために、ちょっと一つ要素を足してみましょう。
『知性』です。三者を英訳すると、
知識:Knowledge
知恵:Wisdom
知性:Intelligence、Esprit(エスプリ)
となりますね。
更に言い換えると、
知識→情報
知恵→機知・機転
知性→理性
少しいいすぎな部分もあるかとおもいますが、本質的なポイントは抑えていると思います。
理性というのは哲学的な意味のほうで、簡単には物事を判断する能力、程度の認識でいいでしょう。
さて、結論から言うと、なによりもまず『知性』こそが大事なのだということをいいたいのですが・・・
「経験」といえば、経験論。英国経験論的な立場にたって述べると、生得的なものはなにもないわけですから、当然、知恵(や知性)は知識の積み重ねによって組み立てられるわけです。ということは何よりもまず知識が大事でしょう。
しかし、実際的に考えると、たしかに生得的な観念によって物事を判断しているわけでは無いですが、準生得的とでもいうべき要因(環境とか、地域、親の価値観)などによって、大きく物事の見方は変わってしまいます。
一般道徳から考えても、これまでの日本の教育において、知識を優先させた結果が、必ずしも良い結果を及ぼしたわけではありません。数多くの伝統文化や、民間療法などの消滅へ一役買ってしまっていたとまで言われます。
そこで、知性の登場なのです。
知性とは、「あの人は知性がある」のように『気品』の類義語のように使ったり、また、上記の様に理性と同義語のように使ったりすることも多々あります。
知性(=理性)とは、いわゆる司令塔・観測所です。物事を判断・決断する働きです。サッカーで言うとMF?
単に知識と知恵について語るだけでは、ディフェンダーとフォワードについて語っただけに過ぎず、フィールド上で重要なもう一つのポジション、ミッドフィールダーにもきちんと言及する必要があるでしょう。
良質な知性を持たなければ、莫大な知識を持っていようと、優れた知恵を持っていようとも、それらを発揮することなく人生は終わってしまいます。
逆に良質な知性を持っていさえすれば、大したことのない知識量と知恵であろうと、それなりにチャンスを見つけて、的確に行動することができます。
「知性を鍛える」ということは、とても難しいことです。知恵のある大人、知識のある大人というのは幾人も知っていますが、知性のある大人に出会ったことは数少ないです。
僕の話したことのある中で、最も「知的」だと思ったのは、某大学で哲学を教えていらっしゃる教授です(現在は、その人気から学長に就任)。
何が知的かというと、幅広いことに、偏見を持たず、かつ自分の意見はしっかり持って望むという姿勢です。
哲学科ということもあり、小難しく、よくわからない話ばかりするんだろうと思っていたのですが、実際は、映画・読書・野球・etc・・・・と、非常に幅広く楽しんでいらっしゃるのがとても印象的でした。
※余談ですが、このブログタイトルの「エスプリ」ですが、これも「知性」という意味です。
知性のある人間こそが、最も目指すべき人間だという信念から名付けました。