回顧録 一周年 | pちゃんのブログ

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『娘と父』の連載はちょっとお休み。

次から続きが始まるからお楽しみに!



ここから本編です。



丁度去年の今頃だった。

私がいつも通っている温泉で起きた出来事を笑い話としてやっと話せる気がする。



その日もいつものように朝から温泉に行っていた。

休みで用事が全くない時は開館から閉館までそこで一日を過ごす。

内湯、露天、お食事処、仮眠室、エステ、マッサージと至れり尽くせりだ。

時間も夜になり最後にもう一度露天に入って締めようと浸かっていた。

このクソ寒い夜に大露天にいるのは私一人だけで、この夜空を独り占めしてるかのようで気持ちが良い。


すると突然、脚に激痛が走った。

私の場合、脹脛(ふくらはぎ)ではなく表側の脛(すね)が攣る。

この痛みは経験した人にしか解らないだろうが、大の男でも涙を流すほどの激痛で全く動けなくなる。

しかも、両脚同時に起きた。

両脚は全く動かせなくなるから、下手をすると浅い風呂でも充分溺れるだけの理由になる。

慌てて上半身だけで湯船から這い出したは良いが、この12月の夜に濡れた身体は直ぐに冷え切り、これはヤバイ!と思って何とかして内湯に戻ろうとした。

ところが・・・今度は貧血が起きた。


(こんな時に選りにも選って!)


完全に身動きが取れなくなってしまった。

周りには、誰もいない・・・


(この状況、マジヤバイぞ・・・これっ!)


人がいるところまで何とかして行かねば・・・

という思いだけで四つん這いの格好で階段を上がり内湯のある建物に向かう。

すると、建物のすぐ傍にある男湯の露天に若い男の子がいた!

意識が朦朧としている中、有りっ丈の声を振り絞り、


「スタッフを・・・呼んで・・・ください・・・」


とお願いをした途端、今度は上半身の筋肉まで攣り始めてそこに突っ伏し、体全体に激痛が訪れ話す事さえも出来なくなってしまった。

彼は何が起きたのか解らなかったと思うが、タダならぬ状況と判断して、


「はっ、はいっ! 直ぐ呼んできます!」


と言ってその場を飛び出し何人かのスタッフを連れて来てくれた。

呼ばれたスタッフも事の次第が把握できていないから、アタフタしている。

私は全身を襲う激痛に呻き声しか出せず、身体を動かせる状況では無かった。

身体の一部に力が入るだけでそこに激痛が走り、自分でも身体をどうしていいのか全く解らなかった。

取り敢えず、近くにいたお客さんまで手伝って私をなんとか内湯の所まで運んでくれた。

冷え切った私の体をバスローブやバスタオルで包みまくり、その上からお湯をかけて温めてくれた。

が、症状は一向に治まらず、全身の筋肉が攣った状態のままだ。

もう手に負えない状況と判断してか救急車を呼ぶことになった。

救急隊が着いた頃にはもう全身が痙攣を起こし、過呼吸に陥り意識も朦朧としていて、激痛を通り越して苦しいだけに・・・


(あぁ、俺ってこのまま死ぬのかな? でも・・・裸のままは嫌だなぁ)


って頭ではそんなことを考えていた。

駆け付けた救急隊員に色々問われても、顔面の筋肉も攣ったままで喋れず唸るだけ。


『お願いです! 助けてください! 早く楽にさせてください!』


と言いたいけど呼吸を維持するのが精一杯。

「ご家族は?」

って聞かれても、首を横に振る。

「お独りですかぁ~、連絡出来るご友人は?」

携帯持ってないし・・・

今この状況で連絡を取れる人はいるが、いつもなら記憶している電話番号も浮かんでこない。

首を横に振る。

服を着ることさえ出来ず 、裸のまま担架で救急車に乗せられる。

私の服やら荷物はスタッフがロッカーを開け、ひとまとめに袋に入れて同じく救急車へ。

温泉施設の駐車場から受け入れ先の病院を探すことに。



しかし、救急隊員って何も出来ないんだねぇ。

血圧とか脈拍とか基礎的な検査だけで、こっちは喉が乾ききってて『み・ず、み・ず』と何か飲ませてくれ!って動かない腕で必死に訴えても、

「ゴメンね、何も与えられないんだ。」

と言われてしまった。

受け入れ先の病院もたらい回しにされ中々決まらない。

出動した救急隊が世田谷区だから、管轄の世田谷区の救急病院をしらみ潰しに当たる。

目の前が多摩川で橋を越せば神奈川県になってしまい、すぐ近くに救急病院があっても簡単には搬送できない。

よくニュースで聞くが、受け入れ先が見つからずに命を落とすって、こういう事なんだなぁって身を持って実感した。

体温も極度に下がり今度は体の硬直が始まった。


(あぁ、俺もこのまま・・・)


次々出てくる病院名に聞き慣れた名前が・・・『玉川病院』

昔、左右肺気胸になった時に手術でお世話になった病院だ!

この温泉施設から5分も掛からない場所にある。

必死の思いで救急隊員に伝える。

母音しか出ないが。


「お(そ)・・・お(こ)・・・え(で)・・・」


裸のまま玉川病院に救急搬送されても全身の痙攣、硬直が治まらず、顔面の筋肉まで硬直が始まった。

口が開いたまま塞がらない。

直ぐに血液検査、点滴投与が決まった。

ところが、点滴が入らない?

看護婦さん達が騒ぎ始めている。

「おかしいのよ! 針入れても逆流するのよ!」

「そんな事ある訳ないでしょ! 違う場所を探しなさい!」

「さっきからやってます! どこに入れても同じです!」



(えっ! 俺・・・死ぬの?)



「あのね、筋肉が硬直してて圧力が掛かっちゃって点滴液が入ってくれないの。」

「それに静脈が奥に隠れてしまって場所が見つけられないの。」

「お願いだから、力を抜いてね 。」

そんなこと言われても、体を動かすと全身に激痛が走り、痙攣してても少しでも楽な態勢を探してその姿勢を維持することしか考えられない。

「やだぁ! ちょっと体が冷たいよ!」

「先ず体を温めようね! 服着ようか。出来る?」

首を横に振る。

「誰か、毛布持ってきて!」

看護婦さんが毛布で全身を包み、その上から私の体を擦り始めてくれた。

しばらく経つと体温も上がってきて体の硬直も和らぎ始め、やっと点滴が開始された。

「点滴は2時間位掛かるから、何かあったらベルを鳴らしてね。」

担架の上からベットに移され、ここでようやく自分の服を着させて貰った。

安心した為か眠気がきてそのまま寝てしまった。



目が覚めたら午前1時を過ぎていた。

看護婦さんから報告を受けた。

「酷い脱水症状で血液中のミネラル、ビタミン、ナトリウムの数値が極端に低く、血液濃度が濃過ぎて循環しない位ドロドロ状態だったのよ。」

「これでは体に酸素が回らず、熱中症と同じ症状で酷いと死んじゃうのよ!」

「何時間お風呂に入ってたの! ちゃんとご飯食べた? 水分取った?」

と質問攻めに遭い、そこで初めて気が付いた!

いつもならポカリスウェットとかアクエリアスとか汗で失われた水分を補給するのに飲んでいたのが・・・

今日に限ってお茶と水だけしか飲んでなかった!

「原因はそれね! 汗を掻いてミネラル分が全て失われたのよ。」

「人間には水分とミネラル、特にナトリウム(塩分)が不可欠なのよ!」

「体のミネラル分が失われると体が機能しなくなるのよ!」


「・・・すみませんでした。いつも注意してたんですが、今日に限って・・・」


「点滴は1500ml入れたから、これで血液も薄まったしミネラル分も補充したからもう大丈夫よ!」


「ありがとうございました。本当に申し訳ありませんでした。」


もう終電も過ぎ、タクシーで病院を後にした。



その後しばらくの間、全身が筋肉痛のように痛かった。

そうだよなぁ、あれだけ全身の筋肉が収縮して痙攣してたんだからな。



その一週間後、温泉に出向いた。

騒動を起こした詫びを入れる為だ。


支配人さんを呼んでもらい、事の一部始終をお話しした。

話を聞くと、よくお年寄りが救急車で運ばれるらしい。

「大事に至らなくて良かったです。水分補給には気を付けてくださいね。」

と改めてご指導を賜り、以後細心の注意を払っている。



その騒動後、そこのスタッフには私の名前を憶えられてしまった。

今でも訪れると名前を呼ばれて挨拶されるのが・・・




恥ずかしいな。




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