高校の時、宮川先生という男の担任がいた。
物腰が柔らかく、怒ったところを見たことも無い。
担当は英語で吹奏楽部の顧問をしていた。
※ここでお詫びしておきますが、しばらく担任の宮川先生は出てきません。
私は陸上部に入部したが、長距離をやらせて貰えなかったので同じ部の仲間3人と共に退部して、山岳部を結成した。
我々3人共、元ボーイ・スカウトなのでアウトドアの知識や経験はある。
ところが、山岳部は4人でパーティーを組まねばならないので部員が足りない。
あと顧問になってもらう先生も探さねばならなかった。
取り敢えず真面目そうな奴を見つけて部員にして、数学担当の先生が登山マニアという事を聞きつけ顧問に就任してもらった。
部室も割り当てられ、我々は床に畳を敷きくつろぎやすい様に改造し、備蓄の食料も豊富という他の部より贅沢な部室になった。
元々不良3人で起ち上げたので他の運動部の奴らがわざわざ我々の部室に来て、飯食ったり煙草吸ったり麻雀したりやり放題だ。
登山に行けば同行した顧問の先生にバレない様に酒・煙草は当たり前だった。
しかし真面目に毎月の定例登山は行い、連休ともなれば長野県に遠征して登り尽した。
楽しそうに見えたのか少しづつ部員が集まって来るが、他所を退部させられた奴、何処にも入れて貰えない奴、謹慎停学経験者の野郎ばかりだ。
噂を聞きつけた教頭先生が、登山部は校内の不良共の掃き溜めの部だから廃部にするぞ!と脅されもした。
我々はそんな言い成りになるもんか!と登山に明け暮れていると、インターハイ、国体の出場が決まった。
うちの高校でインターハイや国体に出場したのは我々登山部が初めてで、これは現在に至っても唯一無二だ。
余談だが、その後問題ばかり起こす男子の為に廃部になり登山部は女子部に変わり女子部は国体で準優勝したと聞いた。(男共、情けない!)
成績は決して良いとは言えないが、出場しただけで満足だった。
悪い奴らばかりだったが、やるときはやる!というのが我々不良仲間の鉄則だ。
しかし顧問は数々の悪さを以前から知っていて担任にチクられた。
担任の宮川先生から呼び出された。
「お前達、酒は何飲んでんだ?」
「ワリッカ、樹氷、SUNTORYのREDです。」
「あんな合成焼酎や安酒、頭が馬鹿になるから飲むんだったらもっと良い奴飲めよ。」
それから酒はSUNTORY WHITEに格上げした。
担任の宮川先生とはこの事をきっかけにして密接になっていった。
先生担当の英語を好きになり始め、自分から進んで勉強した。
教科ごとに成績順にクラス分けされるので、宮川先生担当の優秀クラスに入りたいが為に必死に勉強して、念願かなって宮川クラスに入った。
宮川クラスの座席は成績順に前から後ろに向かって優秀者になっていく。
そこでも一番後ろの席(2席)を取るために必死になった。
そして・・・ 取った!
そしたら、一番後ろの2席は授業中に英語以外の勉強して構わないという。
大学受験もあるので好きにしろと。
そんな中、私は問題を起こした。
抜き打ち所持品検査で煙草の所持の現行犯で捕まった。
封は切ってなかったので喫煙未遂ということで謹慎処分を受けた。
うちの高校は進学校の新設校ということもあって校規が凄く厳しく、万引、恐喝、傷害など人に迷惑をかける行為を起こしたら一発で退学処分になる。
そういう事はもう中学で卒業しているので今更そんな馬鹿なことはしない。
校規違反をして処分を何かしら受けた場合、反省を示すため坊主にするのが慣例となっているのだが、私は拒否した。
謹慎処分は一週間、生徒指導室で反省文の提出だ。
謹慎処分が解け晴れてクラスに戻った。
その一週間後、再び捕まった。
今度は帰宅時に神社の境内で友人3人で吸っていた所、近隣の通報で芋づる式に挙げられた。
捕まった友人達は私の事を心配してか、最後まで口を割らなかった。
教師連中は最後の一人の犯人捜しに躍起になっていた。
私は友人達に申し訳なく、自首した。
反省の色が無いとして退学か無期停学かで教員の間で意見が分かれたらしいが、担任の宮川先生が最後までかばってくれて無期停学の処分が下った。
それも3年の2学期の期末試験直前だったため期末試験は受けられず、大学への内申書の最終成績になる筈だったのが・・・
宮川先生は、家に来てくれ期末試験の問題用紙を置いて行った。
「試験は正規に受けてないから全て0点扱いになるが、まぁ~、やっとけ。
一般入試の場合、内申書はさほど関係ないから心配するな。入学試験を頑張れば大丈夫だ。
お前は英語は全然心配ないから選択した世界史だけ死に物狂いで暗記しろ。
国語は当たり外れがあるから、諦めておけ。
あぁ~、あと煙草は暗記力を鈍らせるから入試までは禁煙しろよ。」
とだけ言って帰って行った。
私は先生の言いつけを守ろうと決心した。
期末試験が終わった一週間後、無期処分が解けた。
無期停学にしては異例の早さだったらしい。
学校に行くと皆驚いていて時の人になっていた。
宮川先生の授業中も世界史の参考書を出して一冊丸暗記した。
入試科目は英語、国語、世界史の3教科で、配分は英語200国語100世界史100の総合点で決まる。
入試後、自己採点したら英語9割、国語7割、世界史9割の出来で、見事志望大学に合格できた。
高校の卒業式は友人の家で麻雀をしていて出席しなかった。
本当に自分はどうしようもない屑だと思った。
成人を迎え数年後、高校3年次のクラス同窓会があると連絡があり、地元に戻って出席した。
宮川先生も同席していた。
卒業式の時の話をすると、
「分かってたよ。俺の教師歴の中で、お前等には一番苦労させられたよ。」
「俺も宮川先生に出会えて本当に良かったです。」
完