
祝! 今月も掲載! 「バリアフリー警察が行く旨い店」。
新掲載記事は、5月に訪れた「食事処 井戸屋」さん。
井戸屋さんは「京浜蒲田商店街の良心」「ザ・定食屋さん」などともいわれる、今時珍しい昔ながらの庶民派食堂です。
京急蒲田駅から羽田空港へ向かう方、羽田空港から蒲田方面へお越しの方、ぜひご利用ください。
ところで、皆さん思い出に残る飲食店はありますか? 私にはあります。それも三軒も。
最近、そんな話がしたくてたまりません。
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人は歳をとると、豪華な料理よりも思い出の味を語るようになるようです。
私も五十代になった今「人生で一番旨かった店は?」と聞かれれば、ミシュラン掲載店でも高級旅館でもなく、大学時代を過ごした静岡県三島市文教町の三軒の食堂を挙げます。
長谷川食堂、デリシャス、そしてナゴー。
いずれも30年以上前に通った店ですが、今でも鮮明に思い出せます。しかも、そのベスト3が一箇所に連なって存在していたのだから、今考えると贅沢な住宅街でした。
ところが不思議なことに、これらの店についてネットで検索しても、ほとんど情報が出てきません。今の時代なら「デカ盛り店」だの「学生御用達」だのとSNSで話題になっていたはず。しかし、当時はそんな時代ではありませんでした。
雑誌の取材を受けるわけでもなく、グルメサイトに掲載されるわけでもない。ただ毎日そこにあり、学生たちの胃袋を満たし続けていました。
だからこそ、こういう店は検索に引っかかりにくいです。
店がなくなれば記録も消える。残るのは、通った人間の記憶だけなのです。
まずは長谷川食堂。
店主は魔女のような雰囲気のお婆さんでした。決して愛想が悪いわけではないけれど、とにかく寡黙。注文を取り、黙々と料理を作り、学生たちに食べさせる。そんな店でした。
客層はほぼ男子学生。女子学生の姿はほとんど見た記憶がありません。
理由は簡単。量が異常だったからです。
メニューはそれほど多くありません。野菜炒め定食、唐揚げ定食など、学生向けの定番が中心。しかし、どれを頼んでも量が凄かった。
初めて野菜炒め定食を注文した時のことは今でも覚えています。運ばれてきた皿を見て、一瞬、嫌がらせか冗談かと思いました。野菜炒めが山になっていたのです。
漫画のような盛り付けでした。「これ、本当に一人前か?」そう思ったものです。
しかし、周囲の日大生たちは平然と食べています。私も必死になって食べました。そして気づけば、いつの間にかそれが当たり前になっていました。
それで値段は500円以下。今では考えられません。もはやボランティアですね。
さらに忘れられないのが、氷イチゴです。たしか50円でした。
値段だけでも驚きですが、さらに驚くのはその大きさでした。目の前に現れた高さ30cm近くまで盛られた氷の山。
こちらも最初は冗談かと思いました。「50円のかき氷がこんな大きいわけがない」そう思いました。
しかし、長谷川食堂では、それが普通でした。今ならSNSで話題になるレベルでしょう。
一度、店舗兼住宅を建て替えたことがありました。普通の新しい家になったので、「ああ、食堂はやめてしまうのか」と思いました。
しかし、玄関ドアに見覚えのある暖簾がかけられているのを見た時は、なんだか妙に嬉しかったのを覚えています。
次はデリシャス。
こちらの主人もまた物静かな男でした。
厨房で黙々と鍋を振り、フライを揚げる。余計なことは喋らない。下手したら、嫌々料理しているかのようにも見えました。そんな姿には哀愁すら漂っていましたね。
しかし、料理は雄弁でした。味付けは濃いめ。とにかくご飯が進みます。塩分制限を課せられた今の私に食べられるメニューは、多分ないな(笑)
人気メニューはチャーハンと唐揚げのセット、通称「チャーから」。男子学生には絶大な支持を誇っていました。
こちらも客の大半は男子でした。女子学生が入れない店ではありません。ですが、量と味の濃さが、自然と男子学生を集めていたように思います。
ある日、男子二人、女子二人の四人グループで訪れたことがあります。どうやらチキンカツがヤバいらしい、というので、話のネタにと全員がチキンカツ定食を注文しました。
しかし、運ばれてきたチキンカツを見た時は、全員が絶句しましたね。誰もが(やっちまった……)という顔をしていましたから。
B5ノートほどの大きさのチキンカツは、しっかり厚みもあります。恐らく誰もが後悔したでしょう。
私はなんとか完食しましたが、女子二人は半分以上残していました。彼女たちから「もったいないから、食べてくれない?」とすすめられましたが、さすがの私も自分の分だけで精一杯でした。
無理もありません。あれは若い男子の胃袋を基準に作られた料理でした。
値段は650円。当時のデリシャスで最も高価なメニューだった記憶があります。今なら最低倍額はしますよね。
最後はナゴー。
店主は愛想のよいおっちゃん。長谷川食堂やデリシャスとは対照的な存在でした。
店内に入ると、壁一面に短冊メニューが並んでいます。100種類はあったのではないでしょうか。
定食、丼物、麺類、カレー、炒飯。とにかく何でもあります。今日は何を食べようか? 迷う時間すら楽しみでした。
しかも、何を頼んでもうまい。メニューの多い店は当たり外れがあるものですが、ナゴーにはそれがありませんでした。
私のお気に入りは肉炒丼。甘辛い味付けで炒めた大判で肉厚の豚ロースが何枚ものっています。今思えば、かなり贅沢な丼でした。
ところが店のおっちゃんに聞くと「あれはあまり人気がないんだよ」と言います。信じられませんでした。私にとっては最高の一杯でしたから。
今思うと、肉炒丼を肴にビールを飲みながら、おっちゃんとたわいもない雑談を交わしたかったなぁ。残念ながら、学生の私にそんな発想はありませんでした……。
世の中には高級店も名店も数多くあります。しかし、人生を振り返った時、本当に心に残るのは、毎日のように通ったこういう店なのかもしれません。
長谷川食堂のお婆さんは今どうしているのだろう?
デリシャスの主人は、最後まで黙々とフライを揚げ続けたのだろうか?
ナゴーのおっちゃんは、相変わらず笑顔で注文を取っていただろうか?
もう三軒とも姿を消してしまったようです。それでも私の中では、今も営業中なんです。
文教町のあの通りを歩けば、野菜炒めの匂いがして、巨大なチキンカツが揚がり、壁一面の短冊メニューが揺れています。
学生だった頃の私は、今日もまた腹を空かせながら、その三軒のどこへ入ろうか迷っています。
検索しても出てこない。
地図にも残っていない。
だからこそ、絶対に忘れたくない。
けれど、あの頃あの店で腹いっぱい食べた学生たちの記憶の中には、きっと今も変わらず存在しているのです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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©️2026 Koichiro