あらまし(3)〜(6)のメッセージに対する
私の返信を貼ります。
当時の方が頭に血が昇っていたので話の軸が違っていたり文章に荒さがありますが、主張はそれまでの記事に書いてあるのとだいたい同じです。
こちらもスクリーンショット4枚分の長文なので、流し見くらいで良いかと思います。
そう、このメッセージを送った後
私はこの人からのメッセージを
ブロックしている。
ただしコメントはブロックしていない。
この件は私とこの人、二者間だけのやり取りで済ませるには私の心の負荷がかかり過ぎる。
他の誰かにも見てもらって、この主張は通るのか
各々が好きな物の記事を挙げている中で、
みんなが喜ぶ大喜利よりも
自分のやりたい事、夢や目標を優先させる
私はワガママなのか
この人は本当に私を心配しての行動なのか
「四色ミケが大事」で私の為を思えばこその行動なら
何をやっても全て許されるのか
第三者の目につくところで話をしたい
と思ったのだ。
そして、コメントは来た。
見た瞬間、この人卑怯だなと思った。
コメントを出した記事は2016年3月。
7年以上前である。
みんなの目の届く範囲で話をしようとしたけれどこんなに昔の記事ではメッセージ欄と大差が無いではないか。
しかも、最初の一文には
※このコメントはすぐに消去した方がいいです
どれだけこの人、
今回の事を表に出したくないのだろう。
そしてここからまた、超長文が続く。
いくら独りよがりだろうが、ありがた迷惑だろうが、無駄な一言が多かろうが、僕の想いは(大事な人と場所を守りたい)からブレていません。
まず照準が合って無いんよ!!
少し話が逸れるけど、この人の言う
「ありがた迷惑」って、「良薬口に苦し(真心から諌めた言葉は、快く聞き入れ難いものだが、有益である)」の意味で使ってるんじゃないだろうか。
この人がやっている事に、私に有益となるものはあっただろうか?
この人が手を下さなくても私は大喜利を不定期に続けていただろう。
逆に「守りたい」以外の感情がこもった悪手を続けたからこそ存続の危機に瀕しているのではないのだろうか?
「四色ミケさんにそんな記事を書いてほしくない」という気持ちが大きいのは確かですが、以前、若気の至り(その言葉で片付けられない問題だけど)でお世話になった『ケータイ大喜利』に対しネガティブな発言をしたことは、今でも後悔の念があります。
僕の記事でも「これからは受けた恩を大喜利に還元していくつもりです」と決意表明しているくらいなので。
それ今回の事と何の関係があるの?
未だにこの人は、話の本筋が見えない。
恩を大喜利に還元していくって…具体的に何をどうすれば誰にどんな得になるというのだろう?
四色ミケさんを結果的に傷つけてしまったのは確かですが、お互いの立場は考慮すべきだと思います。
傷つけてしまったと分かった時点で謝罪してくれれば思う事は多いけれど、許したのに。
てか、お互いの立場って何?
僕は何を書かれても反論しません。
泥試合になるとお互いに傷つくだけでなく、交流がある方々にも不快な思いをさせることになります。
泥試合て…!!
そっちがおかしな事ばかり言ってくるから
こちらが説明や抗議をしているのに?
問題が大きくなり、変な野次馬がやってきて面白おかしく記事にでもされたら、番組の投稿者や視聴者の方々に申し訳ないです。
最終回を迎えて何年も経っている番組の関係者の皆さんには不快な思いや申し訳なさは感じてるのに、まず最初に不快な思いをさせている私にはその思いが無いのか…。
というか、今はアメブロの1ユーザー同士でしかない二者間のやり取りにわざわざ上記の方々を巻き込んででもこちらを止めにかかろうとしてる気がする。
正直、来年5月くらいまでの全画像編集も済んでいますし、9月いっぱいの記事はすでに予約済ですが、僕にとってこの場所は自分のブログ以上に大切なんです。
???
自分のブログの話だよね?
今回の話にそのくだり要る?
今さらでアレなんですが、四色ミケさんが僕の独断行動を許してくださいましたが、「独善的な行動で私の宝物を奪わないでください」の文言が何度思い出しても辛かった。
「悪者になる覚悟」をしたのなら
もっと酷いお叱り文が返ってくる事は
想定内でしょうに。なぜそこで被害者ぶるの?
店の前に無断駐車をした人が、
「ここに店主の断りなく自動車を停めないでください」と言われて「傷ついた!」って泣き出すようなものだと思う。
あと「※返信は10文字で」というのも冷たく突き放されているようで寂しかったです。
突き放して当たり前なくらいこっちはショックを受けてたし時間が無いんよ!
※返信は10文字での詳しい理由はあらまし1参照
先程のDMでもう説明は受けましたし重複した内容ですが、「忙しい」などの記述で心配が絶えなかったのと、僕が勝手にコメントを短くしたり、今後、ドリルの回答数を削ろうと思っていたところであの件が起きたので・・・
あとで、四色ミケさんが大会に出られたことを知ったときはさらに心配が増えましたし、とても悲しい気持ちになりました。
重複するのでこちらも説明は割愛するけれど、
「万が一このコメントが他の誰かの目についたとしても自分は悪者じゃない、相手にも悪いところがあったんだ」と思わせる為に辛い、悲しいを連弾しているように見える。
さすがにこれ↑は私の偏見でしかないのだけど。
あらまし(1)で、自身がやらかした理由よりも
相手の嫌なところをたらふく書いて
(だから自分のやった事は正当だ!)みたいな文脈を読んでいるので、なおさらそう思ってしまう。
それと同時に、(主催者さん)に対する嫉妬のようなものもあったんだと思います。
やらかした理由を説明する文章に対して、
相手の嫌なところを挙げる文章が8倍の分量だったので「(自分にとって)イヤな奴の大喜利会に出たのが気に食わない」のだろうとは最初に思っていた。
まだまだ長い文章になるので一旦切ります。



