あらまし(7)のコメント続きです。
以前、僕が番組を去るとき(NHKの番組スタッフさんに止めてほしかった)と甘っちょろいことを書いていますが、人間の本質は変わらないというか、今回もそれに一縷の望みをかけていました。
わざわざ、フォローを外すのに期限を設けたのはそのためです。自分でも、分かりにくい本当に面倒臭い性格だと呆れます。
自分勝手な言い方でしかないですが、本当は止めてほしかった・・・
何かの落としどころを探して元通りの関係に戻りたかったのに、望みを完全に断たれる返信だったので(自分でまいた種とはいえ)悔しかったです。
ここでようやく、あらまし(2)の
「笑顔でさよなら」のふざけたフォロー切りの
理由が判明する。
(いや、ふざけた理由は分からないのだが)
まさか自分から言ってくるなんて…。
うっすら気づいてはいたが、つまりは
苦言を呈したら冷たくされた!
↓
仲直りしたいけど自分からは謝りたくない
↓
そうだ!わざと
「フォロー切ります」って言って引き止めてもらおう!
↓
四色ミケ(予想)「何言ってるの、貴方は私の大事なお友達よ。謝るからフォロー切るなんて言わないでまた仲良くしましょうよ」
↓
円満解決
↑こういう算段だったのだと思う。
本心からフォローを外すつもりなんて無かったのだ。
こちらがショックを受けたり、悲しんだり、怒ったりしながらも
「大会は終わった事だし今回はもういいや」と
封じ込めたその感情の一切合切を完全に無視した身勝手なやり方だと思わずにいられない。
こちらが何の感情も持たずに冷静に終わらせたと思っているのだろうか。
「突き放された」と感じたなら、その原因を招いたのは自分であると内省しなかったのだろうか。
そして望みを断たれて悔しかったと、私に非があるようにこちらに言うのだ。
どこまでこの人は他者の意志を蔑ろにするのだろう…!
この人はさも当たり前のように言っているが、
これは人から嫌がられるコミュニケーション術、
「そんな事ないよ待ち」「そんまち」と呼ばれるものである。
誰にでも落ち込む時はあるし、本心から自身を卑下した結果このコミュニケーションになると言う事はある。
しかし、この人は過去、番組スタッフさんに止めてもらう為にわざと「そんまち」をやった上で
「人間の本質は変わらない」「一縷の望み」
「本当は止めてほしかった」と過去の反省はどこへやら、私に同じ事を仕掛けているのである。
実は5月くらいにも
この「そんまち」をされている。
他の方の誕生日祝いを描いた後に
私がまだ「描く」とも「描かない」とも言ってないのに「誕生日祝いを辞退します、僕はあなたにそこまでしてもらえる存在ではないから(要約)」とわざわざDMされた事がある。
辞退宣言する以前に誕生日を話題にしなければ済む話なのに…と思いつつ、恐らくこれは
『いえいえ、そんな事ないですよ、貴方は大事な友達ですから描きますよ』を誘導してるんだろうな、と感じて
「私の方が先に誕生日が来るので先に恩を売れば良いんですよ」と答えておいた。
誘導に応じるだけだとその後何度も同じ手で要求をエスカレートしてくる人に遭遇してきたので、真っ当なウィンウィンを提案したのだった。
今回とは別件ではあるけれど、
「なぜ私が『そんまち』だと思ったのか」の
判断材料を示しておかなければ分かってもらえないだろうと思い、別枠に記している。
「フォローを外す」とか「お気に入りを解除する」とかではなく、9月5日0時の記事を最後に、そのままの状態でアメブロを去ろうと思います。
最後の記事で「大切な場所を守ろうとして逆に傷つけてしまった」の一言は書かせてください。
それ以上、今回の件を匂わすようなことは書きませんから。
あらまし(7)で
「来年5月くらいまでの画像編集も〜」という
文章があり、ここで
「9月5日0時の〜」とまたしても期限をつけているという事は、全開の
『本当はやめたくないんだ、止めて!止めて!』
という「そんまち」なんだろうなと思った。
やめたくないなら最初から「アメブロ去ります」
なんて書かなければいいのに。
どうせ本心では無いのでしょう。
ところで私は、「私がブログ閉鎖したら分かりますかね、自分の行動がどんな影響を及ぼしたのかを」という話はしているけれど、
この人にブログを止めろとは一度たりとも書いていない。
この人の思考回路で言えばこの一文も
「私ブログやめたくないの!止めて!」
なのだろうか。
私は本気でアカウントごと消してしまおうと
思い詰めていたのにね。
DMを閉じられたことで、逆に一番大切な記事に(最後になるかもしれない)コメントを書けました。
何故2016年の記事にコメントを書いたのか
理由が書かれている。
思うことはあるけれど、この人がそう言うのであればそうなんだろう。
この記事は過去、私がこの人の引退を引き止めた一文が書かれている。
この半年でブログの面白さを知った反面、遅ればせながら言葉の刃の怖さについても学びました。
普段の僕もたまにポカをして相手を怒らせることがあります。ただし、実際に相手の機嫌や態度でそのことを察することができるから、悪かったと思えば全力で謝ります。
私の文章激おこなのは
全く察してくれないんですね…
大切なものを守るためならプライドなんていくらでも捨てられますから。
私は、プライドというものは
「自分の力で実現できた事」の積み重ねによって練り上げられた『自信』だと思っており、その自信が「次のハードルも自分なら大丈夫」と自身を鼓舞するものと定義している。
だから、この人の言う捨てられるプライドが一体何を指すのかこの時点ではわからなかった。
四色ミケさん。僕の身勝手で軽率な行動で傷つけてしまい本当にすいませんでした。
ここでようやく、ようやくこの件についての
謝罪文が来た。
正直長いため息をついた。
先ほど書いた理由で、今回のことを記事にするのはやめて下さい。本当に誰も得しないうえに多くの方たちを傷つける行為なので。
…他の方々は事前に傷つけないようにしたいのに
私の事は何度も何度も傷つけてかかるのはなんなんですかね…。
明日は、(主催者さん)にも謝罪にいき、迷惑ついでにいろいろ託そうと思います。
そっちの謝罪もしてなかったのか…
てか、私は一人でもちゃんとやって来たのだから
迷惑とか託すとか本当やめて…
絶対に絶対にブログは止めないでください。
そのことだけは本当にお願いします。
その一文で締められている。
(9)に続きます…
