久々に投稿します。






本日は今業界世間一般で言われている意識という物はないということの説明です。





何故意識が存在しないのか





まず、理性があり、深層意識があります。





つまり、左脳があれば、右脳があるということと同じく現実に具現化できます





ですがここで問題があります





左脳、右脳は結局のところ脳です。




つまり、左脳+右脳=脳





これから、導くとすると理性+本能(無意識)=深層意識であるため





理性と本能には、深層意識が含まれている





深層意識とは何ぞや?





原子がプラスとマイナスで出来ているのと同じく深層意識とは言ってしまえば原子で言うところのマイナスの部分に当たるものです。





表には出ないが、常に記憶を形成しており、具現化されるのを待っている存在です





だが、深層意識とは自分だけの物ではなく人や色彩生含有物と交換されることを前提とされている、共有記憶つまり、魂になる要素です。






これを世の中では、オーラであったり、気であったりコミュニケーションに必要な物であったりするのです。




心理学とはあくまで、本能の部分のタイプを知り誘導する学問である。





つまり、本能学である。





深層意識が個人の物ではないとするとやはり、意識は個人の物でなくなるので、意識はないことになる。









以上



精神的愛=愛を感じる、愛おしく思う。




肉体的愛=外部の刺激によって触発されるもの(後発)




これらのことはつまり人が、抽象的表現ができなくなってから始まり主に読書などが説明として具体的表現として的確に表すことができる。




読書は歴史をたどるならば変わる段階で、音読であったものが黙読になり、表層意識だけであったものが+されて深層意識が後から生まれた。





つまり、深層意識は元はなかった。



世間一般で私が信用に値しないというならば、ぜひマーシャル・マクルーハン論でも読んでください。





話をもとに戻すと、もともと一つであった愛も二つに別れたことになる。




つまり音読(精神愛)が音読+黙読(肉体愛)になった。





つまり、音読=イメージ、黙読=理性





フリーセックスが今では流行しているが、今の時代は恋愛をしてからセックスをするのではなく、セックスをしてから精神的愛つまり恋愛になっている。





なぜ離婚が増えているのかと言えば、原因はここにあると私は思う。





さっきも言っているが、セックスは理性であり、精神的愛は恋愛である。





今の現代では恋愛が未熟であり、すぐに肉体愛に走ってしまっているために離婚が増加傾向にある。






女性の心理としては、一緒に居て欲しい、だが主人は仕事で忙しく構ってくれないなどである。





そして法則では、二元合一が定めであるため、セックスから入ったら恋愛をしようとする。





だが結婚したら主人はなおのこと仕事をしなければいけない。






この社会問題を治すには、女性のほうにも問題はある。





家事が昔に比べて楽になりすぎた。





昔の家事はそれこそセックスする余裕が妻にないようなくらいである。





男も男で家でやる家事があるのである。





夫婦はお互いの家事をおろそかにせず、相手に肉体的愛ではなく、もっと一緒に居てあげるとか精神的愛つまりもっと愛おしく思わなければいけない。





これも想像力の低下による弊害である。





何事も、バランスがなくなれば崩れ落ちていくのである。








以上

聞くとゾワゾワッとする嫌いな言葉
日常生活には様々な言葉が飛び交っていますが、この言葉を聞くと嫌だなと感じてしまう言葉ってありませんか..........≪続きを読む≫


人の感情とは果たして脳が感情を表すことで感情として成り立っているのか?




私の持論では、脳は一時の記憶し、再生(イメージ)するが、大幅な記憶はしない。



何故ならば長期に渡っての記憶を本当の意味でしていないからである。



長期に渡っての記憶とは、つまり生まれてから今現在にいたるまでの記憶である。



つまり、今現在の脳科学になってようやくわかったことであるが、脳は身体の一部の機能であるということである。



それは身体では手は手の機能があり、足は足の機能があるように脳も、再生機能と、短期記憶の機能がある。



これによって、脳は機能であることがわかった。



あとは感情は何なのかである。



脳=肉体内で見えるもの



感情=肉体内で見えないもの




つまり感情とは見えないものである。



記憶がされていないことは上記でわかった。



私がここで言いたいことはすなわち、感情=記憶であり、記憶という名の小さなイメージの集合体で、感情であったり、過去の記憶であったりになるということである。



外部からのあらゆる記憶として成り立つものすべてによって、要因である感情という名の集合になる。




外部の物質が、嫌い(その人にとって)な物であれば、感情にも表れる。



脳という名のハードディスクを通して肉体に伝わり感情になるのである。





以上

メキシコ湾で増加する魚の生殖器異常
 メキシコ湾の酸欠海域「デッドゾーン」で、魚の生殖器異常が多発していることが明らかになった。  デ..........≪続きを読む≫

二元論的考察=法則(生物量子学)





この記事によるとメス、オスともに酸素欠乏になると、生殖器に異常をきたすことがわかる。



つまり、酸素をひとくくりとし、雄=雌が両者必要なものと考える。



現代社会及び地球環境の点から考察するならば、人間の男女の中間つまり、おかまやおなべと同じく人間にも酸素欠乏的要素が含まれている。



だが忘れてはいけないのは酸素の中には酸素のほかの化学記号がたくさん含まれている。



その記号が精子=卵子につながり、精子×卵子=受精卵となる。



この化学記号が何なのか研究するのがこれからの科学の課題である。



化学記号をⅩとするなら、つまり、Ⅹ+精子の元(亜鉛など)=精子になる。




この異常事態は今の地球上では重要な問題点ではないのか?




つまり酸素ではなく酸素に含まれているⅩなる成分が地球上からなくなりつつあることである。



事実海ではなく地上でも影響が起きている。



おかまやおなべは昔は男でも男と性交したり女でも女と性交することはあったが結婚もした人がおおかった。




性転換手術などしなくても歴史はある。




だが、これからはそうもいってられない。




男×ニューハーフ=子無し



女×おなべ=子無し



少子化現象はこういう点からそのⅩがキーマンとなる可能性があるといえる。




以上






こんばんわ、法則研究家のゼノンです。



皆さんには一概に法則研究といっても何の研究かはお解かりになる方は少ないと思います。



遅くなりましたが、私が研究している法則とは生命エネルギー的量子、一般的に広がっている名前では気や、オーラなどのことです。



つまり、科学で言うところの揺らぎの研究をテーマにしています。



この研究がどんなことに役に立つかは例にすると添加物が入っている食物と入っていない食物では人体に与える影響どのように変わるのか。



何色の色がどんな物で構成されている物で販売され、どれぐらいの売れ行きなのか、人体にはその物はどのような影響を与えるのか。



つまり何が体に良いか悪いかの研究をしています。




この法則を私は勝手に言っていますが生物量子学と呼んでいます。



この揺らぎを使えば人を殺すのも生かすのもある時点までは自由自在、そして売れる店、売れない店を作るのも自由自在です。



量子学に対立しているものである点で生物量子学と勝手につけました。




食養学や、風水、武道などをある程度知っている人には理解しやすいと思います。





本日は以上


男の仕事に本当に必要なものは何であるのか。



政治、商売、人助け。



今の男にはこの絶対に必要なものが足りなすぎる。



ギリシャの哲学者ソクラテスも言うだろう。



死ぬことは解りはしない、自らが体験できないのだから。



なら、いっそのこと、命を懸けてみてくれ。



志を持ち、自分を悪者にして貫いてみな。



信念があれば人間は万能のなれる。

日々勉強に勤めております。



私は一日に読む本は、4冊程度でしたが、最近知ったのですが、アメリカのほうでは一日に60冊を読まなけれ


ば間に合わないエリートクラスがあるようです。



私も敵には負けていられないと思い、一日10冊から始めています。



いかに現代の日本が馬鹿になってしまったのかがうかがえます。



前時代の人物では、手塚治虫なども20分で1冊を読んでいた事実もあり、私も1分で1冊という敵国の脅威を目


ざし頑張っていこうと思っています。


私の法則も敵国で一部ではありますが認識しだしてきたようです。


今の日本を変えるには、人間の本能的能力を開花させる必要があると私は思っています。


政治家はアメリカに逆らえません。


変えることが出来るのは国民だけです。



皆さんも本をよく読んでください。







最近はどんどん自分の中で法則(どんなものにも通用する)が発展する。



まさに、こんなことをしようと思ったなら、天才気分にならなければ出来やしないと思う。




数学から、色から、食事から、心理から、物理、生物、環境、地球まで、すべてがこの法則に従順である。



すべては繋がっていると解る。




これからはやっと表舞台に上がれるようになるように、運命が時期を創っているようだ。




何故運命などと幼稚なことを信じているんだと馬鹿にすれば良いさ、運命は実に論理的なのだ。




それを証明したいならば自らの過去を振り返って観てみればいいのさ、そして自分は何故生まれたのか根本から問い詰めてみればいいそれが運命さ。




だけれど気をつけるんだな、運命は変わらないが現状は神のサイコロで変わるからな。

最近数学が趣味になりそうです。



何故ならば数学はドラえもんの四次元ポケットまで計算することができるのです。



私は勉強は数学の一分野算数から始まり今に至るのです。



思えば私は数学者の考え方と似ている点がある。



説明するときは、難しいものは数学さながら、シンプルな簡単なものにすぐに置き換えてしまう、遠めに見れば、その簡単な説明から奥深くに入れば、数学と同じでややこしくなりどんどんこんがらがってくるような理論がある。



知人は何時も頷いているが、たぶんこのおく深くまでは解らないであろうと思う。



話は変わるがついこの間まで江戸川乱歩を呼んでいたんだが、どうやら私には合わないらしい、映画では官能的でエロティックで、独特の変愛や、変人たちがリアルになっていたんだが、小説ではそれが表現されていないのだ。




やはり、小説には泉鏡花系統の魅力が欲しいものだ。



江戸川乱歩に飽きたので、今は伊藤計劃が書いている虐殺器官を読んでいる。



今度は浅田次郎の一刀斎無禄が早く読んでみたのだが、他にも白石一文(砂の上のあなた)や、唐十郎の海ほうずきが待っている。



この通り小説は読んだらきりがない。




おい法則研究はいいのか?




残念ですね、法則研究は必要なものは完成しているんですよ。




まさにアイザックニュートンさながらの閃きだよ。




後はそれを証明する方程式を数学者風に言うと見つけるだけさ、だから最初に書いた数学に戻るというわけさ。




寒いせいか、腰が痛い。



色々勉強することがあります。



今日はビートたけしのアウトレイジという映画がとても勉強になりました。



ヤクザの上下関係など色々社会勉強になり、もちろんビートたけしの世界という、芸術的勉強にもなりますが、やはり会社でも政治でもこの映画のような関係になっていると私は思います。



ビートたけしはこういうことに関しては素晴らしい感性をお持ちだなと改めて思い知らされました。