「中嶋くん、悪いんだけど明日出てよ」
定食屋で昼飯を食べ終え、会社に戻る道中、先輩の吉田さんにそう言われた。
「さっき川村から連絡があってさ、まだ熱下がってないらしいんだよ」
今日、同僚の川村は風邪で会社を休んでいる
あのバカめ、夏に風邪なんぞ引きやがって
普段であれば二つ返事で「出ます。」と言っているところだった。しかし明日は木曜日だ
諦めるしかないか。
一瞬のためらいの後、
「出ます。」そう答えた。
僕には彼女がいた。彼女も仕事をしており、偶然にもお互い休みの日が木曜日ということで毎週木曜日になると一緒に出掛けていた
そんな生活をずっと続けていた
そして明日でちょうど付き合い始めてから一年が経つ
「中嶋くんならそう言ってくれると思ってたよ!よろしくね」
嬉しそうな表情で吉田さんは言う
仕事なんだからしかたない。自分にそう言い聞かせた
連絡をするなら早い方がいいよな、そう思い携帯電話を取り出そうとポケットの中に手を入れる
しかし、そこにあるはずの携帯電話がない
あれ?おかしいな
他のポケットやカバンの中を探しても見つからない
「携帯なくしたの?一回鳴らすよ」
そう言って吉田さんは自分の携帯電話を耳にあてがう
着信音はどこからも聞こえなかった
まあいい、戻ったら会社の電話から彼女に連絡して伝えよう
いざ電話の受話器を取り、ダイヤルを押そうとするとあることに気付く。彼女の番号を覚えていない
いつもなら携帯の連絡先から彼女の名前を選び、そのままかけていた
いちいち番号など入力もしないため記憶にも残らない
まいったな
翌日僕はいつものように出勤し、いつものように残業していた
やっとのことで終わらせ、時計を見ると時刻は23時を回っていた
本来であれば彼女と一緒にオシャレなレストランでディナーでも食べていただろう
悪いことしちゃったな
この一年間、木曜日は毎週欠かすことなく彼女と会っていた。同じ時間に、同じ場所で。
特にルールとしてそう決めたわけではない。気付けば勝手にそうなっていた
その時間にそこに行けば彼女はいる
そんな、絶対的な安心感があった。それはきっと彼女も一緒だったと思う
次会ったらちゃんと謝ろ。そう思いながら何気なく待ち合わせ場所を通ると、そこに人影があった
彼女だった。
ごめん
一言めに謝った。
ごめんなさい。
二言めも謝った。
「記念日、終わっちゃったね」ぽつりと言う
腕時計に目をやると0:14の文字。日付が変わっていた
翌週の木曜日、僕は彼女とオシャレなレストランでディナーを食べていた
一週間ずれてしまったけれど、ふたりの記念日をお祝いした
それからというものの仕事もプライベートも順調で、自分で言うのもなんだが幸せだった
とあるなんでもない木曜日、僕はいつもの時間にいつもの場所に向かっていた
そこに行けば彼女がいる。そんな癒しを求めて
歩行者用信号が赤から青に変わる。横断歩道を渡っていると、突然目の前が眩しくなった
白い光が自分に迫ってくる。そう認識して間もなく強い衝撃が襲う
目を覚ますと病院にいた。携帯を見ると土曜日という表示
なにがなんだか分からない
医師の説明によると、交通事故にあい意識不明に陥っていたとのこと
そして下半身が自分の意思では動かせないとも言われた
やっぱりなにがなんだか分からない
どうしてこうなった。僕がなにをした
日が経つにつれ現実味が増し、絶望感だけが残る
自殺しようか、そう考えることも何回もあった
こんな僕を彼女はなんて思うだろうか
彼女のことだ。明るく励ましてくれて、これからも僕を支えてくれようとするだろう
けれどそれは本心ではないはずだ。そんな日々が続いてみろ、いつか彼女を壊してしまう
入院中の僕のもとに彼女がお見舞いに来てくれた。予感は的中し、彼女の口から弱音やネガティブな発言が出ることはなかった
それを見た僕は意を決して言う
別れよう。と
何度もイメージトレーニングしていたにも関わらず、その言葉を発した後は少し震えていた
そしてその言葉の後にこう付け加えた
君と会おうとしなければ僕はこんなことにはならなかっただろう
二度と僕の前には現れないでほしい
僕が言い終わるまで彼女は目をそらすことなく聞いていた。溢れ出る涙を拭うこともなく、ただ一心に僕の言葉を聞いていた
これでよかったと毎日のように自分に言い聞かせる。あとは時間が解決してくれることだろう
数ヵ月後、僕はいつもの時間にいつもの場所にいた。けれどいつもならいたはずの彼女はいなかった
それまでは待ちきれなかった木曜日が、今となっては憂鬱でしかたなかった
時間はなにも解決なんてしてくれなかった
あのときのあの決断はあっていたのだろうか
僕を助けてくれと、捨てないでくれと正直に言うべきだったのだろうか
考えるだけ無駄なことなのは分かっていた
ふと腕時計に目をやると時刻は0:00を回っていた
