自分のうちの猫がゴンの子供産んだ…

そう言ってO崎家に乗り込んで来た女性は、言いたい事だけまくしたてると件の子猫を置いてさっさと帰ってしまった。

…おばさんも人が好いんだから…僕は半ば呆れて言った。

そもそも家猫なる動物は雑婚性の生きものである。

発情期に牝は複数の牡と交尾し子供を産む。

これがどう言うことかというと、一回の出産で複数の子供が生まれた場合、父親もまた複数いる可能性があると言うことなのだ。

つまり純潔種を計画的に繁殖させた場合は別にして、外飼いの牝は通常、複数の父親の子を産むのである。

…猫の父親なんて分かるわけ無いですよ。

…それが分かるのよ!

僕の言葉におばさんは速答した。

その牝は二階の一室で飼われ、窓は常時締め切られた状態だったらしい。冷暖房完備個室…ってヤツだ。


…それじゃあゴンだって入れないんじゃないの?

…それがゴンはその猫の部屋に直接入ったわけじゃないらしいのよね。

おばさんが聞いた話では、ゴンはいったん二階の別の部屋に入り、そこから牝猫のいる部屋に移動したらしい。

しかも最初に侵入した部屋は雨戸が閉まっていたと言う…。

発情期の牡猫は牝の匂いに敏感である…と、言うより発情した牝の匂い(フェロモン)によって牡の盛りは始まるのである。

おそらくは件の牝猫の家の周辺には彼女の匂いに引きつられ複数の牡が徘徊していた筈だ。

だが相手は二階、しかも窓は閉まっている…

普通の猫ならしばらく家の周りをうろつき、壁にマーキングでもして諦めるところである。


だがゴンは冷静に状況を確認し、侵入出来る場所を見定めたのだ。

確かにゴンなら壁にぶら下がって雨戸を開けるくらいの事はするかもしれない…

…で、でもゴンが入った後で他の牡が入った可能性だって…

なおも食い下がる僕を身振りで制し、おばさんは立ち上がると奥から紙の箱を持って戻って来た。

…これ見てよYちゃん。

箱を覗いた僕は絶句した。そこには三匹の…ゴンそっくりの子猫が入っていたのだ。

黒虎猫は珍しくは無い、だがその子猫達は白地と虎模様のバランスや頭の形がゴンに酷似していたのである。

なかでも一番活発なチビ助は、左後足の大腿部から足首にかけての虎縞の入り方がゴンと瓜二つだった。


一時間ばかり後、居間で帰宅したゴンをO崎家の一同が取り囲んでいた。

不穏な空気に警戒感を顕にするゴン。

…これ、あんたの作った子でしょ? 明日から面倒みなさいよ。

おばさんはそう言って子猫をゴンの身体に押しつけた。

三匹のチビ達は目の前に現われた巨大な(彼等にしてみれば)毛皮の壁に一斉にむしゃぶりついていく。

どうやら母猫と勘違いしておっぱいを探しているらしい。

もとより、そんな物が在る筈も無く、ゴンはくすぐったがって身を捩った。

感心だったのは彼が怒りも逃げもせず、子猫の為すが儘に成っていた点だ。

やがてチビ達は寝てしまい、ゴンも窮屈そうに目を閉じた。

…やはり本能で判ったかのかのう…自分の子供だと…

さあ、こいつにそんなデリケートな感覚が在るとは思えないけどな~

爺ちゃんの言葉に当時、中学に上がったばかりの孫娘が言った。

…この三匹の子猫達…例によって友人、知人のネットワークを介してあちこちにもらわれて行った。

ゴンのコピーのチビ(なんと女の子だった)は当時、O崎の親父さんが執行役員を務めていた会社の秘書課のお局様(三十代後半独身スゲ~恐いヒト)の里子になったと記憶している。

このようにして、ゴンは自分の眷属を順調に増やしていった。

まさに生めよ増やせよ地に満ちよ…である。

だが内なる遺伝子の声に正直なのは生物としては当たり前のことであり、ゴンが取り立てて好色(?)な猫だった訳ではない。

大事なのはここまで努力をし、成果も挙げながら、ゴンの本質的な特徴を引き継ぐ子孫が生まれなかった点である。

ゴンの本質的な特徴…それは恵まれた体力や腕力でも頭抜けた賢さ(ズル賢さ?)でも無い。

彼は猫族に本来備わっているはずの縄張り意識(テリトリーに関する本能)が完全に欠落していたのだ。

牡猫は住みかを中心として一定面積のテリトリーを持つ。

無論、住宅地に住む家猫の場合、縄張りが完全な円形に成ることは在り得ず、建物や道路の位置関係で必ず不定形になるのだが…。

ともあれゴンには自分の縄張りにしろ他人(他猫?)の縄張りにしろテリトリーと言う概念が無かったのである。

広い車道に阻まれたりしない限り、彼は牝を求めて数キロ先まで遠征してる。

O崎家の、或いは近所の住人の目撃証言からこの事は確認されていた。

普通、自分の住んでいる家の中に他猫が入ってくれば牡は問答無用で襲い掛かる…だがゴンは大人に成りかけの牡がO崎家に紛れ込んでも決して襲おうとはしなかった。

勿論、相手がとち狂って同家の牝にモーションをかければ別である。

そんな時は例によって何の前哨戦も無く相手に近寄り、叩きのめした。

当然ながらO崎家では、飼うことに成った牝は出来るだけ早いうちに避妊手術をするのが通例になっていた。

だが間に合わない…あまり若いうちの手術は危険…事も何度かあり、その度に家族は子猫の貰い手探しに奔走したのである。

幸いにもゴンは狩りも巧みで鼠(…だけでは無い処が、それはそれで問題なのだが)も良く捕まえた。

…ゴンちゃんの子なら欲しいわ!

なんて言う奇特な人もかなりいたりしたのだ。

そんな彼が一度だけ目当ての牝をゲット出来なかった事が在った。

しかもこの牝猫はO崎家の家の中にいたのである。

…この稿続く。
この話は一昨年活門のブログに書いたヤツの焼直し(ちょい手直し&加筆してます)ですm(__)m

猫ネタが無いんじゃなくてここ体調不良で身体がしんどいんだよね(T_T)

O崎家の子猫ゴンは自分をチャリで追い掛け回した郵便屋を待ち伏せして襲い、復讐を果たした。

この事件を目撃者である裏の御隠居から知らされた同家ではゴンの処分について緊急家族会議が開かれた。
一番の問題はゴンが恒常的に人を襲う、所謂ゲバ猫かどうかと言う点で在った。
赤塚マンガの『イラ公』のような猫であれば傍迷惑(はためいわく)なこの上もない。

もしそうなら即座に去勢…と、言うのが代々猫を飼ってきたO崎家のしきたりだったのだ。

だが普段のゴンは家人に対して至極鷹揚な猫であり、婆ちゃんに蚤採りをされても、外から帰って来てお母さんに足を雑巾で拭かれても逆らったことは一度もなかった。

猫を飼ったことの在る人ならおわかりだろうが、蚤採りは未だしも、足を拭かれるのが好きな猫はおよそ居ないのである。

我が家の駄猫、四匹も今は全部室内飼いだがむかし…目黒にいた頃飼っていた猫は普通に外に出ていた。
所謂『外猫』さんだったのであります。

なかには夕立に遇い、泥足で戻って来たのを待ち構えていると、こちらが手にした雑巾を目にするなり…ファーッ!

と、威嚇する子なんかも居た。

ゴンはその点、極めて紳士的であった。僕自身、一度ならず彼の足を拭いた事があるが、不愉快そうな表情は見せるものの、引っ掛かれたりしたことは一度もない。

道端で子供の集団(近頃はとんと見なくなったが)につかまって…

…あ~、猫チャンだ! 可愛い~!

などと撫で回され、尻尾をいじられてもゴンは上手に身をくねらせ、子供の手を逃れこそすれ噛んだり引っ掻いたりしたと言う話は聞いたことが無い。

結局、家族会議でゴンはお構い無しとの結論が出され彼の立派なタマタマは以後、十余年間無事だった

もしも仮にこのときゴンを去勢すると言う結論が出されていたら…少なくともこれから書く記事の半分以上の事象は存在しなかった筈である。

子猫時代のギャング期(人間の子供にも存在する自我の最初の顕在期)を経たゴンにもやがて第二次成長期が訪れる。

ぶっちゃけた話し、盛りが来たのだ。

確か俳句で『猫の恋』は春の季語だったと思うが猫族の盛りはそんな風流なもんじゃ無い。

おぎょ~ん! とか…
あお~ん! とか…

牝を呼ぶ牡猫の声は喧しいことこの上も無い。

古川柳に『猫の恋、振られた奴が水をかけ』なんてのが在るくらいだ。

通常、猫の盛りは一匹の牝を複数の牡が争うかたちで進行する。

この牝争奪戦、通常は勝ち残りのトーナメント戦のかたちで行われる。

牡同士はかなり長い時間、互いに激しく威嚇し牽制し合うが、実際の取っ組み合いバトルは極僅かな時間で決着するのが常だ。

ゴンはこの事前の威嚇行動を殆どしなかった。

相手の牡が背中を丸め、尻尾を太くして唸っても、彼は一向に頓着しない。

つかつかと歩み寄り、いきなりパンチ(文字通りの猫パンチ)をお見舞いするのだ。

肉体的なダメージ云々以前の問題で、相手はゴンのセオリーを無視した攻撃に面食らい、戦意を喪失するのである。

大モンゴル帝国…元の軍勢が我が国に攻めてきたとき、当時の武士は自分達の作法通り、名乗りを挙げ、矢合わせをしてから戦おうしたと言う。

向こうの兵隊は当然そんな約束事は知らないから火箭(原始的なロケット弾)なんぞを打ち込んで来る。

卑怯なり~! とか怒ってみても双方のルール…戦争に於ける取り決めが違うのだからどうしようもない。
ゴンと喧嘩をした相手は、元の兵隊と戦った鎌倉武士の様な気持ちだったんじゃないだろうか?

生後一年半…成年期に入ったゴンは通常の猫とは明らかに異なる性質と行動を見せ始めていた。

一つには先に述べた喧嘩のやり方である。前振り無し、いきなりの先制攻撃…この戦法でゴンはほぼ無敵だった。

たまに屈強で老練な牡が相手で勝負が長期戦に成っても彼は巧みな戦い方で勝利をおさめてた。

牝を巡る戦いでゴンが勝つと言うことは、とりもなおさず彼の血をひく子猫が増えると言うことである。

ある日、O崎家のお母さんが近所の主婦と立ち話をしていると…。

…お宅のゴンちゃんがお強いから、この辺りはおんなじようなガラの子ばかりになっちゃいましたね…

と、言われ傍らの塀の上を見ると、いかにも雌猫と言う風情の三毛の後ろにゴンと同じ黒虎の子猫が三匹、母親とおなじ格好で並んでいた。

どう見てもゴンの子供達である。

…もう! 恥ずかしいったらなかっわよ…

お母さんは僕にそうこぼしたが、このケースなどはまだマシな口だったのだ。

ある日、O崎家に遊びにいくと、丁度一人の中年女性が玄関から出て来たところだった。

会釈する僕を凄い目で睨みつけ、彼女は足早に去っていった。

…おばさん、今のひとは?

…あの人とこの猫がゴンの子供産んだんだって…怒って子猫を届けに来たのよ…

この時、僕はかなり間抜けな顔をしていたと思う…話がよく見えなかったのだ。

この稿続く…
動物嫌いの郵便屋に追い掛け回されたO崎家の飼い猫ゴン…

フルネーム、ゴンザレスは生後三ヶ月ばかりの子猫だったにも関わらず、自ら復讐を果たした。

この顛末…勿論僕が自分の目で見たわけでは無い。

目撃者はO崎家の裏手に住んでいた御隠居である。

この御隠居さん、O崎家の爺ちゃんと尋常小学校で同級で、戦争中は海軍にいたと言う。

耳はだいぶ遠く成っていたが目は確かで…

…俺はずっとワッチ(船の見張り役、ウオッチが訛った)だったから目には自信が在るんだよ。

と、口癖のように言っていた(あたごのクルーに見習わせたいな)。

その日、御隠居は盆栽の世話をしに午後からずっと物干し(あくまでもベランダでは無い)に上がっていたそうな…。

季節は晩秋、妙に暖かい日が続いていた。

秋の日暮れは速い、だが気温が高かったので御隠居は辺りが薄暗くなっても室内から射す明かりを頼りに剪定作業を続けていたと言う。

ふと見下ろすと歩道に赤い自転車が停まっている。

…またあの郵便屋の若造か…猫だの犬だのイジメてやがったら今度こそ怒鳴りつけてやろう…。

御隠居はそう考えて物干し台からチャリを見張ることにした。

さて、件の郵便屋だが、ご町内の一部の住人達とは極めて仲が良かったらしい。
一部の住人…もちろん動物嫌いの人達である。

男と女、若者と老人、右翼と左翼、金持ちと貧乏人、下戸と呑んべえ、真面目人間とチャランポラン…

人間を二分割する方法は数々在るが、絶対に相容れないのが動物が好きな人間と嫌いな人間であろう。

隣の犬がちょっと鳴いたと言っては怒鳴り込んで来るおっさんや、花壇に猫がオシッコしたと言ってはこの世の終わりのごとく騒ぎ立てる女性…この手の人種とは僕なんかは絶対に仲良く出来ない。

だが世の中、類は友を呼び、目の拠る所に玉が拠るのは万古不変の法則であり、このポストマンにもマブダチが居たのだ。

御隠居が見張っている間、郵便屋はO崎家の二軒隣、やはり動物嫌いで有名な婆さんと話し込んでいたらしい。

当時、六十代の後半だったこの婆さん、O崎家にとっては天敵とも言える人物で猫が大嫌いだった。

リュウマチだか通風だかで身体の自由が利かず、毎日殆どの時間を窓際に置いたビーチチェアーに寝そべって過ごし、猫の姿を見ると石をぶつける…猫にとっては勿論、飼い主にとっても迷惑千万な婆さんだったのだ。

そして、こう言う人間の被害に遇うのは、大概の場合警戒心の強い野良さんでは無く、おっとりした飼い猫であり、O崎家の猫にも被害者(被害猫)が出ていた。


…御隠居が路地に止められた自転車を見張りはじめて五分程したときコンクリートの万年塀の上に一匹の猫が姿を現した。ゴンである。

…ありゃO崎んとこの…

後で聞いた話しでは御隠居はこのときゴンを追い払うべきか一瞬迷ったという。

猫が居なければ動物虐待の現場を押さえる事が出来ないし、かと言ってイジメられては可哀想だ…

と、御隠居の気持ちが分かったかの様にゴンは物干しを見上げて鳴いたのだ…。

…アイツのこったから声を出しゃしねぇんだ。

こっちを見上げてよ、口だけ開いて挨拶しやがったんだよ。

御隠居の証言を信じるならば、ゴンは自分が物干しから見張られている事を認識していた事になる。

そしてこの直後、ゴンは思いがけない行動を取ったのだ。

塀の上から飛び降りると、自転車のまわりを一周し、ハンドルの下に取り付けられている革の鞄に飛び込んだのである。

御隠居は自信がある筈の自分の目を疑った。

郵便屋に追い回されたのはつい一週間である。

いくら子猫でも覚えていないわけは無い。

日は没しかけ、鞄の中のゴンがなにをしているのか、物干しから窺い知ることは出来なかった。

御隠居がやきもきしているあいだに郵便屋が戻ってきてしまった。

まさか鞄の中に猫が隠れているとは思わず彼はスタンドを外し、サドルにまたがる。

ペダルを漕ぎ始めると同時にゴンは鞄から飛び出し、ハンドルを足場にして郵便屋に飛び掛かった。

ご承知のとおり自転車と言う乗り物は、漕ぎ出しが一番バランスが取りにくい。
スピードが出さえすれば、ハンドルから手を放そうが、ペダルを漕ぐのを止めようが、慣れた人間なら真っすぐ走らせるのは不可能ではない。

だが勢いがつくまでは安定させるためにどうしてもハンドルを握っている必要が在る。

…まさか子猫がそこまで考えて襲撃計画を立てたとは思えない…思えないがゴンが取った行動はまさにこれ以上無いと言うグットタイミングだったのだ。

ハンドルを足場にして顔面を襲ったゴンは四本の足、総ての爪を全開にして郵便屋の顔を掻き毟った。

暗がりでも男の顔が真っ赤に染まるのが御隠居からもハッキリと見えたと言う。
黄昏の住宅街に悲鳴が響き、郵便屋は自転車をその場に放置して逃げ出した。

幸いにも彼は眼鏡をかけており目をやられることだけは免れた。

局に逃げ戻った彼は、普段の自分の行いを棚に上げて局長に話をしたらしい。

流石に身内に甘い郵便局でも彼に味方してくれる人間は居なかった。

まあ、常識的に考えて猫が人を襲うなんて話を信じる方がどうかしているが…。
O家の面々は翌日御隠居からの報告でこの話を知り、緊急家族会議をひらいた…
議題は勿論、ゴンの処分についてである。

この稿続く