おばさんはゴンが拾ってきた…なんて言い方をしたがもとより猫が犬を拾って来るなんて話があるわけは無い…。

正確に言えば子犬が勝手にゴンについて来たのである。

言うまでも無いが犬と猫の一番大きな違いは、その生活形態だろう。

同じミアキスを先祖に持つカニス類である両者は大きさとか鳴き声云々以前に決定的に違う点がある。

ナニも難しい話では無い…ネコ族は単独(母系の家族単位)で、そしてイヌ族はボス(α)を中心とした群れで生活する生き物なのだ。

だからこそわざわざ特別な存在としての『一匹狼』なんつ~言葉が在るくらいである。

で、件の子犬だが前日の夕方頃からO崎家のある町内をうろついていたらしい。

北朝鮮の『秘密警察』以上の情報収集力がある主婦の噂話にも何処かの家で犬が子を産んだ…と言う話がキャッチされなかったところをみるとおそらくは迷子か捨犬だったのだろう。

前日に見かけた主婦の話では呼んでも近寄っては来なかったらしい。

つまりは捨てた人間…若しくは迷子になった直後に出会った人間からあまり良い扱いを受けなかったと思われるのだ。

人間に冷たく…若しくはいじめられた子犬としては、なんとしても強いボスの下につき身の安全をはかりたかったのだろう。

ゴンはそんな子犬の前に現われた頼りに成りそうなα(犬族の群れのリーダー)だったのである。

基本的にゴンはファジーでアバウトだった…つまり適当でいい加減、物凄くずぼらで無頓着な性格なのだ。

吠えかかったり襲って来たりしなければ犬や他の動物が近づいて来ても一行に気にしない。

たまに猫が大好きと言う変人犬(?)が寄ってきて顔を舐めようとしてもゴンは怒らなかった。

あからさまに嫌な顔をして身を捩り逃げはしたが威嚇したり引っ掻いたり…なんてコトは一度もしなかった。

勿論、相手に敵意があれば別である。

雑種の中型犬程度なら、歯牙にもかけぬ…と言うのはオーバーにしても、飛び掛かってくる相手の牙をかわし、鼻面なり目を狙って必殺猫パンチ…

相手は大量(鼻をやられた犬はビックリするほど出血する)に血を流して戦意を喪失した。

で、その子犬だが一応、もらい手は捜したらしいが見つからず…結局O崎家で飼うことになった。

なんと名付けられたか? 既に僕自身忘れているが、拾い主に比べ何処と言って特徴の無い極々普通の雑種犬だった記憶がある。

ま、犬でゴンみたいな性格だったら、それはそれで大変だが…

ただこのワンコ…ネコに拾われた恩を覚えていたのかどうかは分からないが…感心と言うかズボラと言うか、余所の家のネコがO崎家の庭に入り込んで来ても一向に吠えなかったと言う…

生き物を飼う…ペットと一緒に暮らすと言うことは単に可愛いとか…動物好き…なんて言う短絡的且つ、一時の感情だけですむ話ばかりでは無い。

うちの娘がゴンの子を産んだ…なんつ~て、子猫を持ち込んで来るオバサンこそレアなケースにせよ、ゴンなみに個性的な猫を飼っている家は在ること無いこと近所の噂にされるモノなのである。

あるときO崎家の傍の路地で4、5才の男の子がビ~ビ~泣いていた。
するとステテコに下駄履き、まるで往年のシャボン玉ホリディーの植木等みたいな出立ちのオッサンが寄ってきて…

どうした坊主? またO崎さんトコの猫にでもいじめられたか?

なんてコトを言っていたのを聞いたコトがある。
まったく人聞きが悪いっちゃあ無いはなしだ…悪いっちゃあ無い話しなんだが、まるで根拠の無い話でも無い…

ゴンがお菓子を手にした幼児に寄っていき、それを巻き上げるのを僕は一度目撃しているのだ。

無論、彼の方に脅し取ろうとか強奪しようとか言う気はサラサラ無い。

単に普通の家猫がよくやる…美味そうな(猫にとって)食べ物を持った人間に甘えただけである。

だが子供の方はそうは思わない…つ~か、普通思えないだろう…。
あること無いこと、その武勇伝を親やら友達から聞かされている相手が目の前にいて自分に近寄ってくるのだ。

僕が見たとき手にしたお菓子(そのときは駄菓子屋で売ってる烏賊薫だった)をゴンの前に置いた幼児は半泣きでその場から走り去った…ま~見方によればネコがいじめたと言えなくも無い光景だったのだ。

普通、ネコは子供が嫌いである。幼児の声がすればいつの間にか姿を消し…声が聞こえなくなった頃、姿を現わす…

だが当時、O崎家のあった町内では小さな子供がネコ鳴きの声に緊張していたのだ。



ゴンは普通の猫と同じように年をとるにつれ、だんだんと外に出なくなった。

そして人間を含め、多くの幸せな生き物がみなそうで在るように…ある朝、ひっそりと息をひきとっていた。


現在、O崎家の三兄弟はそれぞれ独立して家を出ている。

なかなか結婚しなかった末の妹も三十過ぎてようやく嫁にいった。

お爺ちゃんとお婆ちゃんも既に彼岸の住人である。

ゴンが郵便屋に復讐する現場を目撃した裏の御隠居も、百近くまで生きて大往生を遂げた。

そして半年程前…僕の元にO崎の親父さんの訃報が届いた。

通夜の晩、未だ十匹近くいた猫達は全員(全匹?)例の応接間に閉じ込められていた。

勿論、複数の猫トイレと水や餌も運び込んである。

応接間のドアには間違って開けないよう貼り紙がしてあった。

葬儀の手伝いに来ていた長兄の会社の若い社員がその紙に目を止めて尋ねる。

…部長! 猫部屋開けるな! ってどうゆ~意味ですかぁ?

…馬鹿野郎! 猫部屋は猫部屋だろうが!

この会話に末の妹と二人で笑っていると次兄の末っ子…小三の女の子が…

…「猫」も「部屋」も難しい字じゃないのにね~

と、言っていた。

ちなみに四人兄妹は全員がマンション住まいだが、それぞれが猫を飼っている…。

いまにして思うと…ゴンは一種のミュテーション…突然変異が生み出した『怪物』なんじゃなかったのだろうか?
と、僕は考えている。

普通より身体か並外れて大きければ…『巨人』だし…小さければ『小人』と呼ばれどちらにせよファンタジーやら伝説の世界の生き物…

怪物である…過剰と欠落が怪物の条件とするならば…

普通の猫が持ちえない『知恵』を身につけ…
普通の猫なら身につけているはずの意識…
テリトリーに関する概念が欠落していたゴンはやはり怪物だったのだろう…

普通ならば迫害されるはずの怪物が幸せな一生を送れたのは『昭和』と言う時代のせいもあったろうし…
O崎家の環境に助けられた面もあったろう…
ナンにせよ彼と知り合えたコトは僕にとって凄く幸せなコトだったと思っている。

願わくばゴン自身もそう思っていてくれるコトを祈りたい…。
O崎家のゴンはメチャクチャ喧嘩が強い…と言うのは近所でも評判になっていた。

喧嘩が強いて~のと、喧嘩早いと言うのはカールマルクスと、グルーチョマルクスぐらいの違いがある。

ゴンは決して自分から喧嘩を売るタイプでは無かった。

ある日、O崎家のお母さんが遭遇したのもその典型である。

場所はO崎家から300メートルばかり離れた路上、買物帰りのお母さんはゴンが一匹の茶トラ猫と対峙しているところに出くわした。

相手の茶トラさんはまだ若い牡で、完全臨戦態勢をとって毛を逆立て背中を膨らませている。

一方、ゴンと言えば何時も通り…なんだこいつは?

と、言う表情でなんの緊張感も無い。

…ゴン!

声をかけるとゴンは振り向き、猫が外で飼い主に出会ったときよく出す甘えた声で鳴いた。

茶トラは…隙あり!

と、思ったのだろう、いきなり飛び掛かった。

次の瞬間、フック気味の猫パンチが一閃し、彼の身体は1メートル程も飛ばされ地面に転がった。

ゴンは転がった相手をチラッと振り返り、何事も無かったかの様にお母さんの足元に擦り寄って喉を鳴らしたと言う。

ゴンの喧嘩は一事が万事この調子だった。

売られた喧嘩は買う…ちゅ~か、猫の場合は買わざるえないんだが…自分から喧嘩を売るようなことは殆どしなかった。

唯一の例外はO崎家の敷地内で他の猫が牝にモーションをかけたときで、その場合は容赦無く相手をぶっ飛ばした。


大人に成ってからのゴンは傍迷惑な悪戯こそしなくなったが、その卓越した知恵(あたまに悪がつく)と腕力から時折、家族が驚くような行動をとった…。

ある日、仕事帰りに家族麻雀に誘われた僕は、当たり前の様にO崎家の夕食に混じった。

その日の晩ご飯は散し寿司である。

万年貧乏な我が家と違い、O崎家の散らしは豪華で、僕は秘かに楽しみにしていた。

…??
どうにも『具』が少ない!

表面を被う錦糸玉子と海苔で見えなく成っているが、酢飯の中に混ぜ込まれているのは人参と蓮根のみじん切りだけだ。

五目寿司どころかこれでは海苔と玉子をいれても四目である。

…ごめんね~ Yちゃん、愛想の無い散らしで、今日はほんとはお稲荷さんのはずだったのよね…

確かに稲荷寿司だとすればこの具材でも十分納得がいく。

…で、揚げはどうしちゃったの?

僕の問いにO崎家の面々は顔を見合わせて苦笑いした。

…猫どもにやられた…

爺ちゃんが憮然として答える。気が付くと食事時には掃いて捨てる程、茶の間に集まる猫の姿が無い。

…あたしもT子さんも、ゴンは揚げが嫌いだから大丈夫だと思ったんだけどね~
お婆ちゃんが溜め息混じりに呟いた。

その日は土曜日で麻雀が夜通しになることは女性陣にも判っていた。

お稲荷さんなら余っても夜食に使えるし、麻雀しながら食べるのには打って付けである。

余談だが僕は麻雀のイロハをこの家の家族…親父さんと爺ちゃんから学んだ。

同い年の三男…K文が、兄達に交じって打ちはじめるのとほぼ同時期だったと思う。

O崎家で一番強いのはなんと言っても爺ちゃんでなんせ年季が…キャリアが違う。

本人の話によれば戦前、内務省の高級官僚や陸軍の将校連中をさんざん鴨にしてきたらしい。

確かによる年波で体力は落ちていたが、引きの強さと相手の待ちを読む精確さは僕らの太刀打ち出来るレベルでは無かった。

親父さんも大学時代に覚え、営業マン仲間と鍛えた麻雀でとてもしぶとい打ち手だった。

僕を入れると面子は六人になる。サンマなら二卓囲める計算だが、その頃は三人麻雀をやる人間は少なかったのだ。

閑話休題…お母さんとお婆ちゃんが大量に煮た揚げは大皿に盛られ台所(三人ぐらいなら食事の出来るダイニングキッチン)に置かれ上から蝿帳が被せてあった。

この蝿帳…今でもたまに見かける、扉が付いた箱型ではなく、食卓に置かれた料理に被せる形式だった。

戦後の物が何も無い時期に爺ちゃんが近所の職人に造らせた品で、なんせでかくて重かったのだ。

形は…簡単に言えば骨が鉄で出来た男物の雨傘の頭の部分に布ではなく細かい金網が張ってある物を想像してもらえばよい。

重さは5キロ以上在り到底、ふつ~の猫に動かせる代物では無い。

ましてお婆ちゃんが言った通りゴンは甘辛く煮た揚げが好きでは無いのだ。

だからゴンが手を出すことは無いと思い、お母さんとお婆ちゃんは安心していたのである。

だがゴンは嫌いでも他の猫達は揚げに興味深々だったようである。

これはあくまで僕の想像だが、揚げの置かれたテーブルの下で寝ていたゴンは、他の猫が匂いに引き寄せられ騒いだために目を覚ましたのだろう。

うるせ~な! これか? こいつをどかせば良いのか?…どっこいせっと!

まぁ、おそらくはこんな感じでゴンは蝿帳を開けたのだろう。

食い荒らされた揚げをお婆ちゃんが見つけたとき、ゴンは未だテーブルの下で眠っていたと言う。

彼にしてみれば自分が盗ってもいない揚げの事で怒られるのは理不尽極まりない話だったろう。



酔っ払ってO崎家に泊まった朝のことだ。

台所で末妹がお母さんになにやらねだっていた。

…和美ちゃんのうち、三毛さんが生まれたの! ちっちゃくて可愛いの! ね~お母さん、もらってきても良いでしょ?

…何言ってるの猫ならうちにいっぱいいるでしょ!

…だって~、うちは大人の牡ばっかりでじゃれないし、可愛くないし、つまんないんだもん!

…牝なんかもらって来たって、どうせゴンが乗っかっておんなじような子供がぞろぞろ生まれるだけでしょ! やめときなさい!

と、そんな話をしていると爺ちゃんが起きてきて…。
…朝から親子でなんて話しをしとるんだ! 猫ならうちで充分まかなっとるだろう!

どうやら猫には一所帯あたりの自給率てのが在るらしい…。


ゴンの強さは通常の猫では在り得ない状況をもたらすこともあった。

正確な年月は覚えていないが…ある日いつものように遊びに行くと庭に茶色い子犬がいた。

また犬飼ったんだ?

ずっと前…僕らが高校時代には秋田と紀州の雑種だと言うやたら大きな老犬がいたことはあったが、その犬が死んでからはO崎家は完全な猫屋敷だったのだ。

あ、別に飼うと決まった訳じゃないのよ…沙羅パパちゃんよかったらもらってくれない?

ごめん…うちは無理だよ…もう二匹いるもん…。

当時、我が家の庭にはポカ(柴と甲斐犬の雑種…所謂、甲斐柴)と黒(完全にナニが入ったか分からない雑種)の二匹がおり、到底三匹目を養う余裕もスペースも無かったのだ。

そっか三匹は無理よね…

で、どうしたのあの子犬? 誰か拾ってきたの?

一人っ子だった僕でさえ子供の頃は何年かに一度、犬(大概、子犬)を拾ってきて飼うの飼わないのと家族で騒いでいたくらいである。

四人兄妹のO崎家ではこの手の話は日常茶飯事だったのだ…が、それは子供達が小さかった時代の話であり、一番下の妹(↑の話で雌の子猫が欲しいと言っていた)さえ中学生になって時分である…

…ゴンがね…拾ってきたのよ…

ハァ!?

おばさんの言葉に…その時もまた、僕はバカ丸だしの顔して情けない声をあげたはずである…。

この稿続く…


せっせと子造りを続け、狙った牝は必ずゲットしてきたO崎家のゴンだが一度だけ目的を果たせなかった事がある。

しかも相手の牝猫はこともあろうにO崎家の中に居たのだ。

かなりむかしの事なので細かい経緯…前後の事情は忘れてしまったがその牝はO崎家の誰か、知り合いの飼い猫だったらしい。

飼い主夫婦が所用で家を空けるため、一泊二日の予定で預かったのだ。

確か二歳か三歳の三毛猫でなかなかの美形だったと聞いている。

無論、O崎家側としても、預かり物のお嬢さんに万一の事が在ってはいけないと言うのでゴンを始め自分のところの牡猫どもに対するガードは考慮していた。

最初は籠(籐製のキャリーバック)に入れて運び、使っていない部屋に隔離する予定だったものを、彼女が普段使っている木製のケージごと移動させるように頼んだのである。

このケージは彼女と一緒に生家から運ばれて来た、言わば嫁入り道具であり、今でも夜はその中で眠るという…。

猫は人よりは家につくと言われている動物だ。

慣れないO崎家で過ごす彼女にとってケージはパニックルームとして機能するだろう。

つまり仮にゴンが彼女のいる部屋まで侵入したとしても、ケージのストッパー…掛け金式で螺旋がついている…を閉めてしまえば開ける事は出来ない…。

この判断が正しかった事は後に証明された。

ちなみにゴンは引き戸なら何でも開ける事が出来た。
襖や障子などの軽いやつは勿論…前回の話で証明された通り、昔の木の雨戸なんかも開けるコトができた。

そればかりでは無い、めちゃくちゃ重い大阪格子まで、横開きの戸では彼の侵入を防ぐことは出来なかったのだ。

洋式のドアで隔てられていても安心は出来ず、鍵が掛かっていない限り、彼はノブに飛び付き器用に開けて(ただし時間はかかるが)しまったのである。

お嬢様の入ったケージはO崎家で唯一鍵のかかる洋間…応接間に置かれる事となった。

犬族程では無いが猫も匂いには敏感である。

応接間の持ち込まれた当初はドアの前で騒いでいた牡猫達もやがて諦め…最後にゴンだけが残った。

家の中に自分が種付けをしていない牝がいる。

このことは彼のプライドをいたく傷つけたに違いない。

だがゴンは応接間の前で喧しく鳴くわけでも、鍵の掛かったドアを開けようとするわけでも無く、他の牡達の狂騒ぶりを後ろから眺めているだけだった。

そして彼はフイとその場を離れた…。

…諦めたのかしら?

…まさか! ゴンに限って目と鼻の先にいる牝を諦めるわけ無いよ!

…解らんぞ…あいつは狡賢いから、ここで無理をするよりもっと簡単にモノに出来る牝を捜しに行ったのかもしれん…

家族は勝手なことを言っていたが当の本人(本猫)は何処へ出かけたのか日が暮れても帰って来なかった。
ことが起こったのは、それから数時間後…家族揃っての夕食がすんだ時だった。
けたたましい猫の悲鳴が響き、家族全員がギョッとして立ち上がった。

…応接間?

…まさかゴンが!?

…誰か鍵をかけ忘れたんじゃないのか?

家族一同、勝手な事を言いながらバタバタと応接間に急いだ。

応接間の鍵はちゃんとかけられている。だが中に入ると既にゴンは室内にいたのだ。

お嬢様は背中をまるめ、ケージの隅に身体を押しつけて唸っている。

…ゴンビックリマーク おまえ、どっから入ったの!?

お母さんの声にゴンは脱兎(脱猫?)の如く逃げ出した。

…よ~し、よし…可哀相に恐かったろ?

…もう大丈夫だから安心しな。

家族で口々に慰めても、件の牝は全身の毛を逆立てたままである。

…でもゴンは何処っから入ったんだろ?

…誰かが入った時に一緒に入ったんじゃないの?

…いや、それは無いじゃろたとえ人間が気づかなくても猫は気づいて騒ぎだしたはずじゃ…

お爺ちゃんの意見は筋が通っていた。

しかも最後にこの部屋に入ったのは、餌をやりに来たお母さんで、既に三十分以上前の話である。

例えその時、ゴンも一緒に入り込み、さらにそのことに牝猫が気づかなかったとしても…

…ゴンが三十分もなんにもしないで、隠れてる分けないわよ!

末妹の言葉には説得力が在る。かくして家族全員で、ゴンの侵入経路捜しが始まった。

気の毒なのはケージの中のお嬢さんである。見知らぬ牡が現れ、恐い思いをしたばかりなのに、今度は人間の集団が自分のまわりをうろつき始めたのだ。

八畳ほどの広さの応接間である。調べるところなどそうそう在る筈もない。
O崎家は忍者屋敷でもショッカーの秘密基地でもないのだ。抜け穴や隠し扉が在る筈もない。

応接間への出入口はいま家族が入ってきたドアと玄関へ続く引き戸だけで、そちらは中から鍵が掛かっている。

…あれ!? あそこ…

O崎の長兄が指差したのは天井の隅で、天板の一部がズレていた。

驚いたことにゴンは天井裏から室内に入ったのだ。

…あいつどっから上がったんだ?

今度は全員でゴンの入った侵入口を捜し始めた…

ある意味平和な家族である。

台所と浴室、そして納戸まで含めるとO崎家には十五以上の部屋がある。

勿論、すべての部屋から天井裏へ上がれ上がれる訳では無い。

まして猫が入れるとなると侵入場所は自ずから限られる筈であった。

まるで吉良を捜す四十七士のように家族総出の探索が続き、問題の場所が分かったのは小一時間程あとだった。

なんとゴンは、位置的には応接間から一番離れた奥の和室…お爺ちゃんの部屋から侵入したのだ。

勿論、軽く2メートルは高さのある天井に、直接上れる訳はない。

仮に上ったとしても杉網代の天板を動かすのは不可能である。

なんとゴンは天袋の戸を開け、そこから入ったのだった。

広さ八畳強のこの和室の一角には、一間の床の間とその隣に数寄屋風の違い棚があり、棚を挟んで下には地袋、上には天袋がしつらえてあった。

高さ一尺(30センチ強)の地袋はともかく、幅が20センチにも満たない天袋は殆ど収納として実用にはならず、中には何も入っていなかったのだ。

まさにこの場所は猫しか入れない入り口だったのだ。
不可思議なのは、ゴンがどうしてこの侵入路を知った…あるいは思いついたかである。

唯一、考えられるのは、以前雨漏りを修理するために別の和室の天袋から大工さんが入ったのを見た彼が…上の方に在る引き戸が…更にうえ、天井裏への入り口…と、言う認識を持った可能性である。

普段、自分があまり出入りしない部屋の天袋と、おそらく一度しか見ていないそれとを結び付けて考える知恵をゴンは持っていたのだろうか?

二十年以上前、O崎からこの話を聞かされたとき僕は一つの推論をたてた。

そしてそれはゴンの残した幾多の逸話によってやがて確信へと変わっていったのである。

次稿に続く