すいません、ちょっとばかし体調(特に頭の調子)が良くないんで再録でお茶を濁します。
この話は活門のブログに書いて結構好評だぢたヤツをmixi様に焼直し(ちょい手直し&加筆してます)たヤツの再録であります。
m(__)m

友人にO崎と言う男がいる。
かれこれ三十年以上の付き合いで、十代の頃は彼の家によく遊びに行っていた。
このO崎家、我が生家以上の猫屋敷で、多いときは二十匹からの猫がいた。

『ゴン』とはこの家の猫の名前である。

彼の正式な名前はゴンザレスと謂う…
つまりフルネームはO崎ゴンザレスなのだ…。

ゴンが生まれた頃(70年代後半)にTVでやっていた西部劇(多分、マカロニウェスタン)に出ていた悪役に因んで付けられた名前であった。

無論、純血種なんかでは無い。由緒正しい和猫の雑種である。

当時、日本の家庭では殆ど全ての猫は外飼いだった。
キャットフードなんぞというオサレで便利なモノもさして普及してはおらず、猫の御飯と言えば文字通り猫マンマが主流であった頃の話だ。

飯に味噌汁をぶっかけたのが犬マンマ(在るのかこんな言葉?)で猫マンマとは味噌汁プラス、鰹節(所謂オカカ)か煮干しをかけた物を指す…と、言うのが持論なんだけど違うかな?

なにせ数が居たからゴンの生まれた当時の状況は定かでは無い。

当のO崎家の人達の記憶も甚だ曖昧である。

遅れ馳せながら、当時の彼の家の家族構成を記しておこう。

明治生まれの爺ちゃん&婆ちゃんにその息子夫婦、僕の友人である三男の清文には二人の兄貴と妹がいた。
計八人である。今の東京は勿論、当時も八人の大家族はかなり珍しく、O家は何時訪れても賑やかだった。

人も多いが猫も多く、ゴンにも数匹の兄弟姉妹がいた…
いた筈なんだが彼や彼の兄弟&姉妹達がどうなったのかもはっきりしない。

おそらくは伝手をたどって何処ぞにもらわれて行ったのだろう。

ゴンには養子の口もかからず婿の話も無かった。

これは別段、彼が醜男だったわけでもトイレの仕付けが出来ない駄目猫だったわけでも無い。

特別な美猫だった訳では無いが、ゴンは黒トラの極普通のガラで、トイレもすぐに覚えた…つまり子猫時代の彼は至極普通の猫だったのだ。

唯一、違っていたのはその鳴き声である。

いや、この言い回しは正確では無い。

声がどうのと言う前にゴンはおよそ鳴かない、ひどく無口な子猫だったのである。

母猫におっぱいをねだるときから、乳離れして人間…主にO崎家のお母さん…に餌をねだる様になっても、ゴンはおよそ鳴かなかった。
…この子、声、出ないのかしら?

三男清文より一二才した…つまりは彼と同い年の僕よりも一回り下の妹が心配した通り、これは子猫としては極めて稀な事態である。

誤解の無いよう断っておくがゴンは決して反応の鈍い子猫では無かった。

ヒモやハタキでじゃらせば人並み(猫並み?)に飛び跳ねるし、餌が欲しいときは足元に擦りついて甘えたりもする。

我々がゴンの特異な性質&性格&能力を初めて知ったのは彼が生後三ヶ月ぐらいになった頃だった。

当時、O崎家の周辺を受け持っていた郵便配達にもの凄い動物嫌いの男がいた。
この男、猫でも犬でも目についた…しかも弱そうな動物を見つけるとチャリで執拗に追い掛け回すのだ。

姑息なことに逆襲されそうな大型犬や飼い主が散歩中の犬は狙わず、たまたま離れてしまった子犬や愛玩犬、そして猫を標的にするのである。

近在の住民は度々抗議したが郵便局長はのらりくらりと言い逃れ、男の行為を認めようとはしなかったと言う。

幸いなことに死んだり怪我をしたりと言ったひどい被害こそ出なかったが、追い掛け回され、一週間近く家に帰って来なかった猫や、隣町まで逃げ出し、そこで保護された子犬なんてのが存在したらしい。

子猫だったゴンは折悪しくこの男と遭遇して路地を追い回されたのだ。

運良く学校帰りの子供達が通りかかり…

…あ~、猫イジメだ~!

…猫イジメの郵便屋が猫、追い掛けてる!

と、はやしたて、ゴンは危うく難を逃れた。

目撃者の子供の一人がゴンがO崎家の猫と知っていて知らせてくれたのでこの一件は家族の知るところとなった。

O崎の親父さんは家族にせっつかれ、郵便局に抗議に行ったが局長は言を左右して局員の非を認めようとはしなかったという。

人間(飼主)が頼りにならないと思ったのか、ゴンが驚くような方法で自ら復讐を果たしたのはそれから一週間程あとのことだった。
続く…
小学生のとき自分の不注意から拾ってきた子猫を殺してしまった(少なくとも本人はそう思っていた)T子嬢…

大人になって一人暮らしを始めても彼女はそのトラウマから頑なに動物を飼わないでいました。

それがある日…会社からの帰り道、T子嬢は子猫と遭遇してしまったのです。

場所は彼女が住んでいたアパートは…一回行っただけではまず誰も道を覚えられないであろうごちゃごちゃ入り組んだ西五反田の住宅街に在りました。

あ、ちなみにこの地域、今ではオサレなマンションなんぞが立ちび…独身の女性にはかなり人気のあるエリアになっていますが…

当時はあなた…大崎広小路から五反田駅周辺に散在するキャバレー、トルコ(その頃は未だソープなる言葉は無かった)飲み屋や小料理屋で働く人間と…これもまた沢山あった町工場の工員さんが暮らす安アパートがそれこそ掃いて捨てる程建っていたんです。

でもさ~、T子ちゃんが住んでる辺りって危なくない?

そうそう、西五反田界隈ってガラ悪そうだしな…。

なんて話を当時遊び仲間の溜り場になっていた中目黒のスナックでした記憶があります。

で、T子嬢の答えは…
ま~治安が良いとは言えないかもね~
でもさ~だから今のアパートだって、目黒や品川に比べたらメチャクチャ家賃やすいし、結構広いんだよね。

そうなんです…T子嬢の住んでいた地域は当時人気が無い代わりに他所に比べ家賃が格段に安かったのです。

独身のOLやらサラリーマンの殆どが一間か、精々2K(しかも大概風呂無し)に住んでいた時代…彼女のアパートの間取りは6・4・K(三畳ちょいは在りました)しかも結構立派なお風呂までついていたんです。

そりゃま~たまには近所で痴漢とか出るけと、あたしんちの辺りって住んでる人の仕事がてんでんばらばらだから、どんな時間帯でも確実に誰かは家にいて、しかも起きてるんだよね。

この前も夜明けにどっかのアパートのホステスさんが道で引ったくりにあってさ…悲鳴をあげたら、すぐに近所から男の人が二、三人飛び出して捕まえちゃったもん…

そんな時間に起きてるなんてどんな商売の人よ?

一人はカシって言うの? なんかの市場に勤めてる人で出勤前、もう一人は五反田駅の前のスナックだかキャバレーお兄さんで、帰って来てラジオ聞いてたんだって…あとはの一人はナンだっけかな…

…ま~、そんな感じで治安が良いんだか悪いんだか…
少なくとも今の東京よりは遥かに暮らしやすかったのは確かみたいであります。

そんなアパートに帰宅途中…季節は八月の終わり頃…

秋…と、言うにはまだまだ早いのに妙に肌寒い夜…

T子嬢はアパートまで僅か数十メートルの路上で猫らしき鳴声を耳にしました。

ヤバ…猫だ…

小学校のとき…あの子猫が死んでから彼女は努めて外で猫…それも子猫には近づかないようにしてきました。

ことに親元を離れ一人暮らしをするようになってからT子嬢は猫の鳴き声には慎重…つ~か、臆病に対処してきたんです。

そこらで飼われている…もしくは暮らしている猫で、人慣れがしていて、触らしてくれる子なら良いんですが…もしも捨て猫だったら…?

そう考えると彼女はとても猫の鳴き声には近付け無かったのです。しかもその晩聞こえて来たのは…

…ゲ?! 子猫じゃん!?

そう…彼女が耳にしたのは明らかに子猫が母親を呼ぶ声だったのですな。

T子嬢は一瞬躊躇しました。
もし近くに母猫がいればすぐに駆け付けるでしょう…仮に野良さんだとしたら母猫は人間の目につくところには子供を放置したりはしないはずです。

飼い猫以上に栄養状態が良い…ハッキリいって太り過ぎが多く人なれした今の町猫と違い、昔の野良さんはかなり慎重に子育てをしていた子が多かったんですな。

と…その場に立ち尽くしたT子嬢が判断に迷っている間に声の主…黒ドラの子猫が姿を見せました。

どうやらすぐ側の路地にいたようです。

子猫は凄い勢いで駆け寄るとT子嬢の足の上…甲の上に乗りました。

それはまるで、今このヒトに見捨てられたら命が無い! そんな感じだったと言います。

野良さんとかに限らず家猫やペットショップで売っている子猫でもたまにこうした行動をとることがあります。

自分の将来…運命に関わる人間が判る…西洋でも東洋でも魔性の生き物と言われる猫族…彼等にはそんな不可思議な力が備わっているのかも知れません。

飼うしかないんだろうな…足の甲にしがみ付く子猫を抱き上げた彼女はそう思いました。

そしてそんなT子嬢の気持ちが分かったのかチビ猫はゴロゴロと盛んに喉を鳴らしていました。


絶対に猫は飼うまいと思い続けてきた彼女でしたが、一旦決心するとその行動に迷いはありませんでした。

明くる日…会社に電話してよんどころない急用が出来たんで出勤が午後からになります…と、伝えました。

真剣な様子の彼女の訴えに社長の周さんは即OKをくれました。
T子嬢曰く…う、嘘はついてないモン…

ま、確かによんどころ無い事情だったかも知れませんがね…

その後、彼女の行動は…近所のスーパーで当時は珍しかった(たぶん、商品化していたのは一社か二社)瓶入りの低温殺菌牛乳を買って取り敢えず子猫に与え…勿論温くして更にちょいミネラルウォーターで薄めて…

再び外出して今度はキャリー(今我が家で使ってるのと同様に籐製の小型犬用)を買い、子猫を入れてそのころ五反田駅前に在った大きな動物病院へ…糞尿並びに血液を含む結構ちゃとした検査をとワクチンを依頼したんです。

猫は一晩入院…ここまでの行動で分かると思いますがT子嬢は子猫を飼うと決めた段階である決心をしていました…。

…今度は絶対死なせない! どれだけ手間がかかろうが、お金がかかろうが、この子だけは丈夫で長生きさせてみせる…。

彼女はそう誓っていたんですな…。

T子ちゃん猫飼ったんだってよ…なんつ~話を溜り場のスナックでしてから一年近くの時間が流れました。

そのあいだ僕はT子嬢がどんな風に猫を飼っているのか噂程度にしか知りませんでした。

…T子んトコの猫、メチャクチャ甘やかされて大事にされてるそうだぜ…

なんて話は聞いてたんですが、それを目の当たりにしたのは彼女が子猫を拾ってから一年ばかりあと…明くる年の暮れのことでした。

沙羅パパ君さあ…来週、二日ばかりうちに留守番に来てくれないかな?

留守番?

うん…友達とスキーに行く予定があってさ、ほら動物病院とかあずけると姫様が不安がるでしょ?
猫は家につく…って言うしどうせなら誰かに留守番に来てもらって、いつも通りのご飯あげてもらった方が良いと思ってさ…。

留守番ならM田に頼めばいいじゃん。あいつだって猫の扱いには慣れてるんだから…。

M田と言うのは当時、T子嬢のボーイフレンドの一人で、たしか明大の院生でした。

彼の実家も僕の家と同様に猫屋敷と呼ばれるぐらい猫が沢山いたんです。

それが無理なのよね~ だってスキーにはM田君と行くんだもん…。

…是非も無い話でした。同じ猫好きとして話してるうちにM田は何時の間にかT子嬢とそ~ゆ~関係になっていたのです。

わ~ったよ。行きますよ。留守番だろうと御猫様の世話だろうと何でもいたします…

…つ~、わけで僕はキャットシッター兼留守番として彼女のアパートに泊まることになったのです。

当日、仕事の都合で事前にオヒイ様の世話についてのレクチャーが受けられなかった僕にT子嬢は姫様の世話に関する事細かなメモを残していきました。

…水はあまり大量に与えない…その代わり無くなったらすぐに新しいのをあげる。
そのとき容器は完全に洗う(注・洗剤は完全にすすぐ事)。

…トイレの排泄物は気が付いたら付属のスコップ(子供のママゴト用の赤いヤツでした)でとる。

砂の交換は一日、若しくは二日に一回。その際、トイレ自体も完全に洗って乾かすこと。

…ご飯は鶏レバーか、ササミ肉。もしくは鮪ブツを…

メニュー及びレシピは別紙に…よろしくね沙羅パパ君ドキドキドキドキ

なァにがよろしくドキドキだバカヤロ~!

台所に置いてあったメモを読んで、毒づいていると問題の姫様が姿を見せました。

二才弱…女の子としてはやや大柄ですが何処といって変わったところの無い雑種(概ね日本猫)の虎猫です。

ただ僅かに毛足が長いのと毛質が細目で柔らかいのは彼女の血の中に幾分かの長毛種…ラグドールとかの大型猫が混じっていたのかも知れません…。

誰このヒト? 姫様は初めて会った僕を恐れる風も無く近寄ってきました。

一般に女性が室内飼してる猫は人間の牡…男に強い警戒心を示す事が多いのですが姫さまは違いました…て言うかM田で免疫が出来てたようです。

ちょっと待っててね、いまママの書いてったメモを見てご飯作ってあげるから…

そう声をかけると姫様はまるで僕の言葉を理解したかの様にきびすを反すとベッドにあがり優雅に寝転びました。

あ~? レバーは生食用を蒸して使うだと!?

鶏のささ身は湯がいてから裏ごしだと?

彼女が書き残していったメモに記されていたレシピはどれもこれも面倒な…手のかかるモノばかりでした。

基本は生で食べられる材料を加熱する…煮ると栄養素が逃げるタイプの食材は蒸す…。

肉類は原則脂身を避ける…牛や豚は赤身、鶏肉はささ身を使用する…。

ま~贅沢と言えば贅沢…健康的と言えばあまりに健康的でヘルシーな食生活であります。

料理は嫌いじゃない…むしろ好きな方だし、それなりに自信も在ったのですが…このときのT子嬢の指示の細かさには参りました。

やっとこさっとこ料理…とても猫の餌と呼べるレベルじゃ無い…を作り終え…

おまた~…と声をかけると姫さまは軽やかにベッドから飛び降り足元にやって来ました。

大きさの割りには動きが軽やかです。
姫さまは室内飼いの猫に有り勝ちな肥満体では無く、非常に健康的な体系をしていました。

毛足が長くフンワリしているので肥って見えますが、抱き上げると意外とスリムで、それでいて骨格はしっかりしていたのです。

絶対長生きさせる! そう決心したT子嬢の養育法は決して間違ってはいなかったと言えるでしょう。

一時間(もうちょいかかったかも)ばかり後…出来上がったご飯を姫様はお上品に召し上がりました。

決してガツガツ…と言うわけでは無かったけれど彼女が料理を気に入ってくれたのは確かの様です。

キャットシッターとしての役目をなんとか果たせ僕は簡単なオカズで自分の晩飯をすませました(お余りのササミと冷蔵庫にあった豚コマ&野菜炒め)。

姫さまの食事と自分の餌タイムが終わった頃、タイミングよくT子嬢から電話が在りました。

どうしてる?

オヒイ様は食事を召し上がり今グルーミングをなさっておられます。

僕は受話器を足元で顔を熱心に洗っている御ネコ様に近付け…

…ホラ、おたあ様だよ…と言うと彼女は小さくナオ~…と鳴きました。


その後の話…T子嬢とM田はそのさらに一年ばかりあとに華燭の宴を上げました(会費制の華燭の宴も珍しいぞ)。

驚いたのはM田家に輿入れしたT子に着いていった姫さまが周囲の心配を余所に先住ネコ達とすぐに馴染んだことです。

姫さまは喧嘩するでもなく、かと言って同化するでも無く、超然とした態度のまま他の猫達と付き合ったそうであります。

それからしばらくしと溜り場になっていたスナックが閉店し…
T子やM田と会うことも無くなりました。


僕が姫さまが死んだ…と言う話を人づてに聞いたのはそれから二十年近く後の話です。

姫と呼ばれていた猫がいました。本名(?)では在りません。

当時、某外資系企業に勤めていた女の子…T子嬢のうちにいた猫です。

T子嬢が…うちの姫がね…とか…うちの御ヒイさは我儘で…なんてことを年がら年中ノタマウもんで、いつの間にか友人連が『T子んちの姫』と呼ぶようになった…
つ~わけであります。

僕を含め、当時の仲間で姫の本名を知ってた…覚えてたヒトはまず居なかったと思います。

当時のT子嬢…二十代半ばで、美人…つ~と、異論が在るかも知れませんが、非常に聡明な…眼に力のある…んでもって勝ち気な女性でありました。

あ、ちなみに彼女、僕よりちょい年上です(つまり今はもういい婆さんでありますな)。

ま、小生の場合いくら綺麗でも馬鹿とブスは嫌いなんで、色んな形で付き合いの在った女性にブスはいませんけどね。

再び…あ、不美人のコトを『ブス』と言うのは間違いですよ。

ブスっとしてるからブスと言う…これ、正しい日本語ネ。

なんてことを何時も言ってたのが彼女が在席していたB商事の社長さんであります。

で、さらに…もう一度、あ! 外資系つ~ても彼女が勤めてたのは欧米資本じゃなくて中つ国…商の国の末裔…即ち華僑である周さんの経営する会社でありました。

時代は確か73か4年…即ち日中国交回復直後の話でございます。

相手は今とは比べものにならんくらいガチガチの共産主義国ですから、国交が回復したから…て、すぐに民間レベル…それも中小企業の貿易が再開されるはずもなく、商取引の中心は相変わらず(建前上は国交の無い)台湾でありました。

周さんの会社は台湾から安いゴムサンダル(後にはビーサンやら網サンも)を雪崩式に大量輸入して国内の業者を真っ青にさせていたのであります。

で、話をT子嬢と『姫』に戻しますと、彼女が猫と暮すのは人生二回目…しかも小学生のとき以来だったそうであります…。

彼女自身…まさか自分がまた猫と暮らすようになるとは、全然考えなかったのよね…。

…なんて言ってました。

で、T子嬢と猫の関係は? つ~とですね、彼女の両親…特に母親の方が動物嫌い…特に病的な猫嫌いだったんだそうでありますよ。

普通、親が…特に母親が動物嫌いだと子供もまた動物が嫌いになったり、苦手になったりするものなんですが、幸い彼女はそうは成らなかった。

T子嬢御本人の言によれば、子供の頃、近くに住んでいた父方だか母方のオバさんが大の猫好きで彼女は年がら年中そのオバさんの家に上がり込んでは猫と遊んでいたんだそうであります。

しかしま~、毎日のように小学校低学年の子が押し掛けてくるちゅ~のは、犬ならともかく、そこんちの猫にとっては迷惑な話だったでありましょうな…。

ところがT子嬢が五年生だか六年生になったのと同時期にそのオバさんが引っ越してしまった。

彼女は自分の家では飼えないものの、会おうと思えば何時でも猫と会える環境から一転…猫に対する禁断症状状態(猫好きには分かりますよね?)に成ってしまったんですわな。

そんな彼女が、学校だか塾の帰りに捨てられた子猫と出会ってしまったのはある意味運命だったのかも知れません…。

幸いにも当時T子嬢は家の二階に自分の部屋がありました。

こっそり飼えば母親に見つかる危険性は低い…

彼女がそう考えたのは自然の成り行きでした。勿論ずっと飼うのは無理でしょうが、早めに飼い主を見つければ…

まー、今僕達が考えればルノアールのココアの様に甘い発想ですが、なんと言っても当時の彼女は小学生。
仕方無い…ちゃ~、仕方無い考えであります。

で、夜は同じベッドのなかで、昼間はクローゼットの奥に入れられた子猫はさして騒ぎもせずおとなしくしていたそうであります。

T子嬢の言によれば貯金箱(某少女誌の懸賞で当った水野英子キャラ)を開けて大量の除臭剤を買い込み、部屋に置いたり撒いたりしたし、家に帰るとすぐに徹底的な掃除を行ったのが良かったのだろうとちゅ~こってあります。

で、一日目と二日目はなんとか事無きを得たものの…

三日目の夜…悲劇が起こったのであります。

子猫がいるのは嬉しいし、塾や学校では必死で貰い手を捜さなくちゃならいし、母親にバレたらまずいから家族の前では気を抜けないし…それでいて自然に振る舞わなくちゃならないし…

確かにT子嬢も心身ともに相当疲れていたのでありましょう。

深夜(と、言っても十時半頃)彼女はフト目を覚ましました。横向きに寝た身体の胸の前、腕の間にいるべき子猫がいません。

眠気が一瞬で覚め、背筋か寒くなる…この時の彼女の気持ちは似たような体験をしたことがある僕にはよく分かります。

布団を跳ね退けベッドの上に身体を起こす。

天井の蛍光灯を点けた彼女の目に映ったのは…ベッドの上、自分の背中の在った位置に横たわる子猫でした。

口からは僅かに胃液らしい薄黄色の液体がこぼれていたそうです。

勿論、この状況だけでT子嬢が猫を身体の下敷きにして殺してしまったと断じ切るには些か無理が在ります。

彼女の話を聞く限り、この子猫(遅れ馳せながら女の子だったそうであります)はひろった時からあまり鳴かない非常におとなしい子だったそうですから、もしかすると具合が悪かった…病気だったのかも知れません。

猫や犬に限らず人間以外の動物ってヤツは驚くほど我慢強く、かなりの痛みや苦しみにも耐える事が出来ますから…。

一睡もせず…出来ずに子猫の亡骸を抱いて過ごした彼女は翌日の早朝、夜が明けると庭の隅に小さなお墓を作ったそうです。


自分が子猫を殺してしまった(少なくとも本人はそう思い込んだ)彼女は一生猫は飼うまい…。

と、決心しました。

やがて幾年もの月日がながれ某短大を卒業したT子嬢は前述した周さんの会社に就職しました。

親元を離れアパートで一人暮らしも始めました…

つまり動物嫌い…猫嫌いの母親を気にせずペットを飼うことが出来るようになったのです。

だけど彼女は猫はおろか金魚すら飼おうとはしませんでした。

死んでしまった子猫のことがトラウマになっていたんですな。

わたしが動物…まして猫なんか飼ったらまた殺しちゃう…T子嬢は頑なにそう考えていました。

そんな彼女が再び同じ様な状況で子猫を拾ってしまうとは…
まこと、運命ってヤツは皮肉なものでございます。

続く…