仕事終わって、一気に眠気がきた。

 

ご飯も食べず、布団に入る気力もないのでソファでそのまま寝た。最近は30分ぐらいで目が覚めるようになっていたけど、今日は目が開かなかった。

 

今月から、急に業務内容が変わって、なかなか癖のある人ばかりのチーム。色々思ってしまうスイッチが無意識に入る。

 

半月経って、ちょっと限界がきてるかもしれない。

 

夜眠れなくなった。5時ぐらいまで眠れない時もあって、深夜になるほど目が冴えていく。仕事が終わると強い眠気が来て、ご飯よりもお風呂よりも先に、寝たい気持ちが勝つ。

 

土日は14時とか15時ぐらいまで起きられない。

 

先月までしていた業務や、チームに戻れたらいいなぁ。

今日、あからさまな態度を向けられて、嫌な気持ちになった。

 

「これがしたい」とやってきて、それにはコレとコレが必要だと伝えたら、面倒臭いと言い、子供のように駄々をこねていた。

 

その時点で態度があまりにもだったから、自分も少し嫌な気持ちになり始めた。多分、どの仕事でも利用者側は自由な振る舞いをするし、クレームまがいのことを言い続ければ自分の希望や主張が通ると思っているのかと何度も思うほど、そういう場面が多いように感じる。

 

何かをしたい時、始めたい時、そこに必要な手続きが存在しているのであれば、まずはやってみてほしいし、やってみたけどわからなかったから教えてほしい、はわかる。

 

結局その人は「はいはい、めんどくさい、めんどくさい、ハイワカリマシタ」と言いながら、わざと、下から私の顔を覗き込むような仕草をして、目を見開いて、捨て台詞を吐いて帰っていった。

 

私にとっては、ものすごく嫌なやつだし、街ですれ違うことも、同じ空間にいることも、似た人を見かけることも金輪際したくない。

 

ただ、このイライラも怒りも嫌な気持ちも、やり場がないから、「たまたま、その人にとって、今日はタイミングが悪かっただけかもしれない」と思うことにした。

 

私とのやりとりをする前に、家族と喧嘩したのかもしれない。仕事で悪いことがあったかもしれない。何か嫌な思いをする出来事があった直後かもしれない。

 

そんなことがあった後に、簡単にできると思っていたことに、実はちょっと面倒な手続きが必要だとわかって、それが引き金になって、ちょっと感情が出てしまったのかもしれない。うまく進まない物事にイライラしたのかもしれない。

 

嫌なことが続いたら、限界がきたその時に対峙している物事や人にぶつけちゃうよね。許容よりも先に怒りが湧くよね。

 

それがたまたま、今日のあのタイミングで私が当たっただけかもしれない。

 

私にとっては、文句の一つも言ってやりたいような嫌なやつだけど、それでも、その人は誰かのかわいい子供で、誰かの良き友人で、良き同僚で、誰かの愛する人ではあって、そんな人たちにとっては腹立たしいやつなわけがない。

 

今日は、その人にとっても、私にとっても、たまたま、タイミングが悪かっただけ。そう、きっとそう。

 

だから明日は、そうじゃない日がくると思う。

ここに何かを書くときは、たいてい嫌なことがあったとき。

 

手書きの日記みたいなノートもあるけど、後から見返したときに思い出してしまうのが嫌で、ここなら削除もできるし、ログインさえしていなければ、目に触れることもほとんどない。

 

なんでこうも、嫌なこととか、悪いことは、それが終わっても頭の中でぐるぐるぐるぐる壊れたビデオみたいに同じところを思い出させるし、忘れたころにまた頭の中に戻ってきて、何回も再生させる。

 

人は幸せの数は数えないが、不幸の数は数えたがるらしい。人の記憶や脳が、なんでわざわざこんな仕組みになったのかわからない。幸せなことほど、すぐに忘れるし、思い返すこともないし、四六時中意識してないと、日常のなかにある幸せを見つけることさえできない。

 

人間の脳は本来の機能の1割?も機能していないみたいな話を聞いたことがあって、それなら、幸せなこととか、嬉しいことを何度も思い出せる部分が機能してくれてもいいのにと思う。

 

ストレス発散とか、自己啓発とか、リラックス法とか、瞑想とか、色んな方法があるのはわかっているし、それをやれば少しは楽になる。たまには、ならない時もある。

 

そんなことしなくてもいいような環境を作りたいけど、他人と関わらなければいけない以上、変な人とか危険な人と出会ってまう確率をゼロにすることはできない。

 

そんなもんって思いながら、折り合いをつけようと思っては、なんでこっちばかりがそうあらねばならないのか、とまた別の気持ちも出てきて、どうにもならなくなる。

 

 

なるべく、関わらないようにすることしかできない。

目を開けていられないほどの眠気と、ひどい頭痛。

 

この週末は外出が続いたことと、先月からは毎日じゃないけど、定期的に誰かと一緒の空間で丸1日仕事をするということが続いたせいか、知らないうちに疲れていたんだと思う。

 

最近は、外出があっても帰宅して気絶することは殆どなくなっていた。でもやっぱり、人が多い場所や1日中誰かと密に関わりながら過ごす環境はしんどかったりする。

 

誰かと一緒に1日仕事をするなんて当たり前のことなのに、気を抜くと未だに反動がくる。

 

それでも、ちゃんと自分で「危ないかも」と気付けるようになったのはよかったかな。ケータイやパソコン、テレビの画面を見るのが辛くなって、あー多分限界なんだ、と思ったら、なるべく早く眠ればいいし、ご飯は出前を取って、ゆっくりお風呂に入ればいい。

 

頭痛は、気圧のせいもあるかもしれない。

 

逃避したいのか、本を買いたい気持ちが増した。夜な夜な、読みたい本リストにどんどん追加しては、今度一気に買おうと予定を立てている。

 

本が読みたいと思えているから、大丈夫。

久しぶりの雑記。

 

最後に書いたのが今年の3月らしい。食いしばりのことが書かれているけど、その時何にストレスを感じていたのかは思い出せない。自分のことなのに、書いてなければ思い出しもしなかったと思う。

 

今年は環境の変化が短いスパンでやってくる。自らそうしている、というものもあるけど、自分ではどうにも出来ない変化もある。

 

実は先週、役所に行ったり、銀行に行ったりして窓口対応の場面が多かった。その時は何とも思ってないけど、帰宅した瞬間、眠気がきて、「あ、なんか久しぶりな感覚」となった。

 

そういう時は30〜40分ぐらい眠れば回復すると今はわかっているから、無理して起きていることを選ばずに、昼寝だと思って眠った。

 

役所は人が並んでいたけど、予想以上にスムーズに手続きが進んで、時間あるだろうからと持っていった本も2−3ページしか読めなかった。

 

そう、先月から本が読めるようになった。また読みたいと思うようになった。元気になってきた証拠だと思う。最悪な調子の時は、本を読みたいと微塵も思わなかった。目にも入れなかった。意識もしたことなかった。大丈夫じゃない時は好きなものに対する興味がゼロになると知ることができた。

 

これも自分の調子を知る目安の一つ。

 

人とたくさん話すと、今でも帰宅後はどっと眠気がくることもあるけど、投げ出してしまいたくなるほどではない。