私は相手に「私はこう思っています」と
伝える事が長年出来ませんでした
口に出したら嫌われるのでは
私なんかの意見は聞いてもらえない
黙っていれば何も起きないし責任もない
傷つくこともない
無意識に働く私の中の防御装置のスイッチが
勝手に入ってしまいます
良い人良い人、どうでも良い人
昔どこかで聞いたセリフ
いつも私の頭の中にありました
私は毒にも薬にもならない
誰かの影に隠れて存在感がない
いてもいなくてもどちらでも良い人
だけど我慢して我慢してをやっているから
どこかで感情は爆発します
それを表には出さず
「怒り」の対象となった相手から
距離を置き離れるという事を繰り返しました
(表に出したこともありますが)
自分の意見を言うことは悪い事ではないです
それなのにそれを頭ではわかっていても
どうしても出来なかったんです
私はこうされたら傷つく
私はこう言われたら嫌だ
これが出来るけどこれが出来ない
これは好きでこれは苦手
自分のことを口に出して
自分てこんな人間ですって
表現した方が周りの人も
じゃあこう対処しようという事ができる
自分の思いは口に出さなければ伝わらない
「察して」はダメですね
パニック障害になったのがキッカケで
私は私の気持ちを出す、という事を
少しずつ実践してきました
まずは夫や両親に対して
小さい頃から積み重ねてきてしまった事を
変えることの難しさを感じました
反射的に今までの行動をとってしまうんです
頭では理解していても
「嫌われる勇気」という本が出た時
本を買って何度も何度も読みました
最初に読んだ時はほぼ理解できず
でも何度も繰り返し読むうちに
少しずつ分かってきました
最初は「トラウマは存在しない」に
とっても抵抗を感じました
そんな訳がない!
トラウマは存在する!
アドラーは何を言ってるんだろう、
と思いつつもその言葉そのままを
受け取るのではなく
違う意味があるのでは、
それを私が理解できていないんだ
と何度も読み返しました
私は両親のせいでこんなふうに育ってしまった
自分の意見を言えない
気持ちを言葉にできない
歪んだ性格の人間になってしまった
そんな風に思ってました
両親の影響はもちろん多分にあると思います
そして今ではあの時は仕方がなかったんだ
両親だってそうしなければ生きていけなかったし
子どもへの愛情がなかった訳じゃない
と分かります
いや、むしろ愛は深かったはず
私はパニック障害になってから
何年も何年も過去の記憶を思い出し
だから私がこうなったんだ!と
夫や両親に怒りを爆発させました
その時の感情を追体験するように
悲しい、辛い、傷ついた、ショックだった気持ち
その時はその気持ちを表現できず
心の奥底にしまってしまった気持ちを
吐き出しました
夫や両親を責めました
きっと私にとってそれは必要な作業だった
と思います
私にはトラウマがたくさんある
でもその嫌な記憶を思い出しそれが原因となって
自分の人生や未来が決まるわけではない
アドラーはそういう事が言いたかったのだと
思うのです
つまりトラウマ自体はある
だけれどもそのトラウマによって
自分の人生が決定づけられるわけではない
という事ですよね
うまくいかない時に
過去の記憶を持ちだして
だから〇〇なんだ、と
自分が勇気を出さずに行動もしない事を
正当化しては何も変わらないんだ
とようやく分かってきました
私が自分の気持ちや意見を言えなかった事は
幼い頃の自分にとっては自分を守る
術だったのかも知れないけれど
今の自分はもうその頃の環境でも何でもなくて
怖がって傷つくかもと思っているのは
「幼かった自分」なんだと認識する事が
一歩先に進めるキッカケになりました
まずはとっても小さな事から
自分の気持ちを言葉に出すことを始めました
家族で外食するとき
「私はこれが食べたい」と言う
「ここに行きたい」と言う
とっても些細なことです
そして「言っても大丈夫」を
積み上げていきました