弱いんだよなぁ自分、って思います
どこか弱々しいのです
もうとっくの昔に大人になっているのに
精神的に自立してこなかったのだと思います
この歳になって何を言ってるんだと
思われそうですが
弱いままでも何となく人生は
生きてこれてしまいました
だけど問題は沢山ありました
心の問題です
土台が安定していないので
その上を固めようといくらもがいても
グラグラしてしまって
また固めようと頑張ってみても
やっぱり安定しないまま
ここまで来てしまいました
心の土台の基礎となるものは
「安心感」とか「このままの自分で大丈夫」
「ここにいても良い」
「ありのままの自分でも嫌われない」
みたいなものが備わることで
自分の中心がガチっと固まるようなイメージです
今日、美容院で美容師さんと話したことです
美容師さんは親の言うことなんて
全然聞かずに生きてきた、
自分のやりたいように生きてきました
と言っていました
私は逆に親の言うことばかり気にして
生きてきました
親が怒らないように
親に嫌われないように
親が悲しまないように
親が喜ぶように
親が何と言おうとコレをやる!
という気概は持てませんでした
心の土台がしっかり育まれていないから
親の反対することをやることに
ものすごい恐怖や不安がありました
そこまでしてやらなくて良いか...
皆んなが何となく平和にやっていける方を
選んできました
自分の人生を生きているという実感は
どんどんなくなっていきました
誰かとの摩擦や対立を避ければ
一見平穏な暮らしが送れそうですが
自分の心の中はいつもスッキリせず
フラストレーションが溜まっていきました
普段は大人しく優しくしていても
どこかで山が噴火するように
突然ものすごい怒りが湧いてきて
爆発してしまったりしていました
思えば父もこのパターンでした
そして母はそんな父を盾にして
「あなたが〇〇するとお父さんが怒るから」
「お父さんが怒ったらお母さん困るから」
と言って私に言うことを聞かせていました
母に悪気はありません
そうやって私はまず親→自分の順番で
物事を考えるようになりました
大人になってもその染みついた思考は変わらず
無意識のうちにそうやって生きてきました
親を喜ばせたい(歪んだ)気持ちもありました
今考えると象徴的な出来事があります
私は息子を産んですぐにパニック障害に
なりました
まだ息子が一歳くらいで
私のパニック症状もとっても酷いのに
親孝行したい気持ちから
県外の旅館に両親を誘って行きました
ですがなんとパニックの薬を
忘れてきてしまっていました
その事に気づいた瞬間に発作が起きました
夜中にフロントの方に
「救急車を呼んでください」
と言いながらブルブル震えました
病院にいきたい、病院にいきたい
やばい、怖くて怖くて死にそう
ですがもちろん大事にしたくない
旅館の方は救急車を呼ぶことを躊躇います
それはそうですよね、
どこが具合が悪いのか?
よく分からない人に
いきなり救急車と言われても
結局は夫に家まで戻ってもらいました
県外といっても隣の県でした
だけど片道一時間半はかかりました
往復3時間もかけて夫は車を運転してくれました
後から考えると私は何をやっていたのか?
自分がまだまだ具合が悪かったのに
なぜそこまでして...
私の中の小さな子どもが
ずっと親に喜んでもらいたいと
願っていたのだと思います
自分の中の小さな子どもが
自分は傷つきながらも
親を喜ばせたいと思っていた、
その事に気づきました
なんて健気に頑張ってきたんだろう、
もう頑張る力もないのに
そこまでしてなぜ、と
自分の中の小さな子どもに対して
あまりに不憫で可哀想で
涙がポロポロ流れました
子どもってどんな親でも
親が大好きなんです
両親が幸せそうに生きていたら
それだけで充分
それだけで安心感が育まれます
安心感があるから挑戦が出来ます
私にはそれがなかった
だけど親が悪いわけではない
そのまた親もきっとそうで
辿れば延々と続いてきてしまった
悪い「習慣」のようなものです
だからきっと私も無意識に
子どもたちに同じことをしていたと思います
そして私の子ども達も親である私が大好きで
笑顔で人生を楽しんでほしいと思っているはず
今は私は働く気力がなくて
家にいることが安心で穏やかです
働いていないことに罪悪感もあります
まだまだ子どもにお金がかかります
だけどもう少し自分の中に安心感を
育みたい気持ちです
私は安心しながら暮らしても良い
そのままそこにいても良い
生きているだけで充分
もう少しだけその気持ちを育みたいです
過去のことも含めて
自分が選んだことを正解にしたら良い
と聞きました
そうか、過程はどうあれ
正解にしていけば良いんだ
自分が選んだ道を正解にする力強さを
身につけたいです![]()