私の父が亡くなって早いもので

もうすぐ5年です



本当にあっという間です



もうそんなに経つのかって

未だに思います



実家に行くと今でも

父が腰掛けていた階段や

座椅子を見ると切なくなります



父の寝室は2階にありましたが

私は今でも2階のその雑然とした部屋に

入ることに抵抗があります



父がいないということを

改めて認識するのが未だに辛いんですよね...




頑固で神経質で人付き合いが苦手で

今考えると父も発達障害ではなかったかと

思うのですが(そう考えると納得がいく)



私はそんな父に対していつも

「何でそんな事をするのか」

「なぜそんな事を言うのか」

理解できない事も多くて

お母さんも困らせて

私自身も辛かった思いでがたくさんあって

お父さんは何であんななんだろう?って

何度思ったか分かりません



その反面、愛情を感じる事もたくさんあって

だけどそれが極端であせる



私がこのお菓子美味しいね、と一言いったら

次の日に大量に買ってくるとかあせる



心配し過ぎて友だちと自由に出掛ける事も

出来なかったりあせる



お父さんが突然怒り出したり

機嫌が悪くなったりするので

自由に発言することなども

なかなか出来なかったです悲しい




それは母も同じで

母が出かける事にとてもうるさいのです

母はいつも帰宅する時間を気にしていて

「お父さんがうるさいから」が口ぐせでした



ケンカも良ーくしていました



ご飯茶碗が飛んできた事もありました



母がプチ家出したこともあったなぁ



そんな父と母でしたが

父が亡くなってからの母は

よーく父の話題を出します



まるでまだ生きているかのように

「お父さんはね、いつも〇〇って言う」

「お父さんいつも〇〇だよ」

「お父さんは〇〇が好きだから」



良くお父さんの愚痴を言っていた母なのに

あなた達が成人したら離婚すると

良く言ってた母なのに

やっぱり何だかんだいっても

50年以上も一緒に過ごしてきた

父の存在は大きかったのだと思います



母が「お父さんが...」と話し出すたびに

いつも胸がギュッとします



外では大人しく外面が良い部分もあった

父だけど家の中では家族を困らせました



私も良く我慢してました



今考えると父も発達障害だったとしたら

きっと社会の中で生きるのは

大変だったんだろうなと思います



でも母や私や兄はそんな事

分からないですからね...



「困ったお父さん」としてしか

生きられなかったお父さん



でも良い思い出もたくさんあるので

きっと母にもそんな思いがあるのかな、

なんて思いながら母の「お父さんは...」

という話しを黙って聞いています



それにしてもこの歳になると

「出会い」より「別れ」の方が

多い気がして...特に「永遠の別れ」が

身近になってきて人生後半は

ちょっぴり切ない気持ちです



そして時々思い出すのが

父の出棺前に家族でそれぞれ手紙を

入れたのですが、

誰にも見せないように

隠しながら書いてた母の手紙には

何が書かれていたんだろうか、って事です



あんなに喧嘩してたのに

まさか最後に「愛しています」なんて

書いてあったんじゃないのかな〜なんてニコニコ



今ではもう聞けませんが

そんな事を想像していますおねがい