FM260 東国への旅路◇国立公文書館 2026/09/17

 

花ゆゑにおちしなみたの形見とや 稲葉の露を残しおくらむ

 

「三河のくに八橋のわたりをみれば」とて。(『東関紀行』より)(*1)

 

(八橋 ⇒ FM185ex「きつつなれにし唐衣◇知立・刈谷 カキツバタ群落」2024/05/02 へ)

 

国立公文書館*、東京本館にたちよる機会をえた。特別展「旅人は東を目指す -古典文学が描いた魅惑の東日本-」*(会期:2026年7月17日-9月23日)にゆきあった。(*2)

 

常設展示の一角には「うつろ舟」の原本特別展示*がある(期間:2026年9月9日-9月23日)。見出し写真は『弘賢随筆』うつろ舟の蛮女(後述)。

 

特別展は、「東下り」の舞台、武者の記憶、富士山、「みちのく(陸奥)」の四部構成。文学とその描写の対象たる現地とをならべて観賞する。東北地方に多く展示スペースをさく。ここでは平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて兵(つわもの)どもが夢の跡を二三ひろってみる。

(写真は東京都千代田区北の丸公園にて2026年9月17日撮影)

 

保元物語 鎌倉時代初期の成立 作者未詳 〔請求番号:特046-0007〕

 

 

「よしやきみむかしのたまのゆかとても

 かゝらんのちはなににかはせん」

〔大意〕たとえ昔は天子であっても

 こうなってしまってからは何になりましょう、成仏なさってください

(展示パネルより)

 

「瀬をはやみ」の崇徳院である。

 

江談抄 天永二年(1111年)頃の成立 作者は大江匡房(おおえのまさふさ 1041-1111)、藤原実兼(ふじわらのさねかね 1085-1112)

 

 

〔大意〕漁船のいさり火が寒々と波を焼くかのように海面に燃える 駅鈴の音は旅人とともに夜の山道を越えていく (杜荀鶴「秋宿臨江駅」)

 昔の人が語って言うには、「忠文[ただふみ]民部卿が大将軍となって東国に下向したとき、駿河国清見関に宿った。そのとき軍監[ぐんげん]だった清原滋藤[きよはらのしげふじ]が、夜この句を朗詠すると、将軍は涙を拭ったのだ」という。

(展示パネルより)

 

徳川家康の命による「慶長御写本」、誰が書いたかしらないが、この手の金釘流をみて親近感をいだく向きもなきにしもあらざるなり。

 

東鏡(吾妻鏡) 鎌倉時代後期の成立 編者未詳 〔請求番号:特105-0001〕

 

 

廿一日 戊申 巳剋山中におゐて景時幷に子息二人の首をさがしいだす凡伴類三十三人くびを路頭に懸と云々

〔大意〕二十一日 戊申 巳の刻(※午前九~十一時)、山中において景時ならびにその息子二人の首を探し出す。およそ一党三十三人の首を道端に晒したという。

(展示パネルより。転記のさい漢数字を書きあらためた。)

 

なまなましい記憶が語りつがれたのでした。

 

以下は、常設展示のなかの期間限定「うつろ舟」原本である。(*3)

 

 

『弘賢随筆』

 

「お粗末」なのは、うわさの粗忽か、筆録者の自嘲か。

 

『沿海紀聞』

 

展示箇所。

 

展示箇所に対応する写真パネル。

 

こんな漂着船に類するはなしが日本各地につたわっている、と。

 

いやはや、なんとも。

(大井 剛)

 

(*1) 『東関紀行』。その展示箇所を、註(*2)後掲図録 p.11 より引く。

 

「行ゝ(ゆきゆき)て参河[みかは]のくに八橋のわたりをみれば、在原の業平、杜若[かきつばた]の歌よみたりけるに、みな人かれいゐ[sic]のうへに泪[なみだ]おとしける所よとおもひ出(いで)られて其あたりを見れどもかの草とおほしき物はなくていねのみぞおほく見ゆる

「花ゆへ[sic]におちしなみたの形見とや 稲葉の露を残しおくらむ」

 〔かな遣い、「いゐ」は飯「いひ」、「ゆへ」は故「ゆゑ」のこと-引用者

「〔大意〕

「どんどん進んでいって三河国八橋あたりを見ると、在原業平が燕子花(かきつばた)の和歌を詠んだところ、皆、乾飯(ほしいい)の上に涙を落としてしまった場所だと思い出されて、そのあたりを見たけれども、その燕子花と思われるものはなく、ただ稲だけが多く見える。

「花ゆへに・・・ (その昔、燕子花の花のために泣いた涙の名残なのだろうか、稲葉の上に露がたくさん残されていることだよ)」

〔以上、引用〕

 

〔以下は書誌の解説。図録より転記のさい漢数字にあらためたところがある。〕

長明道之記[ちょうめいみちのき] (東関紀行) [成立] 鎌倉時代中期の成立 [作者] 未詳

 仁治三年(1242)、京から鎌倉を目指す作者が、その旅の様子や鎌倉滞在中の見聞を綴った紀行文。一般的な書名は『東関紀行』だが、かつては作者を鴨長明(1155~1216)とする説があったため『長明道之記』とも呼ばれる。

 掲載資料は正保五年(1648)に出版されたもので、徳川家康に仕えた儒者の林羅山(1583~1657)の旧蔵。全1冊。〔請求番号:177-1089〕

 

(*2) 『旅人は東を目指す -古典文学が描いた魅惑の東日本-』令和八年 夏の特別展、国立公文書館編刊、2026年。48p. 

 

(*3) 国立公文書館*ウェブサイト、漂流ものがたり、Ⅱ 予期せぬ来訪者。

[webpage] www.archives.go.jp/exhibition/digital/hyoryu/contents/12

 

(更新記録: 2026年9月17日起稿、9月21日公開)