FM258 武田五一の世界◇名和昆虫研究所記念昆虫館 岐阜市 2026/08/27

 

昆虫学者として名和靖(1857-1926)の名を知るひとは、いまやその筋の通である。しかしかつては世界に知れわたる有名人であった。(*1)

 

わが邦ではギフチョウの発見者・命名者であり、日本をふくむ世界では害虫・益虫の研究者であり、昆虫の思想家であった。

 

岐阜城のある金華山のふもと、岐阜市の岐阜公園にきた。美濃国稲葉山に稲葉山城を築いたのは斎藤道三であるが、織田信長がこれを齋藤龍興からうばって本拠地とし、岐阜城を造営した。

(写真は岐阜県岐阜市大宮町にて2026年8月27日撮影)

 

 

岐阜城天守閣と岐阜城資料館は改修工事中、岐阜市*によれば2026年から2027年10月下旬までの予定で休館している。登山道も金華山山頂部が一部通行止め、せっかく登ってもトイレットに入れない(かもしれない)。ちなみに岐阜城天守閣の地番は天主閣18番地である。

 

公園の南はじに岐阜市歴史博物館*があるが、こちらも休館中。1985年(昭和六十年)の開館から40年を期して2025年10月から展示室の改修をおこない、2026年11月の再開を準備している。

 

博物館のまえ、木の間がくれに瀟洒な洋館がのぞく。

 

名和昆虫研究所記念昆虫館である。武田五一(1872-1938)の設計により昆虫標本の収蔵・展示施設「特別昆虫標本室」として1907年(明治四十年)建築された。(*2)

 

煉瓦積みのたてものの横にたつ「昆蟲碑」も武田五一のデザインである。細部にまで凝った標本館にくらべて、この供養碑はいかにも質実な意匠といえよう。

 

八角形の台座にのる墓石のような碑石の裏面に、1917年(大正六年)に名和靖の還暦を記念して建立した旨しるされている。完成は1919年(大正八年)とされ、もうひとつの武田五一設計による建築物、名和昆虫博物館*の設立と同年である。こちらは現存する日本最古の昆虫館。(*3)

 

建築家武田五一をしたい建築を愛するひとびとから内部の公開がつよく望まれていたが、ながらく非公開であった。ことし名和靖没後100年特別展「名和靖の生涯と功績」*(会期:2026年8月2日-8月31日)を開催するにあたり、その会場に一階をあて、二階の収蔵室をも観覧に供したのは、劃期的なできごとであった。(*4)

 

この特別展の開催が中京テレビ、NHK などで報じられるや、各地から参観者がたえない状況になった。こどもたちが来やすい夏の季節に会期を設定したものの、となりの博物館に訪れる親子づれにたいして、標本館には昆虫や建築の関係者が中心で、客層がことなる。収蔵されたものをすこしづつ紹介しながら、企画展示をつづけたい、ということを KK氏から立ちばなしでうかがった。

 

昆虫博物館の入館料650円と、特別展の会場である記念昆虫館の観覧料1000円をおさめて、ふたつのたてものをめぐる。「特別昆虫標本室」として発足した現在の名和昆虫研究所記念昆虫館では、一階の名和靖伝記資料から二階の建築構造と収蔵物件にいたるまで、KK氏の解説は2時間におよんだ。ひとりじめするのはもったいないはなし。しかしおそらくオフ・レコーディングの内容もすくなくないとおもう。

 

あらためて昆虫記念館の正面をながめる。入口の階段は最下段にもう一段存在した。岐阜市がたてものの周囲に舗装をほどこしたさい、埋めてしまったのである。

 

建築物が国の重要文化財級であることは専門家なら誰しもみとめるであろう。いま岐阜市の指定文化財である。煉瓦積みのたてものであるため、このまま耐震補強工事をおこなうことはできない。ファサードだけのこした「看板建築」にしたら、構造が台なしになる。

 

建築物の維持管理と収蔵物の調査研究とが当面の課題である。どちらも難題であるが、名和靖没して百年、いま転機をむかえているのであろう。ナカミ、コロモ、ともに名和家の私有財産。敷地は岐阜市の所有で、固定資産税は課税されていないそうである。

 

昆虫記念館の内部は撮影が許されていない。とうぶん外観でがまんするほかなかろう。(*5)

(大井 剛)

 

(名和昆虫博物館 ⇒ FM258_S1 [準備中] )

 

(日本初の昆虫館 ⇒ FM167「山の上のホテル◇長野県青木村 信州昆虫資料館」2023/08/18 へ。冒頭の引用および註(*1)参照)

 

(*1) 「名和靖と昆虫思想」『増補 害虫の誕生 虫からみた日本史』瀬戸口明久著、筑摩書房、2025年、ちくま学芸文庫。281p. 第二章「明治日本と〈害虫〉」4、同書 pp.082-101. 

原:同『害虫の誕生』筑摩書房、2009年、ちくま新書。

 

(*2) 名和昆虫研究所記念昆虫館の案内解説板。

 

(*3) 『日本の昆虫館-戦前と戦後のあゆみ』矢島稔著、秦野:東海大学出版会、2012年。同書「一章 明治にできた水族館と昆虫館」および「二章 昆虫館のあゆみ 戦前と戦後」参照。

 

(*4) 名和靖没後100年特別展「名和靖の生涯と功績」広報(名和昆虫博物館ウェブサイトより)。紙面中央に名和靖肖像、周囲に展示風景を配する。

右上:皇太子時代の大正天皇行啓時に使用した椅子。武田五一デザイン。背後に鱗粉転写による昆虫像の屏風。

右中:聖徳太子創建と伝える京都頂法寺(六角堂)の模型。本尊は如意輪観音。

右下:名和夫人のために制作した浅間神社の模型。祭神は「このはなのさくやひめ」。

左上:テラコッタ製トンボ飾り。

 

(*5) 中京テレビNEWS、ウェブ版、2026年8月4日付。「“日本最古”の「昆虫博物館」初代館長は“千手観音”をシロアリから救った、すごい人だった! “害虫の駆除方法普及”や“新種チョウ発見”も…市長も驚いた知られざる偉業 岐阜市」記事の写真に、屋内一階の収蔵状況と、おなじ一階における特別展開催のようすがふくまれる。

読売新聞 ウェブ版、2026年8月24日付。「ギフチョウ発見昆虫学者・名和靖の没後100年特別展…昆虫館一般公開 標本や研究成果間近に」写真の1点は名和哲夫館長が一階の展示を来館者に説明するようす。

なお同記事に付された、特別展展示品の一端を以下に転記する。

 

■特別展の主な展示品
「ギフチョウの標本」=名和が1893年に岐阜市村山で採集
「著作物や研究発表」=雑誌「昆虫世界」、説明書「農作物害虫図譜」や講話で使ったポスターなど
「神社仏閣から譲り受けた木材」=法隆寺の回廊だったヒノキを使った彫刻など。シロアリ被害の研究用に保管
「トンボのテラコッタ」=鬼瓦職人が粘土を素焼きして作成した屋根飾り
「名和の羽織」=鱗粉を貼り付けて飾った服
(以上、引用)
 

(更新記録: 2026年8月27日起稿、8月29日公開)