FM232 さそわれて温泉寺◇七草粥をいただく 湯の脇 2026/01/07
温泉寺の七草粥の会によばれました。朝はやく、わざわざ誘いにきてくださったかたがおいででした。のこのこでかけました。
諏訪湖をみおろす丘のうえです。
(写真は長野県諏訪市湯の脇にて2026年1月7日撮影)
(温泉寺 ⇒ FM213ex_01「上諏訪温泉をまもる◇温泉寺 (Ⅰ) 諏訪市湯の脇」2025/05/04 へ)
湖の手まえの丸屋根は〔間歇しなくなった〕間歇泉センターです。
穂高連峰のみねが白くかがやいています。
用意された粥に七草を「投入」するところも演出されます。地元のケーブル・テレヴィジョン(LCV)とか市民新聞とか取材にきています。右も左もわからぬまま地域の「名士」と同席してしまい、取材者がこっちにくるので参りました。(*1)
卓上のマットに「七草粥と初笑いで無病息災」とあります。食事のまえに本堂で落語を一席うけたまわりました。にぎやかな話です。女のはなし家で、元気なひとでした。
箸袋の内がわが「おみくじ」になっています。ほとけさまに神籤(占い)があったっけ。--かたいことは言わないで、かゆだけに。
そのうち横浜から毎年きているという本職の司会者が、こちらも女のかたですが、ビンゴ・ゲームをはじめます。ふつうの作法の「リーチ」は絶対あかしてはいけないと何度も念をおされます。そのうえビンゴになったら大きな声で「ビンゴ」と叫べと指示されます。声の大きさで優先順位をきめるから。
やがてある数字にあたったとき全員「ビンゴ」になりました。どうやって仕組んだのでしょうか。あらかじめ星のシールがついた用紙が「当り」というあんばい。
庭園に面した会堂がいっぱいになるほど人があつまっています。おさない子はいますが、小中学生はイヴェントをしきっているおかあさんの身内だけのようです。新学期はあす8日あたりからのはずですけれど。
諏訪市音楽協会*の副会長さんと知りあいました。専門の音楽ホールがほしいそうです。いま諏訪市文化センター*(旧北澤会館)は改修工事のため休館しています。吉田五十八設計、国の登録有形文化財ですが(1962年竣工、2014年登録)、音響効果がかんばしくないと。
ピアニスト赤木飛輪さんを山の神が紹介していました。コンサートをひらきたいというはなしは、まえからあります。実現するかもしれません。
温泉寺は臨済宗妙心寺派の禅寺です。(*2)
寛永十七年(1640年)高島藩主諏訪氏の菩提寺として創建されました。寺の案内書きによれば、
「境内地には寺の創建以前より温泉が湧出し、温泉の守り佛として薬師如来を祀るお堂があった。諏訪湖を望む景勝地でもあることから、臨江山温泉寺と名付けられた」
とのこと。ほんとうに温泉があったのだ。
(大井 剛)
(*1) のちに『諏訪市民新聞』1月8日付に報道記事が掲載されたことを知る。
(2月16日追記)
(*2) 臨済宗妙心寺派の伝教誌『花園』。妙心寺派宗務本所教化センター(京都市右京区)発行。
『花園』第75巻第12号(通巻892号)、令和七年(2025年)12月号。32p.
温泉寺でもらった臨済禅の伝教誌。臨済会(東京都台東区、宋雲院内)発行。
『法光』第305号、令和八年正月号の表紙。
午の年にちなむ馬の絵であることはわかる。
墨絵入門として「疾走する馬を描きましょう」と、描きかたの指導をしているが、脚のうごきがなんだか不自然にみえてしかたない。(小生、西部劇と競馬場くらいしか知らないので、えらそうなことは申せませんけれど) 学生時代、馬術部だった山の神はふふんと馬の息でした。
ドイツには、右側の前脚と後脚とを同時に前進させ、つぎに左側をおなじく同時に前進させる走りをする馬がいた、というはなしがでたのは収穫だった。ナンバ走りの馬だ。安定して乗りやすいそうです。
ヒトのナンバ走りは、からだがあまり上下にうごかない。すーっと前進してゆく感じ。(右手右足、左手左足を、同時に前にだすという俗説は当たらない。やってみるがよい。左右にゆれて走れたものではないよ。)
(更新記録: 2026年1月7日起稿、1月10日公開、1月13日修訂、2月16日追記)







