FM231ex こんこん山とはなんぞや◇上諏訪 湯の脇 2026/01/09
湯の脇三区のうけもち区域に観音堂がある。〔*〕
湯の脇地区は兒玉石神社のある一区、公民館わきの天神社をもつ二区、こんこん山にたつ観音堂の三区にわかれている。三区の5組は家が5軒しかないので(二世帯の住宅2軒4棟を都合2軒と勘定して)、当家の当主はたちまち評議員に任ぜられ、来年にはなんと組長の番がまわってくる。(番長ではない。)
グーグル・マップにもとづき観音堂児童遊園と認識した「こんこん山」のことは、昨年紹介した。温泉寺にゆきがてら、たちよったのである。そこで、ちょっと復習。
(写真〔*〕は諏訪市湯の脇にて2025年5月4日撮影)
(観音堂 ⇒ FM213ex_01「上諏訪温泉をまもる◇温泉寺 (Ⅰ) 諏訪市湯の脇」2025/05/04 へ)
こんこん山の「馬頭観世音」の石碑(左)と「観世音」の扁額のかかる観音堂。〔*〕
児童遊園の敷地にある「三峯神社」の鳥居。〔*〕
御柱の四柱をそなえた石祠が三峯神社の本体。〔*〕
三峰の眷属はオオカミであるから、「こんこん」なのかな、しかし稲荷さんではないしな、と漠然とかんがえていた。
その秋、恒例の落ち葉そうじの日とその後。
〔以下、再録:FM227ex「晴耕雨読の記 上諏訪 湯の脇 2025年11月」2025/11/30 から、一部改変〕
11月23日(日)快晴。午前7時から湯の脇三区「こんこん山」公園の落ち葉はきにあつまる。子どもをふくめて十数名。およそ1時間でかたづく。落ち葉を堆肥にしたいが、山の神にもってかえるなと事前に釘をさされたので思いとどまる。お見通しだ。
11月25日(火)未明に雨。ふつうゴミとして落ち葉が大量にだされている。カミのものはカミに、シモからきたものはシモにかえさねばならぬ。地からでた植物を大地にもどすのが自然である。大気中の炭素を固定した葉をもやして、二酸化炭素を大気にかえすのも自然か?
11月27日(木)未明に雨。のち曇。野菜くずに落ち葉をかぶせ、さらに土をのせる。「こんこん山」の祠につもった紅葉などをあつめて備蓄している。人目をしのぶにはおよばないが、もともと人がいない場所なので、こっそり拾いにゆく気分になる。
落ち葉掃きそうじをほどこしたのは公園と階段で、丘の斜面は手つかず。もっとも掃除隊が解散するとき、あしたになればまた積もっているよ、と隊長はいった。
〔以上、再録。一部改変〕
さて、その「こんこん山」の観音堂のこと。
12月31日(水)午後、湯の脇三区の氏子会役員があつまって、観音堂のそうじ。
チャンス到来、お堂のなかの本体を自然光で撮影できた。(2025年12月31日撮影)
この機会に古老にはなしをきくことができた。元始祭のとき法被をまとった少年の祖父である。
観音堂児童遊園の敷地は湯の脇地区の管理下にある。
(写真〔**〕は2026年1月11日撮影)
観音堂はいま文字通り崖っぷちにあり、そこにのぼる崖ぎわの石段は諏訪市の管轄である。〔**〕
こんこん山のふもと、旧甲州街道(甲州道中)に面して「馬頭観世音」の石碑があった。そこはいま生活ごみの集積場になっている。〔**〕
かつてはそのあたりが「登山道」の入口であった。小生おもうに、崖をコンクリートで固めるにあたり、石碑をやや高いところに移したのではないか。〔**〕
たわむれに登山道といったのではない。すこしまえまで、上諏訪駅から霧ヶ峰まで歩いてのぼったのである。
(霧ヶ峰登山 ⇒ FM208「海道から道中へ◇長距離交通路の語誌」2025/01/21 へ)
三峯神社は参拝する講があって、湯の脇地区とは関係がない。そうか「オオカミの護符」をもらいに行くのだな。画面右上に観音堂がうつっている。〔**〕
観音堂では、五月に「八十八夜祭」がいとなまれ、そのさい温泉寺から住職がきて祭礼をおこなう。そうなった由来はわからない。
お堂が老朽化し、とりわけ鈴と、なんていうんだっけ組みひもみたいなの、鈴緒だ、それが見るかげもないので、とりかえたいとのこと。
きくところによると、ちかごろ天神社に新調したときは4万なにがし経費がかかった(輸送費こみで)。地区有志の奉納の由。
こんこん山の名のいわれは、古老の記憶をもってしても、あきらかでないのであった。
さしあたり降り積もった枯れ葉をとりのぞくしごとが待っている。
(大井 剛)
(更新記録: 2025年11月23日起稿、2026年1月9日編修、1月11日公開、1月14日修訂)









