FM227_S1 常陸古代の文字◇茨城県 土浦市 上高津貝塚 考古資料館 2025/11/16

 

上高津貝塚の遺跡は1977年(昭和五十二年)国史跡の指定をうけ(4.4ha)、復元整備ののち登録博物館「上高津貝塚ふるさと歴史の広場」*として1995年(平成七年)に開館した。遺跡によりそって土浦市立の考古博物館がたつ。(*1)

 

(上高津貝塚 ⇒ FM227「手つかずの縄文後期・晩期集落◇茨城県 土浦市 上高津貝塚遺跡」2025/11/16 へ)

 

その考古博物館の展示から、常陸国古代の文字資料の企画展をみる。「文字が語るもの」*(会期:2025年10月11日-11月30日)は開館30周年記念と銘うつ。(*2)

(写真は茨城県土浦市にて2025年11月16日撮影)

 

文字をかく道具。左から、

須恵器 円面硯 奈良・平安時代(8~9世紀) 神野向(かむのむかい)遺跡(鹿嶋市)出土

石製硯 中世 厨台(くりやだい)遺跡群(鹿嶋市)出土

水滴 中世 般若寺跡(土浦市)

 

墨書土器。いづれも神野向遺跡出土。墨書きの文字は、

左下「鹿厨」、左上「鹿嶋郡厨」、右下「介」「神宮」、右上「東殿」。

 

墨書土器「鹿厨」

 

神野向(かむのむかい)遺跡 全景(画面中央の白線の枠内) 写真:鹿嶋市教育委員会

 

写真上方の森が鹿島神宮。神野向遺跡の発掘調査で掘立柱建物群や礎石建物跡が大量に発見された。郡家(ぐうけ)跡とよばれる。

『常陸国風土記』にしるされた鹿島郡衙と鹿島神宮との位置関係が神野向遺跡と鹿島神宮の位置に一致する。このことから鹿島郡衙と想定されている。(展示解説パネルによる)

 

武具の生産をしめす墨書土器(写真手まえ)。鹿の子(かのこ)遺跡(石岡市)出土。

文字は、左から「大刀」「鞘作」「矢作家」。

 

写真上段は、羽口(右)、奈良・平安時代(8~9世紀)、鍛冶炉に風を送るための土製の管。鉄製品(左)、鉄鏃と小札(こざね)、平安時代(9世紀)。いづれも鹿の子遺跡出土。

 

鹿の子(かのこ)遺跡 全景 写真:茨城県教育財団

 

常陸国府が設置した工房の跡。画面左側の建物群で武具等の生産をおこない、右側の溝で囲まれた区域で武具等の保管や生産の管理をおこなった。(展示解説パネルによる)

 

墨書土器「法華」 奈良時代(8世紀) 常陸国分尼寺跡(石岡市)出土

 

国分尼寺の名称「法華滅罪之寺」の一部がしるされ、出土地が国分尼寺であったことをしめす。(展示解説パネルによる)

 

常陸国国分尼寺跡 全景 写真:石岡市教育委員会

常陸国国分尼寺では、建物が南から中門・金堂・講堂と一直線上にならんで建てられていた。(展示解説パネルによる)

 

文字のある瓦。写真手まえ左から、

ヘラ書き瓦「(大部)大宅」、奈良時代(8世紀)、台渡里(だいわたり)官衙遺跡長者山地区(水戸市)出土。
押印瓦「阿波」、奈良時代(8世紀)、台渡里官衙遺跡長者山地区出土。
ヘラ書き平瓦「寺寺寺」、奈良・平安時代(8~9世紀)、台渡里廃寺跡観音堂山地区(水戸市)出土。

 

写真奥の左、押印瓦「大井」、奈良時代(8世紀)、台渡里官衙遺跡長者山地区出土。
ヘラ書き平瓦「佛」、平安時代(9世紀)、台渡里廃寺跡観音堂山地区出土。

 

押印瓦「大井」 奈良時代(8世紀) 台渡里官衙遺跡長者山地区出土

那珂郡の大井郷をしめすと考えられる。

 

押印瓦「阿波」 奈良時代(8世紀) 台渡里官衙遺跡長者山地区出土

那珂郡の阿波郷をしめすと考えられる。

 

墨書土器「丈マ」 平安時代(10世紀) 小中(こなか)遺跡(常陸大宮市)出土


「マ」は部の旁(つくり)「おおざと」をとった略字。(*3)

丈部(はせつかべ)をしめすと考えられる。

 

焼印 平安時代(10世紀) 小中遺跡(常陸大宮市)出土

 

「印面の「丈」から、牛馬を管理していたのは丈部[はせつかべ]であることが想定され、丈部の私的な牧が周辺に存在したと考えられます。
「古代の焼印は、持手から印章部を細くしていく有茎[ゆうけい]式が一般的ですが、小中遺跡の焼印は印章部を袋状に加工する袋穂[ふくろほ]式です。袋穂式の焼印は、中世の東北地方に多く見られ、小中遺跡の焼印をその祖型とする見解があります。」(展示解説パネル)

 

墨書土器「倭文田長」 平安時代(9世紀) 下大賀遺跡(那珂市)出土

「那珂市下大賀地区に比定される古代の地名「倭文[しどり]」が墨書されています。「倭文」の文字を考古資料でみられる唯一の資料です。」(展示解説パネル)

 

島名熊の山遺跡(つくば市)出土の木製品 奈良・平安時代(8~9世紀)
写真上段は、弓。下段左から、荷札、荷札状木製品、刀形[かたながた]。

 

島名熊の山遺跡(つくば市) 水場跡


「この水場跡からは、多量の墨書土器と木製品が出土しており、祭祀の場としての利用が想定されます。」(展示解説パネル)

 

平安時代(9世紀)の銅印

 

銅印「丈永私印」 平安時代(9世紀) 小野(中道)遺跡(常陸大宮市)出土

「丈部永□」の名をもつ人物の印と考えられる。(展示解説パネルによる)
 

銅印「福」 平安時代(9世紀) 神野向遺跡(鹿嶋市)出土
 

銅印「□□」 平安時代(9世紀) 台渡里遺跡群(水戸市)出土

「印面は明瞭ではありませんが、「桶弓」とする見解もあります。」(展示解説パネル)

 

『常陸国風土記』をよむときの参考になりました。

(大井 剛)

 

(*1) 上高津貝塚ふるさと歴史の広場 考古資料館。茨城県土浦市上高津。

写真は同館ウェブサイトより。

 

(*2) 『文字が語るもの』開館30周年記念 第28回企画展、土浦:上高津貝塚ふるさと歴史の広場編刊、2025年。8p.

 

(*3) 「部」の略字であることの説明が、この展示会場にはない。註(*2)前掲パンフレットにはある(p.6)。

部の旁は、ひらがな「へ」、カタカナ「ヘ」の原型である。

 

「部」の略字の例。

墨書土器「大伴マ」 奈良時代(8世紀) 三島遺跡(古河市)出土

三島遺跡は奈良時代から平安時代にかけての集落跡である。この墨書土器は奈良時代の建物跡から出土した。大伴部は大伴氏が管理していた集団と想定される。(展示解説パネルによる)

 

(更新記録: 2025年11月16日起稿、12月27日公開、12月28日修訂)