◆晴耕雨読の記 上諏訪 湯の脇 2025年08月◆
8月1日(金)晴ときどき曇。もやすごみの回収日。
剣先スコップを購入。農耕は鉄器時代に突入。
8月2日(土)晴。武田幸男博士の遺著『朝鮮の国家形成と東アジア』、編者より受贈。『新羅政治社会史研究』『新羅中古期の史的研究』につづき古代史三部作完結。さらに高麗・李朝史、広開土王碑拓本の研究分野について論著の編修をおこなう由。
あはれ、干ものとぞなりにける。晴耕雨読の記7月25日(FM217ex)に登場せる雨あがりの蚯蚓、地中世界にかへることあたはざりき。✝
夜ごと花火の音はててのち(20時30分-40分)、とりためた音盤映像を順ぐりにながす。今宵は小野リサ Lisa Ono、ブラジル、サンパウロのクラブでのライヴ。
「ソ・ダンソ・サンバ」Só danço samba (Antônio Carlos Jobim 1962) を作曲者の子(ギター)と孫(ピアノ)ほかと共演。小野里沙さん、1962年生れ。
はじめの「踊るならサンバだけ」が記憶にのこっただけ。夜の底にここちよくひきこまれて。ボッサ・ノーヴァ Bossa Nova (the New Wave)だよ、サンバじゃなくて。
I only dance Samba.--マツケン・サンバはサンバじゃないよ、リベル・タンゴがタンゴじゃないのと同様。
(Sound of Brazil「小野リサ ~ボサノバ60年・ジョビンの世界~」NHKBS, 2019年4月7日録画 1h29m)
8月3日(日)晴ときどき曇。カムチャツカ半島クラシェンニコフ山(標高1856m)
Krasheninnikov、噴火(ロシア科学アカデミー極東支部火山地震研究所)。火山はロシアの戦略原子力潜水艦基地がある町ヴィリュチンスクまで約120kmの距離である。
午後、雷雨。雨の日は読書のお約束。昼寝つき。
中央東線の鉄路、冠水のため上諏訪-小淵沢間で不通。
8月4日(月)晴。雨あがり、玄関さきの苔の手あて。
ちいさい草をそっとぬくと根に苔がついてくる。ぬいた草ごとまとめて置いておく。
苔の飛地があちこちにできている。土よりむしろ石のうえが生きやすいらしい。
7月25日に種子から芽がでた(FM217ex)。
カンボジアのカボチャに 練馬の大根
カボチャの語源はぽるとがる語のカンボジャだそうですな。ダイコンの大根(おほね)は石をだいて変形、さしもの鉄器時代といえども深耕かなわず。元駐車場の砂利敷きに屯田兵の歯がたたない。
(上のフレーズは《GO FUNK》K2C 「なんですか これは」より ©1988)
日本音楽著作権協会(JASRAC)も湯の脇までは集金にこないよね、都倉くん。都倉俊一元会長。現文化庁長官。京都で北斎の集会に名をつらねたら、顔くらいだそうね。
8月5日(火)曇。もやすごみの回収日。すでに45Lの袋がいくつも先行している。
ポリエチレン製「諏訪市指定燃やすごみ袋」は、10L、22L、45Lの三種がスーパー「ツルヤ」などで売っている。それぞれ1Lあたり1円の「収入証紙」があらかじめ刷りこまれている。地区名を記入して所定の保管場所に規定の時間帯にだす。
当家は本日10L袋に半分くらい。どういう消費生活をしているんだか。エコです。
午後から晴れてむしあつくなった。送風器サーキュレーターをつかう。
8月6日(水)夜明けまえに雨。それにつけても『夜明け前』はひどい題名だなあ。文明開化におもねるたくらみが露骨だよ。徳川より明治のほうがよほど闇黒ではないか。その暗黒時代が現今の「民主政治」まで継続しておる。
8月7日(木)雨。草なぎ隊も草かり正宗もおやすみ。ふう。
だいじな作物にもそうでないものにも、ひとしく恵みの雨。資源ごみをだしに行ったかえりに発見したのは、大雨のなかでは蚊がよってこないこと。しごとがはかどる。きのう夕方ぶんぶの餌食になったのが夢のよう。しかし、やはり肘のあたりがかゆい。蚊すらよりつかなくなったら動物としてオシマイだから、ま、いっか。
諏訪11時発、R20、白州、中央道韮崎IC-国立府中IC、府中街道、R246、世田谷、22時横浜着。
8月7日(木)-8日(金)【横浜】
8月8日(金)横浜15時20分発、府中街道、17時20分 中央道国立府中IC-甲府昭和IC、R20、20時15分諏訪着。
一週間、長距離の運行をしないと気分がすぐれない。三日間、草をぬかないと調子がよくない。一日、温泉につからないと--読書しなくても健康にかわりない。口のなかにトゲがはえたりしないもん。
8月8日(金)-23日(土)【諏訪】
8月9日(土)とつぜん秋がきた。昨夜はふとんをかぶって寝た。
ナス3本そろって開花。トマトがこまかい花をたくさんつけた。
昼すぎ、横浜篠原より黒船来航。夕食はパプリカ肉づめ。
8月10日(日)朝、黒船出航、兵庫県三田(さんだ)のキャンプ場にむかう。雨。
8月11日(月)祝日「山の日」。NBS長野放送ウェブ版は連日、山岳遭難のニュース満載。7月下旬いらい多い日は8件、同時多発。報道のたび美しい山の写真がたまる。
(©NBS長野放送)
昨年(2024年)長野県内で発生した山岳遭難は321件350人。45%が東京都・神奈川県など関東地方の人。事故の半数は飛驒山脈(北アルプス)。救助を要請する年齢は50代から70代で全体の七割(長野県警)。登りより下りのほうが、あぶない。
「無事救出」例が遭難件数の四割をこえる(2024年、2025年とも)。一見よさそうにみえて実はよくない。山と人とがつりあっていないから。
松本の山岳遭難防止常駐隊員にいわせると「一番心配なのは、年齢に比して装備が新しく、山登りを数回しか経験していないような60歳前後の人」(産経新聞ウェブ版8月9日付)。頭でっかちを軽蔑したのは品川宿の浮浪雲でした。
低山でも事故はおきる。小学生が遠足にゆく高尾山(標高599m)で2024年に131人が「遭難」した。指導員によれば「登山届や準備運動など、若い人の方がしっかりやる人が多い。年配やベテランほど『自分は昔からこうやってる』『そんな特別なことするわけじゃないから必要ない』などと言う」と(東京新聞ウェブ版7月31日付)。
*登山の注意(長野県警)-「自分の技量に見合ったルート選びをする」「余裕ある登山計画を立てる」「こまめに休憩を取り、意識して水分・エネルギーを補給する」「下山するまで体力や集中力を切らさない」・・・やはり身のほどを知るということ。
雨、曇、雨。
イトトンボがくる。ミントの葉にとまる。風にそよぐだけで清涼な香気がただよう。
夜、黒船再来。つかれはてて皆はやばやとやすむ。
8月12日(火)曇ときどき雨。やすもう。ひとしきり草ぬき。夕食は、うなぎ。
8月13日(水)晴/曇。鳥の声とセミしぐれ。
露天ぶろ。温泉水を外にひく。樹脂製湯桶にためて。水圧にたえかねた樹脂がゆがみ、桶ごとひっくりかえって、おしまい。(写真は縮小版で。ズームのベスト・ショットは秘蔵としよう。)
午後、黒船、横浜にむけ出航。
トマトがみのりはじめる。イトトンボがとまる。ドクダミの葉でつかまえた。
自宅から七、八分あるくと湖岸にでる。直線距離約450m、湖畔公園の北のはじで、夏の打上げ花火をみる。沖あいの初島とよばれる小さな島に花火師がいる。撮影地点の岸辺からおよそ270mはなれている。ちなみに家の位置は標高760mあまりである。
毎晩20時30分から10分間、花火が連続して夜空にちる。7月25日にはじまった。8月15日には「諏訪湖祭湖上花火大会」がある。ことし第77回という。
有名な花火大会の直前に孫たちが帰ってしまったので、ふしぎがられる。空たかくあがる花火は、宅の湯殿からも雪隠からも垣間みえる。先日(4日)、横浜港で花火打上げ船の暴発事故があった。横浜篠原宅にも爆音がとどろいたらしく、子らは「こりて」いるらしい。
花火は法律上「煙火」という火薬で、その専門職を「煙火師」ということを知った。
8月14日(木)晴。朝はコオロギの音、昼はミンミンゼミ、日暮れ時は・・・。自宅の庭で花火に興ずる近所の子どもの声。
東方学会の年会費を送金、6000円。
山の日(11日)をふくむ三連休が雨にふられ、世間では登山どころではなく、山小屋の宿泊解約が九割におよぶという。ここでかせがないと一年もたないのだが。
雨にさそわれた体長20cm以上あるミミズが地表にかわきつつあるが、もはや救いようがない。地下世界が健全になりつつあることを示していると考えよう。地表では作物はもとより作っていない植物もいきおいづいている。日日の草とりは修行だ。
8月15日(金)きょうも朝がきた。快晴。
諏訪湖の花火大会(19時~21時)がおわって1時間もたたないうちに沛然たる雨。
8月16日(土)晴。昨夜、雨音をききながらうたた寝、そのまま朝まで眠る。
どうやら「熱中症」の症状がでたらしい。日中室温30℃のなかで、がらにもなく2時間ほどマジしごと。そのあと花火を立ち見しながら足もとがあやしくなり、早々に帰宅。山の神は花火に熱中し、しまいまで見たようす。
やはり老人デイ・サービスの鉄則、25分すわったら5分立ち上がり水分をとる、これを怠った報いか。「勉強机とテレビと冷蔵庫の三角運動」を励行した諏訪出身、古代インド史の故YG先生をみならうべきである。
8月17日(日)晴。午前3時PC起動、5時草とり、7時温泉。内勤2時間、外勤2時間、9時朝食。一日のしごとは朝めしまへ。怠けものの安息日やぶり。あとは余生。
全国的に暑い。真昼はセミもおとなしい。(写真は8月16日撮影)
RS 002_01「近江国 梅の木立場 往路◆訳注シーボルト紀行」[2025/07/08] を中途半端に公開、じりじりと増殖している。ハンパものでもなんでもフンギリをつけないと成長しない。誰にたのまれたわけでもないのに御苦労なこっちゃ。
8月18日(月)晴。
RS 002_02「近江国 梅の木立場 復路◆訳注シーボルト紀行」[2025/07/08] も中途半端に公開。さいしょはみんな中途はんぱ。どこまでいっても道なかば。しかし、どうせ、だって、だから、3D三語は禁句です。
庭(つまり旧甲州道中わき)からみた今夜の花火。(20時38分頃撮影)
コマの左下にうつる温泉旅館「浜の湯」屋上電飾に焦点があう。露光1/8秒に固定。
8月19日(火)道ばたの草とりで、ダニにやられた。左ひじと右手のくすり指。とりつかれても気がつかない。化膿してリンパ液がでる。しぼれば出血。
さんまが店頭にならんだ。塩焼きにして夕食。
8月20日(水)ダニ警戒地帯に硼酸水をまいた。さて効果のほどはいかに。
日中あいかわらず真夏の日ざし。バジルは陽光をもっとも効率よく吸収しうる態勢に展開している。
8月21日(木)晴/曇。資源ごみ回収の日。厳密詳細をきわめる分別。ガラス瓶の色わけには脱帽。金属鑵、PETボトル、発泡スチロール、そのほかプラスチック、段ボール、新聞雑誌類、雑紙、われもの(陶器、ガラス器など)、それから、えーと。
パセリにキアゲハ幼虫2頭。株を買い増さないと、配当が(人類に)こなくなると予測される。
ナスみのる。ひたすら水を供給するのみ。
トマト結実のおもみに堪えかねて、かぼそき枝たわむ。たてなおそうとすると枝がつぎつぎに折れる。栽培種は自然の法則に反する。
ゆうだち。20時30分の花火の時刻には止んでいる。みずうみのカミの配剤か。
8月22日(金)曇/晴。ツマグロヒョウモンがくる。
霧ヶ峰、車山湿原をあるく。(⇒ FM220「霧ヶ峰 秋の湿原植物群落◇車山高原」)
8月23日(土)晴/曇。
トマトにささえをほどこした。
キアゲハ2頭、終齢にちかづいてきた。
8月24日(日)単身、諏訪04時40分発、R20、0530白州、0640甲斐大和、0740相模湖、大垂水峠、八王子、川崎街道、0840桜ヶ丘、0930横浜市都築図書館、10時05分横浜着。
8月24日(日)-26日(火)【横浜】
8月26日(火)単身、横浜10時20分発、1120生田、府中街道、1205国立府中IC-1330甲府昭和IC、1405-1435白州、15時30分諏訪着。
8月27日(水)晴/曇。風はもう秋。
本日のパセリ。(07時31分撮影) (⇒ FM220ex「いもちゃん日誌」2025/08/26)
三日見ぬ間のなすびかな。
8月28日(木)曇/晴。午前3時半から内勤、5時半から外勤、7時半に温泉が日課となる。入浴まえにツルヤのパン、白須(白州)のりんご(サンつがる)など少々いただく。
9時朝食、梅干、納豆、平飼い有精卵のめだま焼き、自然米のめし、昆布佃煮、山椒ちりめん(しらす)、雲南茶(プーアル団茶)、紅茶、山梨の梨(幸水)。
10時ひるね(実感として午睡)。だらだら長い睡眠はよくないというが、眠ったらたいがい1時間以上おきない。めざめの気分しだいで珈琲をひいていれる。味で心身の調子がわかる。のむ気がしないようなら、その日はやすみだ。
晴天つづきに耕と読とを一日のうちに振りわける。午後5時をまわり、ふたたび外勤。夕食にふたりで一杯のむ。いっぱいではない。おおむね午後9時には寝てしまふ。
しようもないことを書きつらねるのは特記事項にとぼしいからだろう。子どものころから日記がにがてだ。小学校4年生のとき新設の学区にうつった。日記の宿題がでた。なにごとにも熱心な担任の教師は、毎日こどもの作文をよみ、赤えんぴつで傍線(下線)をひき、感想をしるした。書かないわたしは、一日おくれるとたちまち一週間空白をつくる。つうしんぼ(通せんぼみたいだが通信簿、成績表)に「行動の記録」という性格診断みたいな欄があって、「根気強さ」の項目がいつもペケだった。ほかはもちろん優等生であります。おとなの目をくらますくらい赤児の手をひねるがごとし。しかし作文ときたら、書けないの一語につきる。ただし書けばかならず文集にのったり、学校界の賞をもらったりした。だからなお始末がわるい。根気の問題ではない。言いわけはしなかった。書けない理由を説明すれば、いよいよ質問ぜめにあいそうだった。おとなはわかってくれないから。いまは、子どもはわかってくれない、となげいている。自分がおとなになったからではない。小学生のときと、いつイノチがたえてもふしぎでないいまと、おなじ自分である。子どものころから一貫して誰もわかってくれないのであった。
8月29日(金)晴。桃が青森県弘前の自然農園からとどいた(工藤果樹園)。川中島白桃というらしい。どうして川中島なのかしらん。ミもちがかたいタイプ。
キュウリ収穫、身長27cmあり(写真左)。予備軍(中)。バジルの花(右)。(17時15分)
8月30日(土)晴。
旧著味読『免疫学個人授業』多田富雄、南伸坊著、新潮社、1997年。(同、新潮文庫、2001年)。生徒の達人、南伸坊による講義録。免疫学者の先生による添削つき。
(8月29日)
15回の講義のうち第1講で、多田先生はシンボーのノートを読んで「免疫というからには病いから免れられるはずなのに、難病の多くは免疫のせいだ」という免疫の最大の矛盾に気づいている南くんを「さすが」とほめる。「永年講義してきた東大生でも、それに初めから気づいた学生はほとんどいませんでした」。(同書 p.17)
(個人授業 ⇒ FM221_番外地「「自己」と「非自己」◇多田富雄『免疫学個人授業』<新刊卒読/旧著味読>」2025/08/29 へ)
8月31日(日)晴。
なつやすみのおもひで。姫と坊が湯の脇におこしになった。(8月9日~10日、11日~13日)
珈琲の紙フィルターがきえた。玄関わき、廊下のはじに積んであった段ボール箱をどけてゆくと(写真右)、さいごの箱のうしろからでてきた(左)。坊は横浜の自宅でも自分のべんとう箱をあらぬかたにしまいこんで(かくして?)、母親は往生するそうだ。
ひとしれずのこる坊の遺跡。外から発見した障子紙の痕跡。網戸をつきやぶらないだけ進化した(横浜にて前科あり)。それから移動用ノート型PCの液晶画面がレインボウ・カラーに固定した。ちょっとこまった。だいぶ不便だ。いかにして破壊したのだろうか。あいだに物件をはさんだまま蓋を閉じて割ったのか。器用なことをするものだ。おかげさまでノートPCを新調した。
なにをやらかすか予測がつかないタイプなので、父親は坊に損害保障保険をかけている。修繕ならば領収証で返金が可能という。今回はつかわない。ジジ本体をこわしたときのために保険はとっておくことにした。
単身、諏訪19時10分発、R20、2000-2040白州、2150甲斐大和、2300相模湖、(2320~2340假眠)、R16、環二、24時35分横浜着。
(大井 剛)
(更新記録: 2025年8月3日起稿・公開、8月31日改訂、9月7日、11月24日補訂)






























