FM231_S3 角間天神社から山之神社へ◇上諏訪 2026/01/02
信濃国一之宮は諏訪上社・下社ですが、二之宮は小野神社・矢彦神社です。ひとつの境内にふたつのやしろがあり、行政区画がそれぞれ塩尻市と辰野町に属します。きょうは粉雪がちらついて、山道を車でゆくのは賢くありません。予定を変更します。
ぶらぶらあるくことにしましょう。むかし町家が軒をつらねたあたり、地蔵尊に正月の餅が。台座の文字は(右から)「成言地蔵尊」。「いいなり地蔵尊」でしょうか。(諏訪市末広)
後方の塀は源海山教念寺。(諏訪市小和田)
(写真は長野県諏訪市にて2026年1月2日撮影)
八劔神社にはひとがちらほら。イチョウは枝ばかり、地上の銀杏もきれいに掃き清められて、種がひとつぶころがっていました。角間川には鳥すらいません。
もうひとつの神社はどこへ行くのか、と山の神が問います。いや神社二社とは、信濃国二之宮の小野神社と矢彦神社で、それは雪のせいでとりやめたし、そもそも一箇所にとなりあっているし、と説得をこころみるも、二箇所にこだわります。きのう二箇所に行くと言った、と。
諏訪市元町の角間(かくま)天神社によりました。右が天神社で、左のちいさいほうは恵比寿神社です。(*1)
角間東小路(いま天神小路)に天保十二年(1841年)勧請されました。小路のさきにみえる鳥居は国道20号(甲州街道)の元町交叉点に面しています。
すぐそばに島木赤彦(1876-1926)の生誕地があり、石碑がたっています。昭和三十一年(1956年)建立。(ことし2026年は赤彦生誕150年、没後100年にあたる。)
石碑のおもて(右)、うら(左)。
石碑表面の文字は赤彦の自作自筆だそうです。(*2)
霧ヶ峰の自然石という石材のほうに注目したくなります。安山岩ですか、硬いでしょうね。
赤彦誕生地は児童公園として利用されております。が、子どもをみかけません。
敷地は元町公民館をかねています。
元町交叉点といえば、酒蔵「眞澄」でしょう。2日からひらいていますね。
酒蔵のつづき。信号機は元町交叉点のもの。国道にそって上諏訪駅までのあいだに酒蔵が五つあります。
画面の右はじにみえる甲州道中(旧甲州街道)と、画面の外の左側をはしっている国道20号(甲州街道バイパス)との合流点が元町交叉点です。「角間町/十王堂跡/平成十二年」の石碑があります。(*3)
寺がいくつもあつまっている寺町をぬけると北澤公民館があります。通路の奥のたてもの。入口の左側にたつ石碑に「南信十霊場」とあります。(諏訪市岡村)
通路の右側にあるたてものは「大日大聖不動明王」だそうです。みたところ神社風で、梶の葉(四根)の紋どころは諏訪上社におなじ。
通路にすえられた「秋葉山」は「天明元辛子年」(1781年)。「白雲山」の字もおなじ手のようにみえますが、年次がありません。
路傍の道祖神を撮影。消火ホース格納箱に「北沢区」とあります。大字上諏訪の北沢区です。(いま諏訪市岡村)
北沢地区でも山之神(やまのかみ)社をまつる祭礼の告示がはりだされていました。
神社二軒目をわすれてくれないかなという、あわい期待をうらぎられ、藤森稲荷は神社の勘定にいれてもらえず、山の神は角間川にそって北にずんずんさかのぼってゆきます。とりのこされつつ寄り道。
河川「改修碑」が目だちます。川のむこう岸にたつ黒いモノリス。白壁の家の手まえです。そのやや右に白木の四本柱がみえます。
水神さまでした。
角間川をわたる「イボ石橋」。
角間川にわかれ、東の山側にのぼります。西の岸は岩の崖をなしています。
落石注意。「着いた。待ってるよ。」というメールが携帯電話に着信。
玄関さきに道祖神。
県道40号に合流しました。諏訪白樺湖小諸線といいます。画面の手まえから交叉点にきて、画面の左の外、立石公園のほうにいってしまいます。横断歩道をふんで直進する道は角間川に並行して集落のあいだを通り、やがて林のなかをすすむ県道40号とふたたび合流します。
雪がうっすらとかぶる右手の道は、唐澤山阿弥陀寺に達するはずです。
(⇒ FM231_S4)
山之神社につきました。双葉ヶ丘の字名が公民館や児童公園にのこっています。(諏訪市上諏訪字双葉ヶ丘)
双葉ヶ丘区の掲示板に「どんど焼き」と「厄投げ」が1月11日におこなわれると氏子総代の名で予告のはり紙がありました。湯の脇地区も11日、日曜日の予定です。
新年のおそなえは清酒とみかん。柑橘類を酒のあてにするはなしが、むかしの本のどこかにありましたっけ。
おなじ眞澄でも左の黒い瓶はちょっと値がはる。ツルヤにも売ってました。
来た道をもどろうとしたら守屋山と諏訪のまちが白くかすんでいました。
山之神で山の神は満足。わたくしはほぼ修行。
(大井 剛)
(山之神社 ⇒ FM214ex「山の神、山之神にいのる◇山之神社 諏訪市上諏訪」2025/05/22 へ)
(*1) 角間天神社の案内解説板。
左の恵比寿さんに拝礼したくせに、これを二箇所目の神社に指をおらない山の神。
小路のむかいの民家がお守ご朱印などの頒布所になっていた。
(*2) 島木赤彦誕生地保存会のたてた案内板と展示物。
拓本をとらないでくれろという保存会からの「お願い」である。
生家の写真でしょうか。肖像のほうは見るかげもなく気の毒です、保存状態が。
(*3) 「角間十王堂 由来」。案内板であることはわかるが、現場でよむのは苦しい。
あらためて読めば、なかなかおもしろい。(十王堂 ⇒ FM231_S4)
(更新記録: 2026年1月2日起稿、1月8日公開)

































