FM231_S1 元日の手長神社◇上諏訪 2026/01/01

 

初もうでのようすがみたいと山の神がいうので、しぶしぶ出かけた手長神社。

(写真は長野県諏訪市上諏訪字茶臼山にて2026年1月1日撮影)
 

手長神社のことは、はや二年まえにしるした。そのひざもとに移り住むとは思いもよらなかったけれども。

(手長神社 ⇒ FM151ex_S1「崖の上の宿◇上諏訪温泉」2023/01/12 へ)

 

甲州道中に正面をむけた一の鳥居をくぐり長い石段をのぼると、諏訪市上諏訪中学校の校舎と運動場のあいだにでる。(*1)

 

御手洗から三の鳥居へ。左のイチョウの木から大量の銀杏がふりそそいでいたのである。銀杏をひろったのは12月29日。(⇒ FM229ex)

鳥居の左手の幕は、だるまを売るひとのテリトリー。

 

伐採したからよけいに銀杏の落ちが良い(ほかにましな言いかたはないか)。

 

まだこんなにある。

 

参道の右側にあるほこら。

 

とおもったら、右は倉庫のような、しかし千木がたっている。中央の奥は鹽竈大明神であることが、のちにわかる。

 

拝殿のまえから諏訪湖をのぞむ。

 

はるかかなたに雪の穂高連峰。

 

拝殿。

 

名づけて諏訪龍神太鼓。

 

つつしんで太鼓の音に耳をかたむける黒装束の関係者。

 

拝殿の右に坐すのは彌榮神社である。説くところによれば手長神社の旧本殿である。(ここから〔*〕の写真は1月4日撮影) (*2)

 

右へ松尾大明神。〔*〕

 

陶製の鴨(?)であった。〔*〕

 

さらに右へ龍王大明神。〔*〕

 

龍王大明神。〔*〕

 

どんどん右へ、その中央は・・・〔*〕

 

「御頭御社宮司社」でした。〔*〕

 

高尾穂見神社。〔*〕

 

鹽竈(しほがま)大明神。〔*〕

 

手まえは白山社。〔*〕

 

御社宮司社と金毘羅神社。「御社宮司」はミシャグジである。〔*〕

 

「伊雜(いざは)皇太神宮」(左)と「冨士淺間大神」。浅間神社のは「天保七丙申年/六月吉日」(1836年)とある。〔*〕

 

「大國主大神」。左右の刻字は距離で、「當所[ヨリ?]/出雲大社二百九十二里/金比羅山二百五十里/伊勢大御神社八十八里/西 京 [社?]八十四里」とある。〔*〕

 

砲弾を模した金属製モニュメント。文字はない。(以下、1月1日撮影)

 

拝殿にむかって左手にある聖徳神社。以前にきたときは薄暗くてよく見えなかった。

 

だんだん下へおりてゆく。

 

構造線の断層崖がみえる。

 

片羽道祖神。

 

甲州道中から見あげる。構造線の断層崖をコンクリートで固めている。そのうえをおおいつくす枯れ草。

 

左右にくびをふると、こんなあんばい。

 

結局、初もうでの風景はべつだん変ったところはなかった。

(大井 剛)

 

(*1) 諏訪市立上諏訪中学校。モダンな外観である。

上諏訪中学校で2025年11月2日未明火事が発生した。屋外の倉庫2棟が全焼、原因は明らかでない。

 

(*2) 彌榮神社の解説文。

 

(更新記録: 2026年1月2日起稿、1月6日公開)