(1)マラリアに対する日本人の個人的対策
ここで、マラリアに対する日本人の個人的対策の経緯を簡単にまとめる。
そもそも、日本人は、蚊が家の中に入ってくることを気にしていなかった。 または 仕方がないことだとあきらめていた。 ↓ 就寝時は蚊帳の中で寝るようになる。少なくとも、明治時代の都会の人はそうしていたらしい。 ↓ 昭和20年代~昭和30年代初期まで、DDTやBHCのような殺虫剤を家の中にまいていた。少なくとも、昭和32年頃までは、大阪のような都会でも網戸は普及していなかった。 ↓ 昭和35年頃から、網戸が普及し始める。 ↓ 昭和50年代~昭和60年代から、本州以南では、エアコンなどの空調が普及し始める。 (←空調のあたりは、そのうち、該当資料を探し出して入力するかもしれない)
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下記に、空調のあたり以外の根拠となる文章を引用する。
昭和30年代に網戸にとって画期的な出来事が二つありました。一つは現在のダイオ化成の前身である「垣内商事」が初めて合成繊維による防虫網を開発したことです。当時はサランと呼ばれる塩ビ系の樹脂が素材として用いられ、この素材の名前から防虫網のことを「サラン」と呼ぶ人もいました。(現在では環境問題からPPの素材が一般的) |
↑『SEIKI GROUP』の『網戸の豆知識』の『6話 網戸の歴史』
http://www.seiki.gr.jp/column/amido/column06.html
生活環境の変化、すなわち殺虫剤や下水の普及による蚊の減少および気密性の高いアルミサッシの普及に伴う網戸の採用、さらに空調設備の普及により昭和の後期には、ほとんど使われなくなった。 |
↑『蚊帳』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9A%8A%E5%B8%B3
どうも、昔の日本人は、虫が家の中に侵入してくることをそれほど気にしなかったようなのである。古い木造の日本家屋を想像して頂くとよく解るかと思うが、家の構造がすこぶる開放的で、機密性が薄かったのである。縁側ひとつを見ても、晴れた昼間は室内空間と庭の空間の境界がない。虫なんか入り放題である。蚊や蝿はもとより、蛾も入れば蜘蛛もいる。床下から、ムカデ、ゲジゲジ、ダンゴムシが這い上がる。 |
↑『網戸』(執筆:2000年7月1日)
http://www.hat.hi-ho.ne.jp/aim-net/amido.html
わかりやすくするために、可能な限り、単純な話にした。つまり、話がややこしくなるので、蚊取り線香、防虫スプレーの普及、農業開発により、オオツルハマダラカの生息地(清水が存在する自然豊かな池や沼に生息するとイメージすると、わかりやすいかもしれない)が減少したことなどは今回は触れない。