日本でマラリアが再流行するとは思えない。 -45ページ目

(2)マラリアに対する日本人の個人的対策

 したがって、戦後~昭和35年頃までは、DDTBHCなどの殺虫剤を屋内にまいたのが、マラリアが消滅した大きな原因ではないかと、私は考えている。

 その後は、網戸の普及が、マラリア再流行のなかった主な要因であろう。

 まとめると、八重山を除く日本で、マラリアが消滅したのは、日本人の生活水準が向上し、マラリアを媒介するハマダラカの屋内侵入を可能な限り阻止しようと考え、実際、そうしたのが主な要因であると、私は考えている。

 なお、『ー医学の動向 第22集ー 地方病研究の動向』(金原出版。昭和331120日発行p 125の『わが国において第二次世界大戦による輸入マラリアが土着性とならなかった理由について』(新潟大学 医学部 医動物学 教室 教授 大鶴 正満

には

ここで注目しておきたいことは、土着地方(1934年~1938年には、日本の富山県・石川県・福井県・滋賀県・静岡県で、日本全国のマラリア患者(2万人程度)の約83%が発生していた。これらの地方のことである)においても特にマラリア予防のための服薬や環境の改善、戦後広く各国で行われているDDT残留噴霧の如き特別な対策は極く一部を除いて殆んど行われていなかった ことで、かかる減少の傾向(日本の土着マラリアが激減した傾向のことであるが知らず知らずの間にかなり強力に進められつつあったことを知っておかねばならない。

と記載されている。

http://supplementary.at.webry.info/200802/article_24.html

なお、引用に当って、土着地方などについて若干、解説した。解説部分は(←)で示した。

 また、マラリア内地感染例調査報告』(長崎大学風土病研究所病理部(前主任・青木教授)森川利美(昭和21年9月28日長崎医学会復興第4回例会発表)(長崎医学会雑誌第27巻第4号掲載

http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp/dspace/bitstream/10069/4812/1/fudo01_00_13_t.pdf

にも

附記:本稿は昭和2110月に脱稿し『臨床と研究』に投稿したが、原稿輻輳との理由で、昭和23年に至るも発表されずその間九州大学沢田内科の諸発表などがあり、一方戦後のマラリア問題は自ら解決し、遂に発表の好期を逸した。然し当時の長崎、佐賀県下に関する記録として公表の必要性が認めるのでここに当時の資料のままで印刷とする。(昭和26年11月1日 青木義勇

と記載され

戦後マラリアの話であるが、戦後マラリアが自然と解決していったことが記載されている。