明日、いや時間は既に0時を回っているから今日ですビックリマーク

年一回の学生時代の同窓会旅行。
学生と言っても働きながら専門学校を出ているので半分学生、半分社会人~

昔はよくありましたが、今は学生は、お小遣いの為のバイト程度でしょうねビックリマーク

旅行と言っても、数名で、本格的にホテルに泊まるのではなく、田舎に嫁いだ(嫁ぎ先の両親は他界。子供は嫁にいったりと、既に家を出ている為、大きな家に夫婦2人きり)
先に、お邪魔して、近くの温泉に入りいき、みんなで料理をつくり、ゆっくりとのみながら、食べなから、おしゃべりに、時間気にせず、隣に気にせず、静かな田舎で、ダラダラと過ごすんです。

凄くそれが癒やされるんですアップ
とにかく友達夫婦がいいひとで~
夫婦仲が、またいいんですアップ
友人は、都会に出て来て知り合いになったのではなく、私と友人は、幼稚園から高校まで一緒で、選んだ職業や仕事先、専門学校も一緒だったんです。

結婚を機に、ご主人の田舎に嫁ぎ今に今に至るです。

お互い、結婚し子育て中は、仕事、育児家事と旅行どころか会う事すら出来ない状態でした。

しかし、子供が大きくなるにつれ、やはり気持ちにも余裕が~でビックリマークここ知り合った学生時代の友人数名で計画をし、20年ぶりに五年前に、学生時代の同窓会を開催したんです。

人数的には少なくかったが(12名しか来れなかった)楽しい一時を過ごす事が出来ました。遠くは岩手、栃木、千葉方面から(開催場所は神奈川県でした。みんなの学生時代過ごした場所)
それを機に、年一回会いたいという事になり、友人から『田舎だし家広いから、いつでも遊びに来て』初めて、訪れたのが四年前ビックリマーク気を使う事なく、ゆっくりでき癒やされた事に、味を覚えニコニコチョキ毎年行っているんですアップ
ちなみに、私は年2回行く場合があるアップ
(幼稚園~中学生まで育った同級生が東京に数名いる為、その人達とも一緒に行くのでアップ)

明日が楽しみアップ
また、旅行の話を楽しみにして下さい。 とても毎回珍道中なのでアップ
前回ブログの続き、その1ビックリマーク

兄は意識回復したものの、数日間の間に菌の発生が凄まじくダウン菌が肺を蝕みダウン
主治医より『人工呼吸器から離脱するのに時間がかかる』
死を経験したようなもの、しょうがないダウン時間の経過が必要と思ったビックリマーク

しかし、看護レベルだけでなく人間的にもおかしいと思われる看護師の行動むかっ

私の両親に『息子さんの人工呼吸器は一生しています』とダウンと、やっと意識回復してからの数日後に話されたと�

もし、そういう状態になるかもしれないが、なんで看護師が、そんな話するの�それにこの時期にプンプン

また、両親、特に母親は精神的に弱い部分があるが(脳梗塞で右半身不完全麻痺があり、思うような行動が出来ない)、更に精神的ダウン
更に、入院直後に脱水で排痰が出来ない治療していたのに、今度は、水分を入れ過ぎで、全身が浮腫�
私は、仕事がある為、兄の危篤状態時に帰郷し、意識回復した、数日後に戻ってきたがダウン

しかし、戻って来ても毎日毎日心配の両親から電話ビックリマークその都度、話の内容から(素人の話の為)精神的にダメージが大きくなってダウン一番は、あのよけいな事を口走った看護師のせいむかっ

それに全身浮腫の話ダウン
経管栄養(鼻から管が胃まで伸びて高カロリー栄養が注入)が開始したとビックリマーク
しかし、直ぐから何度何度も嘔吐をしていて、検査をしている���
何がまたあるの�むかっ

戻って来て一週間で、両親の精神状態、がダウンダウン上に、毎日の面会等で体力ダウン
このままでは、せっかく意識回復した兄なのに、両親が倒れる�と思い、上司に、状況説明して、介護休暇をもらい、再度田舎に帰郷した。
兄は、人工呼吸器装着していた為、筆談になるが、私は兄の状態をみて涙が出た�(こんなによくなったんだ)

しかし、ずっとベッドにいる上に話が出来ないダウン 精神的負担は大きい�
兄は、意識回復までの事を両親から聞いて私の事を感謝していた�
話出来ない兄に、手作りのカード等を送っていた事も感謝していたビックリマーク

兄がそっと、筆談で、これまでの看護師の行動等を私に一生懸命書いて訴えいた �(病院の状況はある程度分かるがここまで)。とりあえず、兄には、とても辛いが退院するまで、病院にお世話になるから、我慢して頑張って欲しい(看護師に嫌われないように)と話した。涙が出ました�私がいつも近くにいたら、少しは精神的にも楽になっていたのに(両親も)切なくなりました。
よくある昔の病院ビックリマーク 医者、看護師様々でプンプン上から目線むかっ
同業者には腰が低いむかっ

とりあえず、心ない看護師の件、全身浮腫の状態を説明をと申し出。

何も言わずに帰郷し面会に行った為、たまたま回診中の主治医は、びっくり(数名医師と回診中)

前回の事があり、医師や看護師の態度が、全く違い腰が低い� 私は、家族の立場として心の中で、怒りは有ったが、同じ同業者として、仕事の忙しさ、大変は充分分かるし~前回のような態度はない�凄く申し訳ないと言う態度�だから今まで、そして現在、将来も、兄の病気と付き合ってみて行ってくれる人達に対して、感謝しようと自分に言い聞かせるようにしました。

突然来たので、病状説明の時間は、都合つく時で良い(当分の間田舎にいる事を説明)と話したが、主治医は、直ぐ調整してくれて病状説明をしてくれたビックリマーク

内容を聞いて~またか~しかし直ぐに主治医から謝罪と治療を変えいる話が~

全身浮腫は、病状悪化しないように脱水(排痰出来なかった事を知らさせた事がショックだったようで)に気をつけていたが、水分を入れ過ぎで全身浮腫になり、嘔吐も浮腫のせいとビックリマーク
もう既に、浮腫の治療は開始していた(私が病院に来た時に、タンパク質の点滴がビックリマーク看護師なら、その点滴は分かるでしょうね)

中学生だったかなあ�理科の授業で、浸透圧の関係ビックリマーク高い所~低い所に流れる

そうです。血液中の濃度を高くし(蛋白質入れて)血液外(組織外)にある液を血液中に戻して、尿として
入れ過ぎた水分を外に出す治療ビックリマーク

前のような治療ではなく、真剣に頑張って治療してくれているんだと感謝(全身浮腫になる前に気付けないの�という疑問は目をつぶろうと)

また、看護師の言動 (兄の筆談の件を含め)は、充分注意して欲しいとだけお願いした。主治医、看護師長から謝罪が~
(これを機会に、その看護師が、これからの言動に気をつけてもらえればいい~)

私は、自分が遠くにいて何も出来ない(兄、両親に)ので攻めて、同業者に対して、嫌な気持ちになってもむかっは避けようとビックリマーク
兄、両親の怒り辛さは、私が聞いてあげて解決しようと決めました。

私が訪れた時の兄の全身を見て(忙しくてケアまで手が回らないかもダウン)私が滞在中は、兄のケアは私が全部しようと決めビックリマーク

手浴、足浴、口腔ケア、シーツ交換等~
毎日、面会時間が許される限り兄の病室に訪れ話聞いたり(筆談)励ました。
8日間の介護休暇を終え戻って来た。

その後、いろいろあったが兄は懸命に治療に頑張って(何度もは兄が精神的にダウンなったダウン手紙を送ったり、そっと携帯で話をしたり)くれて、人工呼吸器からも完全に離脱したビックリマーク気管切開し管が入ったままで有ったが~
(自分で痰の吸引も出来)
8ヶ月の入院生活を終え退院した。

退院はとても嬉しい事で有ったが、退院後からが凄く辛い事が~兄が危篤状態になり(妻としては、これから先、子供をかかえて生活していく不安は計り知れなかっただろう)

いろいろ考えての決断だったかなあ�
奥さんは、子供をつれて実家に兄の退院前に行ってしまった�
兄の奥さんの実家は、同じ島でもなく、飛行機でしか行かない(船だと数日かかる)、私の田舎より大きな島へ。

兄は、退院時の体重が(亡くなるまでの6年間増える事なかったダウン慢性肺疾患をもつ患者は、みんな太れないんだよね)入院前の半分以外になっていた�

体力的だけでなく(家の中だけの行動でも体力的にやっととなる)、家族が居ない家での生活(両親と三人)に精神的なダメージが~

その後~その2
後日にビックリマーク
実は今年○月末に、実兄が他界しました。
まだ55才�
もともと小さな頃から体が弱い所はありましたが、普通に結婚し家庭を持ち両親と田舎同居していた。田舎は、暖かい南の島ビックリマーク
あの時、1人でも、まともな看護師がいて兄の状態を察知していればダウン普通に、家族と幸せな生活ができていたのに~眩まれます�
かれこれ六年前に、仕事が忙しくて体調を崩し肺炎にダウン町の小さな医院で経過をみていたが治らず、県立病院に紹介され入院ビックリマーク既に両肺が肺炎にダウンしかし入院後の治療といったら、全く水分、食事が取れないのに、食事が出されているわダウン小さな抗生物質の点滴が1日に二回のみだったダウンと後日分かった。(入院したのに、入院直後から、どんどん衰弱していく兄をみて、このままで死ぬでは�と両親が心配で私に電話ショック!)

まさか肺炎で死�あの若さで�ましてや
総合病院に入院治療中ビックリマーク
心配になり、夜に病院電話してみたビックリマーク(こんな忙しい時に電話なの�というような話の内容から伝わったダウン)電話は、遠くに在住の為、両親からの話を聞いて電話した事、状態的に帰郷しなくてよいのか�話したら、病院の看護師から『特に変わりありません』との言葉でダウン電話が切れた。
直ぐに両親に『看護師から大丈夫って言われた』と両親電話で報告。しかし両親は疑問の様子だが経過見るように説明した。
しかし、翌日、仕事中に両親からの電話
病院から、兄が危篤状態だから直ぐに帰ってビックリマークと�『なんで��』昨夜の電話じゃ何でもないっていったのにむかっビックリマーク時間もかかり田舎に飛行機乗り継ぎ到着ビックリマーク
すでに夜になっていたショック!
凄い疑問を持ちながら直ぐに病院へ。

既に呼吸器に乗って意識がない状態�なんで�むかっ
主治医からの説明で、今夜がヤマだからと~全く納得いかないむかっ

カルテを見せてもらって唖然�
あんなに高熱があり、あんな検査データ(食事どころか�水分すら飲めない状態)で、食事が普通に出て、全く点滴(水分補給)がなされていないのにむかっむかっ治療にむかっそれよりも、看護師の誰一人とも、状態悪化に気づいていなかった事に怒りがこみ上げ、看護師の観察力いや看護レベルの低さにダウンショックだけが~
たかが肺炎で、死なせたくないビックリマーク兄が可哀想ビックリマーク私が絶対に、意識を戻してあげるビックリマーク
主治医に、出来るだけの事はして欲しいとお願いしたビックリマークしかし、主治医からは、『何やっても無理です。明日までもたない』とレントゲン写真をみて話すだけ~『自分は、こんな症例は沢山みてきたが、意識が戻った人は見たことないし、今まで亡くなった人よりも、あなたの兄は状態が悪い』の一点張りビックリマークしかし、レントゲン写真をみて分かったビックリマーク水分が足りない為、痰が詰まっているだけ。排痰さえ上手くいけば意識は戻ると確信ビックリマーク主治医に、その事を話したが『そんなハズはないビックリマーク』とビックリマーク馬鹿にした感じむかっとりあえず納得いく出来るだけの事は欲しいとビックリマークお願いビックリマークしぶしぶ人工呼吸器(既に装置済み)、人工透析、高カロリー輸液等フルコースを~
『もうこれ以上何もする事ありません。』とビックリマーク(人工透析中に心停止が一回あり心臓マッサージで戻る)既に時計の針が0時を指していたダウン
『分かりました。ありがとうございます。後は兄の生命力に任せます』と主治医に話した~

よしビックリマークこれから、私に出来る事をするビックリマーク
両親、親戚は帰宅させ、弟と2人病院に残ったビックリマーク
そして、兄の所に、付き添いたいとお願いをし了解を得たビックリマーク

ここからが私の出番です。排痰目的で、スクイジング開始(肺に溜まった痰を手技で排出するように促す療法)アップ看護師ならほとんどが知っているビックリマーク
体の中に水分補給も充分ビックリマーク
看護師が来るまで(痰を吸引してもらうように)ずっと、トイレにも行かず、飲まず食わずでスクイジングだけ繰り返し行うビックリマーク
『○○○兄、頑張ってビックリマーク絶対に意識戻るからビックリマーク』心で兄に問いかけ頑張ったアップ

私の行動が気になるのか�(この病院では、誰もやった事がないようで�興味半分、呆れ顔半分で、頻繁に看護師が来ていた)
それが良かったんですアップ
看護師が来る度に、痰がらみがアップアップ
つかさず吸引。
出るわ出るわ痰が�

どす黒い色の痰が多量にダウンしかし、時間の経過とともに、痰の色が少しづつ変わってきているビックリマーク
よしこの調子アップ
兄に頑張れアップ頑張れアップと、小さな声で(看護師に聞こえない位)話かけながらスクイジングビックリマーク
うっすら夜が明ける頃、兄に変化が�

吸引する度に苦痛表情が出てきて�更に体動きが活発になった為、体を抑制される状態になったビックリマーク

よしアップ意識戻ったアップ
もう少し時間がたてば、完全に覚醒するだろう~
やっぱり痰だった~ ずっと何度も危篤状態とばかり話していた主治医が、びっくりして『ずっと医者をしてきた中で、あの状態から意識が戻るとは、考えにくいビックリマークどうして痰と分かったんですか�何をしたんですか�』と、質問ぜめビックリマーク何人かの呼吸器専門の医師が兄の所に詰め寄り、私に質問ビックリマーク

はあ�はあ�入院後からの状況、状態をみて、何一つ疑問を持つような医師、看護師が居ない大きな○立病院ビックリマークやっぱり田舎なんだダウン

その数日後、兄の意識は完全に戻りましたビックリマーク
しかし、何日間も菌に蝕まれた両肺には、沢山の穴がダウン

一杯書きましたが~まだまだいろいろな事が�その続き後日ビックリマーク