実は今年○月末に、実兄が他界しました。
まだ55才�
もともと小さな頃から体が弱い所はありましたが、普通に結婚し家庭を持ち両親と田舎同居していた。田舎は、暖かい南の島
あの時、1人でも、まともな看護師がいて兄の状態を察知していれば
普通に、家族と幸せな生活ができていたのに~眩まれます�
かれこれ六年前に、仕事が忙しくて体調を崩し肺炎に
町の小さな医院で経過をみていたが治らず、県立
に紹介され入院
既に両肺が肺炎に
しかし入院後の治療といったら、全く水分、食事が取れないのに、食事が出されているわ
小さな抗生物質の点滴が1日に二回のみだった
と後日分かった。(入院したのに、入院直後から、どんどん衰弱していく兄をみて、このままで死ぬでは�と両親が心配で私に
が
)
まさか肺炎で死�あの若さで�ましてや
総合
に入院治療中
心配になり、夜に
に
してみた
(こんな忙しい時に
なの�というような話の内容から伝わった
)
は、遠くに在住の為、両親からの話を聞いて
した事、状態的に帰郷しなくてよいのか�話したら、
の看護師から『特に変わりありません』との言葉で
が切れた。
直ぐに両親に『看護師から大丈夫って言われた』と両親
で報告。しかし両親は疑問の様子だが経過見るように説明した。
しかし、翌日、仕事中に両親からの
から、兄が危篤状態だから直ぐに帰って
と�『なんで��』昨夜の
じゃ何でもないっていったのに
何
時間もかかり田舎に
乗り継ぎ到着
すでに夜になっていた
凄い疑問を持ちながら直ぐに
へ。
既に呼吸器に乗って意識がない状態�なんで�
主治医からの説明で、今夜がヤマだからと~全く納得いかない
カルテを見せてもらって唖然�
あんなに高熱があり、あんな検査データ(食事どころか�水分すら飲めない状態)で、食事が普通に出て、全く点滴(水分補給)がなされていないのに
治療に
それよりも、看護師の誰一人とも、状態悪化に気づいていなかった事に怒りがこみ上げ、看護師の観察力いや看護レベルの低さに
ショックだけが~
たかが肺炎で、死なせたくない
兄が可哀想
私が絶対に、意識を戻してあげる
主治医に、出来るだけの事はして欲しいとお願いした
しかし、主治医からは、『何やっても無理です。明日までもたない』とレントゲン写真をみて話すだけ~『自分は、こんな症例は沢山みてきたが、意識が戻った人は見たことないし、今まで亡くなった人よりも、あなたの兄は状態が悪い』の一点張り
しかし、レントゲン写真をみて分かった
水分が足りない為、痰が詰まっているだけ。排痰さえ上手くいけば意識は戻ると確信
主治医に、その事を話したが『そんなハズはない
』と
馬鹿にした感じ
とりあえず納得いく出来るだけの事は欲しいと
お願い
しぶしぶ人工呼吸器(既に装置済み)、人工透析、高カロリー輸液等フルコースを~
『もうこれ以上何もする事ありません。』と
(人工透析中に心停止が一回あり心臓マッサージで戻る)既に時計の針が0時を指していた
『分かりました。ありがとうございます。後は兄の生命力に任せます』と主治医に話した~
よし
これから、私に出来る事をする
両親、親戚は帰宅させ、弟と2人病院に残った
そして、兄の所に、付き添いたいとお願いをし了解を得た
ここからが私の出番です。排痰目的で、スクイジング開始(肺に溜まった痰を手技で排出するように促す療法)
看護師ならほとんどが知っている
体の中に水分補給も充分
看護師が来るまで(痰を吸引してもらうように)ずっと、トイレにも行かず、飲まず食わずでスクイジングだけ繰り返し行う
『○○○兄、頑張って
絶対に意識戻るから
』心で兄に問いかけ頑張った
私の行動が気になるのか�(この
では、誰もやった事がないようで�興味半分、呆れ顔半分で、頻繁に看護師が来ていた)
それが良かったんです
看護師が来る度に、痰がらみが

つかさず吸引。
出るわ出るわ痰が�
どす黒い色の痰が多量に
しかし、時間の経過とともに、痰の色が少しづつ変わってきている
よしこの調子
兄に頑張れ
頑張れ
と、小さな声で(看護師に聞こえない位)話かけながらスクイジング
うっすら夜が明ける頃、兄に変化が�
吸引する度に苦痛表情が出てきて�更に体動きが活発になった為、体を抑制される状態になった
よし
意識戻った
もう少し時間がたてば、完全に覚醒するだろう~
やっぱり痰だった~ ずっと何度も危篤状態とばかり話していた主治医が、びっくりして『ずっと医者をしてきた中で、あの状態から意識が戻るとは、考えにくい
どうして痰と分かったんですか�何をしたんですか�』と、質問ぜめ
何人かの呼吸器専門の医師が兄の所に詰め寄り、私に質問
はあ�はあ�入院後からの状況、状態をみて、何一つ疑問を持つような医師、看護師が居ない大きな○立病院
やっぱり田舎なんだ
その数日後、兄の意識は完全に戻りました
しかし、何日間も菌に蝕まれた両肺には、沢山の穴が
一杯書きましたが~まだまだいろいろな事が�その続き後日
まだ55才�
もともと小さな頃から体が弱い所はありましたが、普通に結婚し家庭を持ち両親と田舎同居していた。田舎は、暖かい南の島

あの時、1人でも、まともな看護師がいて兄の状態を察知していれば
普通に、家族と幸せな生活ができていたのに~眩まれます�かれこれ六年前に、仕事が忙しくて体調を崩し肺炎に
町の小さな医院で経過をみていたが治らず、県立
に紹介され入院
既に両肺が肺炎に
しかし入院後の治療といったら、全く水分、食事が取れないのに、食事が出されているわ
小さな抗生物質の点滴が1日に二回のみだった
と後日分かった。(入院したのに、入院直後から、どんどん衰弱していく兄をみて、このままで死ぬでは�と両親が心配で私に
が
)まさか肺炎で死�あの若さで�ましてや
総合
に入院治療中
心配になり、夜に
に
してみた
(こんな忙しい時に
なの�というような話の内容から伝わった
)
は、遠くに在住の為、両親からの話を聞いて
した事、状態的に帰郷しなくてよいのか�話したら、
の看護師から『特に変わりありません』との言葉で
が切れた。 直ぐに両親に『看護師から大丈夫って言われた』と両親
で報告。しかし両親は疑問の様子だが経過見るように説明した。 しかし、翌日、仕事中に両親からの

から、兄が危篤状態だから直ぐに帰って
と�『なんで��』昨夜の
じゃ何でもないっていったのに
何
時間もかかり田舎に
乗り継ぎ到着
すでに夜になっていた

凄い疑問を持ちながら直ぐに
へ。 既に呼吸器に乗って意識がない状態�なんで�

主治医からの説明で、今夜がヤマだからと~全く納得いかない

カルテを見せてもらって唖然�
あんなに高熱があり、あんな検査データ(食事どころか�水分すら飲めない状態)で、食事が普通に出て、全く点滴(水分補給)がなされていないのに

治療に
それよりも、看護師の誰一人とも、状態悪化に気づいていなかった事に怒りがこみ上げ、看護師の観察力いや看護レベルの低さに
ショックだけが~たかが肺炎で、死なせたくない
兄が可哀想
私が絶対に、意識を戻してあげる
主治医に、出来るだけの事はして欲しいとお願いした
しかし、主治医からは、『何やっても無理です。明日までもたない』とレントゲン写真をみて話すだけ~『自分は、こんな症例は沢山みてきたが、意識が戻った人は見たことないし、今まで亡くなった人よりも、あなたの兄は状態が悪い』の一点張り
しかし、レントゲン写真をみて分かった
水分が足りない為、痰が詰まっているだけ。排痰さえ上手くいけば意識は戻ると確信
主治医に、その事を話したが『そんなハズはない
』と
馬鹿にした感じ
とりあえず納得いく出来るだけの事は欲しいと
お願い
しぶしぶ人工呼吸器(既に装置済み)、人工透析、高カロリー輸液等フルコースを~ 『もうこれ以上何もする事ありません。』と
(人工透析中に心停止が一回あり心臓マッサージで戻る)既に時計の針が0時を指していた
『分かりました。ありがとうございます。後は兄の生命力に任せます』と主治医に話した~
よし
これから、私に出来る事をする
両親、親戚は帰宅させ、弟と2人病院に残った

そして、兄の所に、付き添いたいとお願いをし了解を得た

ここからが私の出番です。排痰目的で、スクイジング開始(肺に溜まった痰を手技で排出するように促す療法)
看護師ならほとんどが知っている
体の中に水分補給も充分

看護師が来るまで(痰を吸引してもらうように)ずっと、トイレにも行かず、飲まず食わずでスクイジングだけ繰り返し行う

『○○○兄、頑張って
絶対に意識戻るから
』心で兄に問いかけ頑張った
私の行動が気になるのか�(この
では、誰もやった事がないようで�興味半分、呆れ顔半分で、頻繁に看護師が来ていた)それが良かったんです

看護師が来る度に、痰がらみが


つかさず吸引。
出るわ出るわ痰が�
どす黒い色の痰が多量に
しかし、時間の経過とともに、痰の色が少しづつ変わってきている
よしこの調子

兄に頑張れ
頑張れ
と、小さな声で(看護師に聞こえない位)話かけながらスクイジング
うっすら夜が明ける頃、兄に変化が�
吸引する度に苦痛表情が出てきて�更に体動きが活発になった為、体を抑制される状態になった

よし
意識戻った
もう少し時間がたてば、完全に覚醒するだろう~
やっぱり痰だった~ ずっと何度も危篤状態とばかり話していた主治医が、びっくりして『ずっと医者をしてきた中で、あの状態から意識が戻るとは、考えにくい
どうして痰と分かったんですか�何をしたんですか�』と、質問ぜめ
何人かの呼吸器専門の医師が兄の所に詰め寄り、私に質問
はあ�はあ�入院後からの状況、状態をみて、何一つ疑問を持つような医師、看護師が居ない大きな○立病院
やっぱり田舎なんだ
その数日後、兄の意識は完全に戻りました

しかし、何日間も菌に蝕まれた両肺には、沢山の穴が

一杯書きましたが~まだまだいろいろな事が�その続き後日
