キリスト教の教会はひとつの音響装置でもあるなどと言われます。

賛美歌や聖書の読誦や説教がいかに聖性を発揮させるか計算された設計になっています。

実はお寺の本堂も、読経や声明や法談などが効果的に響くような工夫(天井の高さや本堂の大きさに合わせた建具、高床式の構造や高座の設置など)が凝らされていたりします。

もちろん、正座したときの眼の高さや、ローソクの明かりなど視覚的効果、お香による嗅覚効果なども意識されています。

チベットやモンゴルには、「倍音声明(しょうみょう)」という読経技法があります。自分の身体を鐘のように振動させてお経を唱え、瞑想するのです。何人もの僧侶が、共に倍音声明で読経することで身心を共振させ、深い瞑想状態へと進んでいきます。

全ての宗教には私達を深い瞑想状態へと導く為に様々な計算がされています。

釈迦の編み出した瞑想法にヴィパッサナー瞑想と言うのがあります。

ヴィパッサナーとは物事をありのままに見ると言う意味のようです。

私達は、私達の脳は物事をありのままに見る事が出来ていないのでしょうか?

深い瞑想状態に入り、脳がα波優位の状態の時はβエンドルフィンが放出されやすく、このβエンドルフィンは脳内麻薬と言われおりモルヒネに大変構造が似ています。

脳内麻薬なので、それが放出された日には物凄く気持ちがいいわけです。

それでβエンドルフィンが放出されるとギャバ神経が抑制されてドーパミン が放出されやすくなります。

このドーパミン は快感と覚醒作用をもたらしますが統合失調症と同様の幻覚やパラノイアの症状がおきたりします。

また、ドーパミン が多すぎるとそれを抑制する為に脳内物質のセロトニンが働き出します。

セロトニンは強力な精神安定作用と落ち着きをもたらします。

何かのきっかけ…、宗教的儀式の働きかけによりこれらのホルモンが放出され大日如来様が頭に浮かんだので大日如来様〜と心の中で叫んだらいきなり何かに包まれて思考が停止した状態になり次に胸が熱くなりうれしくて幸せで涙が溢れて全てに感謝、ありがとうと言う心境がしばらく続いてそれはもう神聖で神秘的で至高体験なわけなのですが、それは当たり前なのですが人間の脳が作り上げた幻想、幻覚なのであります。

人間は全ての事象を脳で見て脳で感じて脳で造り出してその幻想の中を楽しんでいるわけですが、全ての事象はこの脳内ホルモンの放出によって出現するわけであります。

この脳内ホルモンの放出の具合が一人一人違うので私の見ている世界もあなたの見ている世界も全く違う世界を見ているわけであります。



このドーパミンは快感と覚醒作用をもたらしますが、これがます精神安定ありがとうという心境
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