目がすっかり良くなって、調子に乗ってスマホで長編小説を読もうとして、まずは吉川英治『新・水滸伝』を青空文庫からダウンロードした。
読み終わるまで33時間20分かかるとなっている。
子供のころに読んだ豪傑の、あの花和尚魯智深(かおしょうろちしん)や黒旋風李逵(こくせんぷうりき)の胸のすくような活躍を楽しみにしていた。
人喰い虎を素手で退治した武松(ぶしょう)が出てきて、ワクワクしていたが、18禁の出来事が延々と続き、わたしが子供のころに読んだのは、こんな部分をカットしたジャリ向けダイジェスト版だったことを知った。
41%まで読んだが、一向に梁山泊にたどり着けないから、口直しに夏目漱石『ぼっちゃん』を読むことにした。
素晴らしく歯切れよく展開していくから楽しい。
登場人物では「赤シャツ」と呼ばれる教頭が全体を惹き立てる。
映画の坊ちゃんで、森繁久彌が演じたように思うが、記憶違いか?
教頭という言葉で、およそ70年振りのあることを思い出した。
わたしは中学1年の時に、自宅が全焼して母の里に避難して、数か月をここで過ごした。
学校に通うために、真冬だったから星が瞬く早朝から最寄り駅まで2キロを歩き、西鉄大牟田線で小一時間福岡天神まで行き、西鉄市内電車に乗り換えて6駅、そこからまた約1キロ歩いて登校した。
脚力が情けないほど弱っている今から見ると、別人のような体力だ。
ある下校時の夕方、里の最寄り駅で降りて薄暗いなかを歩きだしたところで、"おい、◯◯じゃないか"と前方から名前を呼ばれた。
見ると、小学校のときのガタイの良い教頭だった。
わたしはあんまり話したことが無かったが、名前を憶えてくれていたのは、ある中学校を受験するメンバーに激励会みたいなことをされたからだろう。
そしてわたしがその中学の制帽・制服なのを見て、声を掛けられたのだ。
たぶん教頭という立場から、生徒の進学というのは大きな意味を持っているのを後で知った。
わたしだけがその中学に進学したから、小学校を預かる立場から、そのことがよほどうれしかったのだと思う。
ビックリしたのは、その教頭が泣きだしたからだ。
まさにガタイの良さでは花和尚魯智深と言うべき教頭が泣いている、鬼の目にも涙だが、その後まったく会ってないから消息は不明だ。
わたしに対して、泣いて喜んでくれたのは、前にも後にもこの教頭だけだ。
もう一度あの人に会いたい、ということがあるが、わたしはこの赤シャツとは真逆だった教頭に会いたい。
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