
【12日目】2010年12月12日
今回の旅、最大の目的である吐噶喇列島へ、奄美大島・名瀬港からフェリーで渡る。
吐噶喇列島は奄美大島と屋久島の間に点在する島々。
十島村に属し人口の最も多い中之島でも200人足らずだ。
公共交通機関は週2往復の村営フェリーのみ。航空便はない。
それ故か『日本最後の秘境』とも言われる。
十島村営フェリーとしまに乗船
十島村営のフェリーとしまは、週2往復のうち1往復が鹿児島から名瀬まで。もう1往復は鹿児島から宝島での折り返し便だ。
週1便しかない上に名瀬出港が早朝4時。
とにかく乗り遅れないように、昨晩は港からすぐの宿に宿泊していた。

早朝4時出港…早すぎ
ほとんど眠れていない状況のまま、宿を出て港へ行く。
港はすぐそこ。
全く夜が明けていないなか、出港を待つフェリーとしまが自身のライトで照らされ浮かび上がっていた。
その姿を見た時、これから吐噶喇に行く行けると思うと、万感胸に迫るのだった。
乗船口では丁寧な対応の船員に迎えられ、無事乗り込んだ。
乗船時に初めての知ったのだが、昨晩の内に乗船出来たのだ。宿泊費を浮かすことが出来たということになる。何より寝坊して乗り遅れるリスクが完全に回避出来た。

案内所のある上甲板から乗船


整然と毛布・枕が並べられた二等客室
私が利用する二等船室には、他に数える程の乗船客だ。
名瀬を出港し吐噶喇の島々に寄港する度、乗船客は増えて行くのだろう。
就航し10年程の船だが、キレイな船内で居心地は悪くない。
定刻に名瀬を出港。
宝島、小宝島、悪石島、諏訪瀬島、平島、中之島(現在は悪石島、平島、諏訪瀬島、中之島の順)、口之島に寄港し鹿児島入港は今日夜。
私は小宝島で下船する予定だ。


寝台指定客室は1区画に2段ベッドが左右に2台づつ
テレビはあるものの、誰も見る事が出来ない位置で謎

寄港中には島の子供がアイスを買いに来るとか

給食設備としては寂しいラインナップだった

基本的に開放されており持ち込みも自由だ

宝島に寄港
名瀬を出港して3時間。
ようやく夜が明けて明るくなってきた頃に、最初の寄港地・宝島に入港する。


港の大きな壁画が印象的

通船(荷役)作業は島民も協力して行う
小宝島
宝島を出港すれば小宝島はもうすぐ。
30分程で小宝島に入港する。

面積は約1平方kmで十島村の有人島一番小さい
人口50人ほど
最高峰は竹の山の約103m

お世話になります
「ご苦労様です」
渡し板を押さえてくれている島民に感謝しながら上陸。
港には宿の方が出迎えてくれていた。

島民の方が5名で通船作業をされていた。

出港の時間だ

サイドスラスターを稼働させ離岸

港内で旋回

次に会えるのは明後日
鹿児島から下って来た便だ

少なくとも明後日までは小宝島から出られない

スクリューの航跡がキレイ
入れ替わりで村の高速船ななしま2が入港。
宝島小中学校小宝島分校の生徒達を乗せ、宝島に向かうようだ。
宝島の本校で行事があるとのこと。

本来は今日の昼食から食事が付くのだが、
「簡単なものですが」
と、朝食を頂けるとの事。
そういえばまだ朝9時前だった。
朝食後に島を一周した。
30分もあれば一周できるのだが、あまりに楽しくて一周して宿に戻ると昼食の時間だった。
当時、民宿パパラギは壮年男女2名で運営していた。
2人は夫婦ではない。
女性が宿主。
女性の旧知の仲である男性が、腰の養生がてら手伝いで鹿児島から引っ越してきた。
女性の方は料理上手で、昼食で食べたパンや豆腐も手作りで野菜中心のボリュームのある美味しい食事だった。
【トカラ列島 小宝島3泊4日 に続く】