友人に誘われ佐賀市開成の
『開成珈琲うふふ』で昼飯。

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珈琲屋だけどパスタやらハンバーグなどもあるので普通に飯は食べられます。

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開成珈琲うふふの他にも「夢咲珈琲」「本庄珈琲」と数店舗あり、さいきん小城にも「織島珈琲」がオープンしてるとか。

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さっそく行ったという友人の話では、働いている新人が酷くて色々あったのでもう行かないと含みつつもやや辛口コメント。

何があった?( ̄ロ ̄;)

店の広さと接客からしてうふふの珈琲屋は本庄が一番マシらしいです。

じゃあナゼ開成の珈琲屋に誘ったのかと聞くと、接客はビミョーだけど、別に料理は同じだし、ココ(開成)は他に比べたら客が少ないからだそうだ。

オォ…、(^o^;)
言うね、言うよね。
相変わらず言うよね~(^_^;)

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■開成珈琲うふふ
■佐賀県佐賀市開成5-5-8
■TEL 0952-30-2092
■営業時間 11時~22時
■不定休、P有
■ランチタイム11時~14時







友人に誘われ二度目の晩飯を食べに佐賀市内の『三九ラーメン』に。

三九ラーメンといって「あれ?」と思う人は佐賀ラーメン好き。

あの三九ラーメンが火災から復活したワケではなく、390円ラーメンということでオープンした何の関係もない三九ラーメンです。

場所は国道34号、北バイの佐賀市鍋島の森田交差点。
ラーメン屋になる前は天ぷら屋で、その前は回転寿司、その前も回転寿司屋だった微妙に駐車しずらい場所にあるお店です。

オープン前、天ぷら屋がラーメン屋に変わるのを見ながら、店名があの三九ラーメンとかぶっていたので、なかなかふざけてるわ~と足を運ぶのを躊躇ってましたが、友人から誘われたのをキッカケに今回行ってみようと来た次第です。

店に入ったのは夜の23時頃。
営業は深夜0時迄のようです。

食券制にて入口で券を購入。
メニューは主に基本の「豚骨」「赤(辛口)」「黒(ニンニク)」「醤油」と分けられており、豚骨と醤油は390円で、赤と黒は480円~、その他チャーシュー麺などトッピングがあります。

店内は以前の天ぷら・寿司屋同様、中央をカウンターで囲むつくりで前よりかはシンプルになってます。
店内の照明が前より明るくなったことで天ぷら屋に比べ寂しい雰囲気をあまり感じさせなくなりました。

何でしょうかね、先入観があるからかいつも適当なのにワリと普通に説明をしてしまいます。

とりあえず今回は豚骨ラーメン(390円)のみを注文。

麺は細麺。替え玉100円。
ペラペラなチャーシュー。
スープは今どきの濃い味。
終業前だからか?背脂結構多い。
にんにくも効いてます。
卓上には後乗せサービスの辛子高菜や紅生姜はありません。

正直、想像していたよりは全然普通に食べられるのがナゼか逆に悔しいです。(あの三九ラーメンを知ってる人ほど悔しいと思います)

私的には名前から気にくわないのですが、まわりから案外評判がいいのもうなずけます。(特に若者受けがよい、これ大事ですよね)

コンビニで298円の高いインスタントラーメンを買って食べるか、それとも100円プラスしてこのラーメンを食べるか~、となれば後者になるのでしょうね。

でも私は誘われない限り自分からは来ませんけど。






■三九ラーメン(390円ラーメン)
■佐賀県佐賀市鍋島町森田406
■営業 11時~15時、17時~0時迄
■不定休、P有、


閉めきった部屋に帰ってきたら
ちょこんと座るウサギがいました。



あれ?しろちゃ先輩ぢゃん、
アンタ小屋に入ってたハズなのに。

真っ暗な中、小屋から脱け出し
カーテンから漏れる光をじっと見つめて一体何を思ってる?



まぁまぁ、
ウサギも色々大変だろうけど
人間様も案外大変なんだよ。

悩んでたって始まらないさ。

一緒に日向ぼっこでもして
ごろ寝でもしようかね~。







桜散る雨の夕方、友人と佐賀県小城市にある『天山神社』の肥前鳥居を見に行く。

天山神社(岩蔵天山神社)ということで、当神社は天山(標高1046m)に鎮座する天山神社の下宮となっています。

祭神は多紀理比売命(たぎりひめのみこと)、市杵島(いちきしま)比売命、多紀都(たぎつ)比売命。


隣には平安初期に創建した雲海山岩蔵寺で、神社の川向こうは天山酒造(1875年創業)があります。

参道入口には真新しい一の鳥居。



それもそのはず。
本来なら小城藩主鍋島直能が寛文5年(1665年)に建立した一の鳥居が建っているのですが、平成13年にトラックとの接触で倒壊したそうです。

駐車場の隅にある大きな石柱みたいなものはひょっとしたら肥前鳥居の柱の一部なのかもしれません。



一の肥前鳥居の先には二の鳥居



慶長17年(1612年)佐賀藩祖鍋島直茂、初代勝茂、小城藩初代元茂、神代家良によって寄進された鳥居です。



夕暮れ時の曇った日でしたが、神社での挨拶は気持ちのよいもんでした。



肥前狛犬も見守ってくれてるしね。








『岩蔵天山神社』
天山神社は、天山近くに上宮を、下宮を晴気・岩蔵及び唐津市厳木町広瀬の三社を祀る。
勧請記によると大宝2年(702)九郎安平が文武天皇の口宣を蒙り、建立した。
祭神は多紀理姫命・市寸島姫命、多紀都姫命である。
天正18年(1590)に鍋島直茂により社殿を再建されている。天山神社には二つの鳥居がある。一の鳥居は小城藩二代藩主鍋島直能が寛文5年(1665)に建立・寄進したものである。現在のものは再建されたものである。
二の鳥居は慶長17年(1612)佐賀藩祖鍋島直茂、初代勝茂、小城藩初代元茂、神代家良によって寄進されたものである。小城藩の祈願所として崇敬された。
元録11年(1698)には鍋島直能は萱葺を瓦葺として遷宮の式典を行った。
天山神社の祭礼は毎年5日1日の御田祭、10月15日の祭礼(供日)が知られる。10月15日の祭礼は天正年間以来、小城郡七郷と多久納所で大行司、小行司に分かれ隔年に注連元を勤めてきたが、寛永14・15年(1637~8)の島原の乱のとき小城藩家老持永助左衛門は天山神社に戦勝祈願をし、祈願成就のため小城郡七郷と納所を二つ分け両注連元で石木刈より行列をしたてて参詣したことが例となったという。岩蔵六ヶ村は注連元から除いて、前日の10月14日夜に浮立・狂言を興行するのを例とした。現在は10月15日に近い日曜日を祭日とする。

~天山神社の案内板より。








■佐賀県天山神社(岩蔵天山神社)
■佐賀県小城市小城町岩蔵2348
■一の鳥居 寛文5年(1665年)
■二の鳥居 慶長17年(1612年)
■ただし一の鳥居は再建



佐賀県唐津市七山方面の温泉に浸かりに向かった途中、気になる建物を見かける。

もしかして、もしかして、
いや、もしかして、もしかして~

過ぎた道をUターンし、その建物近くに車を停めてみる。



既に使われてない工場跡のような、でも学校に見えなくもないような~。

校庭のような広場はゲートボール場として活用されていました。

隅にあるのは植樹記念碑?



ちょうどゲートボールをされていたお姉様方が休憩中だったので、挨拶をして話を聞いたところ、

以前は馬川小学校だということで、廃校後、材木所になり、そして現在は放置状態だということです。
(あくまでも会話の中の情報なので確証はないです)



時代の変化で最近はどこも少子化や過疎化、合併で廃校した場所など多いですからね。

建物もこの他にもあったそうですが、取り壊して、現在残っているのはココと取り壊された跡の広場のみ。



春は桜が見頃で、この近くを通った人はたまに車を停めて桜の写真を撮っていくとか。
なので桜も散って何もない場所を撮ってる私が逆に珍しかったみたいです。

私が七山温泉が休みだったので、もう帰ろうとしていると話したら、

「じゃあアンタ、せっかくここに来たとやけん、ななのゆに入って行きんしゃい」

「あそこの湯は良かけん入っとかんば」

「七山の湯にアンタ入って、そんあと新鮮か野菜でも買うてかんね、福岡から来んさった人は、よぉ買うて行きよんさぁよ」

と皆さん同じような意見を勢いよくバラバラに言うてくれるので、帰りに「鳴神温泉 ななのゆ」に寄って帰る事にしました。

ま、ななのゆも久々だし、一応寄るつもりだったんだけどね。
でも、この場所が元学校だったと知れただけでもよかったわ。


あ、これもどうでもよい話ですが、
ゲートボールをしていたお姉様方に腕に付けているハイテク機械(点数を計算するもの)は何ですか?と尋ねたら、

「こげな古か機械ば知らんとね?昔からあったとよ、アンタも古かね~」

と笑いながら突っ込みが入ったのには、何かわからないけどちょっと負けた気がしました。