桜散る雨の夕方、友人と佐賀県小城市にある『天山神社』の肥前鳥居を見に行く。
天山神社(岩蔵天山神社)ということで、当神社は天山(標高1046m)に鎮座する天山神社の下宮となっています。
祭神は多紀理比売命(たぎりひめのみこと)、市杵島(いちきしま)比売命、多紀都(たぎつ)比売命。
隣には平安初期に創建した雲海山岩蔵寺で、神社の川向こうは天山酒造(1875年創業)があります。
参道入口には真新しい一の鳥居。
それもそのはず。
本来なら小城藩主鍋島直能が寛文5年(1665年)に建立した一の鳥居が建っているのですが、平成13年にトラックとの接触で倒壊したそうです。
駐車場の隅にある大きな石柱みたいなものはひょっとしたら肥前鳥居の柱の一部なのかもしれません。
一の肥前鳥居の先には二の鳥居
慶長17年(1612年)佐賀藩祖鍋島直茂、初代勝茂、小城藩初代元茂、神代家良によって寄進された鳥居です。
夕暮れ時の曇った日でしたが、神社での挨拶は気持ちのよいもんでした。
肥前狛犬も見守ってくれてるしね。
『岩蔵天山神社』
天山神社は、天山近くに上宮を、下宮を晴気・岩蔵及び唐津市厳木町広瀬の三社を祀る。
勧請記によると大宝2年(702)九郎安平が文武天皇の口宣を蒙り、建立した。
祭神は多紀理姫命・市寸島姫命、多紀都姫命である。
天正18年(1590)に鍋島直茂により社殿を再建されている。天山神社には二つの鳥居がある。一の鳥居は小城藩二代藩主鍋島直能が寛文5年(1665)に建立・寄進したものである。現在のものは再建されたものである。
二の鳥居は慶長17年(1612)佐賀藩祖鍋島直茂、初代勝茂、小城藩初代元茂、神代家良によって寄進されたものである。小城藩の祈願所として崇敬された。
元録11年(1698)には鍋島直能は萱葺を瓦葺として遷宮の式典を行った。
天山神社の祭礼は毎年5日1日の御田祭、10月15日の祭礼(供日)が知られる。10月15日の祭礼は天正年間以来、小城郡七郷と多久納所で大行司、小行司に分かれ隔年に注連元を勤めてきたが、寛永14・15年(1637~8)の島原の乱のとき小城藩家老持永助左衛門は天山神社に戦勝祈願をし、祈願成就のため小城郡七郷と納所を二つ分け両注連元で石木刈より行列をしたてて参詣したことが例となったという。岩蔵六ヶ村は注連元から除いて、前日の10月14日夜に浮立・狂言を興行するのを例とした。現在は10月15日に近い日曜日を祭日とする。
~天山神社の案内板より。
■佐賀県天山神社(岩蔵天山神社)
■佐賀県小城市小城町岩蔵2348
■一の鳥居 寛文5年(1665年)
■二の鳥居 慶長17年(1612年)
■ただし一の鳥居は再建
