今日、自転車で2時間半かけて、学校に行った。




間違いなく、最高。

今日はそのあらすじを語るとする。



早朝5時半を回った頃、僕は家を出て土手に向かう。

日の昇りきらない街は静かに息をしていた。

川沿いを音楽と共に進む。

途中の悪路は許容範囲として、朝霧に包まれた水門は名前の通り僕にとっては鬼門だった。

歩道のない国道はなんというか、目に見える恐ろしさがある。

この世でいちばん怖いものは目に見える恐ろしさだと確信した。

死の想像が容易に出来てしまう。

そんなことを頭の隅で感じながら山を超える。


山を背中につけた辺りで、僕は手袋を外した。

この時期でさえも、自転車を漕ぐと暑くなってしまう。

始発電車を確認し、霧の田園を颯爽と走る。走る。走る。


少し街に出ると、そこは遍路だった。歩道と呼べる歩道ではなく、歩道と呼んでいるだけの雑道であった。

自転車は進む。工業港に行くトラックの赤い点灯の点滅が、その地域特有の交通事情を僕に丁寧に教えてくれた。

そのおかげで国道には家庭車しかいなくなり、快適に進む。

道を間違えることもあったが、問題にする程ではない。


そして、遂にショッピングモールに出た。


この地点に来ると、ついに学校のある場所、または街に入ったと思えるのだ。

途中のコンビニで昼飯を余分に買い、マクドナルドで友達が来るのを30分ほど待つ。

「朝マック」というものを知らない田舎者はポテトを頼んだ。手袋を外した手はキンキンに冷えていた。


8時頃に合流し、ようやく朝飯を拵え、学校に向かう。

2車線バイパスの歩道は流石に気持ちいい。

自転車の墓場を教えて貰った。今漕いでいる自転車も捨てられた自転車も、本質は変わらないのだ。

生か死か。

それだけで見方は変わってしまう。血流は無いくせに。


橋を渡り、中学生の真ん中を突っ切った時は爽快だった。

跨線橋を渡り、いよいよ校舎が見えた。

言うまでもなく、達成感に満ちた僕の顔は、ここ最近の不安や悩みを一切感じさせない純粋な笑顔だったと思う。

校舎で食べた朝マックの味は格別だった。



これが往路のあらすじになる。

なんと幸せか?それでいい。

今誰もが そんなふうに なって

忘れたこと 思い出せるかな