舟を編む/三浦しをん ☆☆☆☆☆
最高に面白かった!!!
本屋さん大賞だし帯が雲田はるこだし気になっていたのだけど、最初の10ページ目からもうゾクゾクするほど面白かった!!!
おもしろポイント
①魂を賭して何事かをやり遂げる人々の美しさ
②キャラクターが立ってて魅力的
③日本語を、言葉を知ることや使うことの尊さ
④さらっと読みやすいのに、じんとする一文がある
を身に染みて感じることができる作品。
出版社を去らなくてはいけない荒木が後任として選んだ馬締という不器用な青年を中心とした、何十年にも及ぶ辞書作成の道のりと携わる人々の生きざまを描いたストーリーとなっている。
まず①は、登場人物全員が、辞書作成だけでなく真摯に仕事に向き合い生きている。
「荒木君と辞書を作れて、本当によかった。きみがどんなにがんばって探してくれても、きみのような編集者とは、きっともう二度と出会えないでしょう」
「なぜ、新しい辞書の名を「大渡海」にしたかわかるか。辞書は、言葉の海を渡る舟だ
ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いを誰かに届けるために。
もし辞書がなかったら、俺たちは漠然とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」
「すみません。相手にも同等かそれ以上の真剣さを求めてしまうのが、俺の悪いところです」
有限の時間しか持たない人間が、広く深い言葉の海に力を合わせて漕ぎだしていく。こわいけれど、楽しい。やめたくないと思う。真理に迫るために、いつまでだってこの舟に乗り続けていたい。
歓声が上がった。開発担当者が両手を挙げ、開発部長と営業部長は握手を交わし、宮本と営業課長は感極まってひっしと抱き合っている。岸辺は、中年男性がこんなに手放しで喜ぶ姿をはじめて見た。
②登場人物
主人公の馬締も、不器用で口下手で気がきかなくて見た目も冴えなくて、でも辞書作成という自分の特性を活かせる場所に来てからは情熱的に、異常とも言える執念を燃やして突き進んでゆくとても魅力的で愛せる人物だ。
でも私がすごく共感したのは、馬締を部署に引っ張ってきた西岡だ。
最初は軽薄で馬締を軽んでいて松本や荒木等の辞書作成の中心人物からも若干信用が薄くて、何だこいつと思った。
でも、話が進んでゆくうちに、最も読者に近い存在であり、かつだからこそ憎めない人物であることに気づく。
西岡はやっと人数が増えた、と思った辞書編集部から他部署へと異動となってしまう。西岡は西岡なりにやる気を持って、自分なりのやり方で取り組んできたにもかかわらず途中退場となってしまう。
また、異常ともいえる馬締の辞書への情熱を目の当たりにして、自分には無理だと、ここまで自分を賭すことはできないと思いながら、その能力に嫉妬する自分を感じることになる。
そのことに対しての鬱積や悔しさ,超人とも言えるような情熱的な人々のなかにおいて「なんでそこまでできるんだ」という視点にそれは読者に最も近い感覚で抱えながらも、西岡は対外関係交渉の下手な馬締のための引き継ぎや根回しをきっちりと行ってゆく。
それはもちろん馬締の人柄や真面目さ、仕事に対する実直で熱い情熱に影響されたものは大きいけど、それでもそうやって自分のできることを全力で全うしてゆく姿勢は素晴らしいし、報われてほしいと切に願わせるものがある。
そして、その場面は来てくれる。
「西岡さん、俺は、西岡さんが異動になること、本当に残念です。『大渡海』を血の通った辞書にするためにも、西岡さんは辞書編集部に絶対に必要なひとなのに」
なるべくまばたきを減らして、パソコン画面を見据えるようにした。うっかりすると泣いてしまいそうだ。
うれしかった。もし、馬締以外のものが言ったのなら、同情か心にもない慰めだと受け取っただろう。西岡にはわかった。馬締の言葉は真情から発されたものだ。
そんな馬締の言葉だからこそ、西岡は救われる。要領が悪く、嘘もおべっかも言えず、辞書について真面目に考えるしか能のない馬締の言葉だからこそ、信じることができる。
認めてもらえるからこそ自分のなかにもある情熱に気づくことができて、目をそらさない生き方をするようになる。それが本当に嬉しかった。
欲を言えば、元から関わっていた馬締以外の人間が若干西岡を軽んじている節があるので、そのあたりの人々にも認めてあげてほしかったのと、何で馬締をスカウトすることを提案したのかの明確な理由がなかったような印象だけど、まあいいとする。
③日本語を、言葉を知ることや使うことの尊さ
どれだけ言葉を集めても、解釈し定義づけをしても、辞書に本当の意味での完成はない。
一冊の辞書にまとめることができたと思った瞬間に、再び言葉は捕獲できない蠢きとなって、すりぬけ、形を変えていってしまう。辞書づくりに携わったものたちの労力と情熱を軽やかに笑い飛ばし、もう一度ちゃんとつかまえてごらんと挑発するかのように。
馬締にできるのはただ、言葉の終りなき運動、膨大な熱量の、一瞬のありさまをより正確にすくいとり、文字に記すことだけだ。
なにかを生み出すためには、言葉がいる。岸辺はふと、はるか昔に地球上を覆っていたという、生命が誕生するまえの海を想像した。
混沌とし、ただ蠢くばかりだった濃厚な液体を。ひとのなかにも、同じような海がある。そこに言葉という落雷があってはじめて、すべては生まれてくる。
愛も、心も。言葉によって象られ、暗い海から浮かび上がってくる。
これに尽きると思う。全ての感情も物事もこの世の事象全てを認識して象って他者と共有するもの、それが言葉であるということ、その尊さを改めておもわされた。
④さらっと読みやすいのに、じんとする一文がある
同時に荒木は、新たなる使命が胸に宿ったのも感じていた。親愛とさびしさと行く手に対する不安をたたえた、松本先生の表情を目にした瞬間に。
濡れたように青く光って見つめてくる香具矢の目は、このうえなくうつくしかった。
松本先生は顔を上げ、うつくしい蝶をつかまえた少年のように微笑んだ。
全体的には凄く軽やかな文体だけれど、好きな一文がいくつかある。
出会えてよかった。