『脳卒中患者の歩行の再建、再学習』

 

病院を退院され、外来リハ、訪問リハなどで長い期間リハをつけている方がいます。その多くの方が、痙縮などの問題で動けるけど動いた後に身体が硬くなる、痛みが出る!そして、退院時より身体の動きが悪くなったと言う方が多い印象です。

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これに対して、療法士がコンディショニングと称してマッサージを行い、これがまた批判の対象になっています。

それでは、そもそも何が問題なのでしょうか?

 

一つは、運動学習は確かに困難な運動を具体的に行った方がいい事は否定しません。しかし、それはあくまで骨折後の方の様に身体のコンディションがいい状態での話です。

脳卒中片麻痺の様な方の身体、脳などのコンディションはどうでしょうか?

前述した長々とリハに依存している方の特徴は、身体の使える所、使えない所のギャップが大きく、その為に痙縮が増大したり、痛みが出たりします。

 

 

要は腹部を使う様な運動か出来なかったり、学習されていなと言う側面を多くの方が有しています。

 

その為に、リハの継続が必要だったり、その身体的なニーズを改善する為にマッサージが必要だったりします。これは、ある種当然の結果だと思います。

では、どうすればいいか?

 

入院中のリハの中で、歩行再建の為の身体のコンディショニングをする必要があります。具体的には、赤ちゃんの発達で見られる様な、様々な身体の動きをして、歩行に本当に必要な身体活動を再学習する事です。

腹臥位も必要でしょう、麻痺側への寝返りも必要でしょう!しっかりした起き上がり、立ち上がりなども!

 

歩行をシステムと考えるなら、再建も身体の多くの活動がベースにあり、歩行が出来ると言うことが生活には重要です。

 

入院期間短縮により、歩行を急ぐあまりに、回復期では歩行可能となっても、生活期でリハを続けなければならないとなると医療費は軽減できても、介護費用がかさみ、ただの先送りに過ぎない様な気がします。

 

もう一度、歩行再建に関して議論が必要な時期に来ているかもしれません!

 
   「マッサージすることが悪い?」 本当にそうか?

 

 巷では、療法士がマッサージばかりしていてリハビリをやっていない。だから、「療法士はマッサージ禁止にしたら」という様な意見がある。

  これはあたかも、「小学生が携帯を持っていると勉強しないから、取り上げた方がいい」という論調と同じである。

   

 30数年前、勉強会や学術的な発表で「マッサージ」という言葉を使うと大ベテランの先生からお叱りを受けたものである。「理学療法士はマッサージ師ではない!運動療法をやるのが理学療法士で、マッサージはマッサージ師に任せなさい」という論理だった。

マッサージ師さんの助手的な方も現在ではほとんどいなくなり、マッサージという手技を使っている現在、30数年前と同じ前述のような意見が出てくる。

    

   果たしてマッサージをする、しないの問題なのでしょうか?

    

   理学療法士は運動療法だけやっていれば、機能回復、運動学習が達成できるのでしょうか?

   

 身体のコンディショニングの為には、マッサージが有効な手段であり、だからこそ多くの理学療法士が用いている。

 

 要は、マッサージという手段を使うことを批判するのではなく、前述の小学生の携帯と同じく、「どのように使うか?」が問題の本質であろう。

    

 だからこそリハ・コンディショニングという概念に基づいて、運動学習を前提としたコンディショニングであって、そこにマッサージなどの手技を使うことは何の問題も生じない。

 ただ、運動学習を前提としないマッサージをただ単にやっているから批判されているに過ぎない。

 

    30年前に逆戻りする、ナンセンスは議論である。

  

  


「回復期リハ病棟のもたらしたマイナス」

 一日3時間、365日リハビリを謳って期待されて回復期リハ病棟が導入された。患者さんにもたらされた多くのプラス、療法士業界にもたらされた需要、そしてシステム化と「明」の部分では大きなメリットもありました。

 一方、療法士の質の低下が各方面から言われる中、回復期リハ病棟の導入によって、さらに問題が助長されたと思われる点もあります。

①今までもマネジメントが不十分だった組織に急激にスタッフが増えて、さらにマネジメントが不十分に(中堅、ベテラン職員の不足)

 

②上記の事もあり、スタッフ教育が不十分

 

③新人が多く、例えば1時間の診療時間を有効に使う、知識、技術を伴っていない

 

④機能回復に視点が移り、リハビリテーション本来の理念が希薄になっている(従来の機能訓練に逆戻り)

 

⑤当然、「活動、参加」という視点は薄くなる

 

⑥その機能訓練も新人が多く、不十分ために回復期とはいえ、患者さんの潜在能力を十分に引き出さないまま退院時時期になる。次に上手くつなぐ事が不十分だと、永遠とリハを必要とする患者だ増殖する。

 

⑦地域包括ケアと言われるが、療法士は外ではなく、どんどん内向きになっている

  などなど、挙げればもっとありますが・・・・・。

 病院の中にいると危機感が見えてこない場合もあります。もっと外へ目を向けましょう!

 

このままで行くと、ことごとく政策誘導されないと変われない業界になっていきます。


『触れる』

「職人」
・五感を大切にする
・言葉による教育はしない
・自分が納得できる仕事がしたい(一に自負、二に報酬)

「エンジニア」
・科学的原理と経験知を大切にする
・知識と数式で教育する
・大きい仕事がしたい(組織人であることに抵抗がない)

療法士の技術はサイエンスとアートの部分が有ると言われている。エビデンスが重視されてから、より科学的、論理的側面が重視され上記のエンジニア的な要素で教育され、実践することがお多くなって来ている。

しかし、確実に技術的に日々進歩、成長を目指している人は職人的な身体の使い方、触れ方をしている。それは、患者さんと同化して、しかも綺麗な効率的な動きをしている。

いろんな職人、芸で勝負する人達は一応に動きに無駄がなく、洗礼されている。それこそが、日々の探求、研究の蓄積で、身に染み込んだもので有る。

臨床で患者さんに触れる場合、『なぜ、そこに触れるのか?』、『なぜ、その触れ方なのか?』、『なぜ、その方向に手を動かすのか?』など、自然に身体、手が動いていても、必ず意味が有るはずである。

エビデンス、サイエンスだといって、その辺の手の触れ方が雑な場合、外から見ていたら直ぐに何の意図も無く、単に操作的に触れていることが分かる。

どの様に触れているかで、その人の臨床での経験、歴史、そして自負、プライドなどが見え隠れしないだろうか?

そんな所をもう一度点検してみたい!

現役理学療法士による、リハビリ職者を目指す人のためのサイト「POST」に私のインタビュー記事が第1回から第4回まで掲載されています。お時間がある時にご覧ください。

臨床に中で私が考えていることを2時間に渡りインタビューして頂き、

6回分の記事に簡潔にまとめて頂いています。



http://1post.jp/2016/04/06/interview175_pt_morohashi01/



目次...
【第1回】「患者さん」か「患者さま」か
【第2回】コンディショニングと運動学習
【第3回】臨床は考えないほうがいい?
【第4回】筋緊張をコントロールする呼びかけ方
【第5回】修行の期間はいつ?※来週配信
【第6回】人の潜在能力を出す専門家