英語を多少なりともかじった者なら誰しも、冠詞の使い分けに頭を悩ませた経験があるだろう
aとtheと無冠詞のいったいどれなのか、原則はあるにせよ例外が多過ぎて、とどのつまりは慣れるしかない
日本人からすれば、冠詞など実にささいな問題に思えるのだが、ネイティブにとってはどうもそうではないようだ
例えば本来は数えられる名詞であるべき“dog”などという単語が
“a dog”でも“dogs”でも“the dog”でも“the dogs”でもなく、剥き出しのまま文中に“dog”と現れた場合
一匹ずつ分離した個体としての犬ではなく
輪郭を持たない
ゲル状の
犬を絞ったジュースのような映像が頭に浮かぶらしい
ところでジュースと言えば、私は駅ナカやデパ地下にあるジューススタンドによく行く
店頭に山積みされた旬のフルーツを見ていると、童心に帰ってつい目移りしてしまう
さて今日はどれにしようかな
りんご
みかん
いちご
バナナ
キウイ
チワワ
…おや?
私は目を擦る
りんご
みかん
いちご
バナナ
キウイ
パグ
どうも疲れているみたいだ、最近忙しかったからなあ
…どれどれ
りんご
みかん
いちご
バナナ
キウイ
ミックス
ほらね
おねえさーん、ミックスのラージくださーい
はーい
ただいま絞りまーす
ウィーン
わんわんわんわん
キュイーン
きゃい~ん
ガリガリガリガリ
ゴポポポポポポポ
トクットクットクットクッ
お待たせしましたーチワワとパグのミックス犬でーす
やっぱり犬かい
仕方ない
ごきゅっごきゅっごきゅっごきゅっ
く~ッ、マズいーッ
…もう一杯!
そういえば八名信夫ってまだ生きとったんかな
うちの近所を回ってるゴミ収集のオジサンが、八名信夫によく似ているのだ
で、こないだ八名信夫の乗った回収車が来たから、急いでゴミ出そうとしてたら
向かいのマンションのベランダから、なぜだかちいさな子どもがふたり絶叫してる
児童虐待か、いや違うな
ありがとうございまーすありがとうございまーすいつもありがとうございまーす…
ゴミ屋に向かってありがとうありがとう延々叫んでいる
ただならぬ悲痛なトーンに、近所の犬が吠えはじめた
どうやら親の躾らしい
母親が幼い兄弟の背後で厳しい目を光らせている
八名信夫は照れくさそうに微笑みながら手を振っている
その口元には歯が一本も無い
私はとても不快になる
おそらくお受験に備えて挨拶の練習のつもりだろうが
親はゴミ屋のオジサンのことなど全く眼中に無いのだ
もし子どもが「大人になったらゴミ屋になりたい」なんて言い出したら、きっとシバキ回すにちがいない
子どもは訳も分からず叫んでいる
母親は背後から監視している
犬はしきりに吠えている
ゴミ屋のオジサンは歯が一本もない
表面上は濃密なコミュニケーションに見えるが、この場に居る誰ひとりとして心がつうじあってはいないのだ
あーウルセーなウルセーな
なあ、ゴミ屋のオッサンよ
収集車にみんなまとめて放り込んじまいな
ゴミ屋はゴミ片付けんのが仕事だろ
ウルセー犬、パッカーに突っ込んで回したれや
ウィーン
わんわんわんわん
キュイーン
きゃい~ん
メリメリメリメリ
ゴポポポポポポポ
トクットクットクットクッ
真っ赤に泡立つカクテルに
ゴロリと目玉が浮かんでる
これがホントのレッドアイ
塩を振ったらソルティードッグ
ついでにママゴンも放り込め
ミルキーはママの味
ガキ共よ、カルーアミルクは甘いだろ
最後にお前らも片付けてやる
ウィーン
ありがとうございますありがとうございますいつもありがとうござ
メリメリメリメリ
ゴポポポポポポポ
トクットクットクットクッ
さあ飲めイッキだ八名信夫
ごきゅっごきゅっごきゅっごきゅっ
く~ッ、マズいーッ
…もう一杯!
ん?
もう一杯!
なんだよオレのほう見んなよ
もう一杯!
ま、待て
もう一杯!
こ、コラッ
ウィーン
ああっ
メリメリメリメリ
ゴポポポポポポポ
トクットクットクットクッ
ごきゅっごきゅっごきゅっごきゅっ
く~ッ、マズいーッ
…もういらない!
そして誰もいなくなった。