(前回のつづき)
子どもたちのあいだで、突如として妙なものがはやりだすことがある
当時私たち六年二組では、楳図かずおのマンガの貸し借りがきっかけとなって、時ならぬオカルトブームが到来していた
重永を「呪う」という、一見唐突な発想にはそうした背景があった訳である
インターネットなど存在せず、大型書店すら数少なかった時代のこと、資料集めは困難を極めたが
我々『丑の刻参り実行委員会』は何とか1週間で報告書を纏め上げ、執行委員会に諮ることとなった
以下はその報告書の要旨:
1)藁で作った人形に、呪い殺したい相手の名前と年齢を書いた紙を貼り付ける
2)白装束で一本足の下駄を履く
3)腰には守り刀を差し、首から円い鏡を紐でぶら下げる
4)五徳(火鉢に使うやかんかけ)の足に火のついたロウソクを立て、頭に被る
5)右手に金づち、左手に藁人形を持って
6)丑の刻(真夜中の2時)に神社へ行き
7)呪文を唱えながら、杉の木に五寸釘で藁人形を打ちつける
以下は執行委員会議事録の要旨:
「クレイジー」
「マジキチやな」
「ムリやろ」
「白装束て…」
「とりあえず白かったらエエ。体操服上下で間に合わせよう」
「刀は?」
「模造刀を用意する。うちには真剣もあるが、そこまでする必要はない」
「きょうび火鉢の五徳なんかあるか?」
「さすがに火鉢はないな。代わりにガスレンジの五徳にロウソクを立てて、手に持つことにしよう。灯りになる」
「下駄は近所迷惑やからやめとこう。通報されたら困る。よって全員ビーサンで集合」
「途中で誰かに見られたら恥さらしやな。夜中の2時に体操服て…アヤし過ぎる」
「うちのオヤジに神社までクルマで送ってもらえばいい」
「畑にある藁は肥料用で使えん。臭すぎ」
「スーパーで藁に包んだ納豆売っとるやろ、あれ1ダースも買えば充分」
「重永ていま何歳や、誰か知らんか?」
「それは調査済み。こないだ誕生日で49歳になったとこや」
「死苦か、そいつは縁起がいいね」
「いつ決行する」
「ちょうど来週の土曜が仏滅にあたる。皆うちに泊まりに来い」
「異議無し!」
藁人形制作班の指揮のもと
準備に明け暮れた慌ただしい1週間は瞬く間に過ぎ去り
私たち実行班はクラスみんなの期待を背負っていよいよ決行の夜を迎えた
我々が向かった「多野神社」(仮名)の石碑には、戦国時代末期、織田信長の軍勢に攻め滅ぼされ
皆殺しにされた地元豪族、多野氏一族の霊を鎮めるために建立された、との文言が刻まれている
さらにロケーションが阪急電車の線路沿いであり
神社前ではこれまで何人もの飛び込み自殺者、または事故による死亡者が出ている
実はおととし平成21年にも、踏切を渡って境内に入ろうとした障害者の方が
電動車椅子の車輪を誤ってレールの隙間に脱輪させ、身動き出来なくなっているところを特急電車にはねられる、という痛ましい事故があった
私はたまたま事故処理の現場を通りかかったが
捜査員が袋を片手に長い箸のような道具で、何やら禍々しいカケラを拾い集めていた
鉄道事故とは無惨なものである
実に罰当たりな話だが、当時の私たちには呪いの舞台として、これ以上ふさわしい場所はないように思われたのだった
そして草木も眠る丑三つ時
送迎のクルマから降りた私たち実行班は
鳥居をくぐり鎮守の森を踏み分け、昼間あらかじめ目印を付けておいた場所へと一目散に向かった
私は委員長として、右手には金づち、左手には藁人形を預かっている
副委員長は腰にワニ革のベルトを巻いて刀を差し
書記長は円い手鏡を首からぶら下げ
残りの者はガスレンジの五徳にロウソクを立てて手に持っている
全員白い体操服につばなしの体操帽
足元はビーチサンダル
珍妙ないでたちの男子小学生の一団は
森を歩くこと15分
目標の杉の大木に辿り着いた
藁人形の頭部には、以下の如く墨書された御札が貼り付けてある
鬼鬼鬼鬼北鬼鬼鬼鬼
鬼 鬼
鬼 重永光子 鬼
西 丑:人形書 東
鬼 享年四十九歳 鬼
鬼 鬼
鬼鬼鬼鬼南鬼鬼鬼鬼
儀式は全員で紙に書いた呪文を唱えながら、かわるがわる金づちで五寸釘を打つ作法にて執り行われる
私たちは杉の木の前で暫しの間黙想して
これまで重永に受けた辛い仕打ちを思い思いに振り返り、集中力を高めた
いざっ!
怨ッ!
カーン…
真夜中の森
五寸釘を打つ音が静寂を貫く
おんをりきりていめいりて
カーン…
いめいわやしまれいそはかっ!
カーン…
怨ッ!
カーン…
重永光子ッ!我ら六年二組一同の怨み
受けてみよっ!
カーン…
最期に私が渾身の一打を放つ
来週の水曜日
おまえは
教職員親睦ソフトボール大会にて
衆人監視のもと
白昼無惨な死を遂げる
呪いの五寸釘で
額を打ち抜かれて死ねーッ!
カーン…
鎮守の森にふたたび静寂が戻った
儀式は終わったのだ
家に帰った私は自分の身体が汗びっしょりだったことにはじめて気づいた
私たちはお互い物も言わず
緊張感から来る疲労と
遂に一線を踏み越えてしまったという罪悪感に塗れつつ
ただひたすら
泥のように眠った。
(つづく)
