まぶたがわたしを閉じてから -17ページ目

(前回のつづき)


子どもたちは実験が大好きだ




小西先生は白けきった教室の雰囲気をここで挽回しようと




実験を説明する声にいっそうの力を込めた




はいはいよく見て




このアクリル板をこうやって




ゴシゴシと勢いよく頭に擦りつけまーす




するとこんなふうに




髪の毛が逆立つんだねー




おー、とみんなからの歓声




見事なものだ




先生の髪の毛が隙間もないくらいびっしりとアクリル板に吸いついている




さては相当練習したな




どうやら何かコツがあるらしい




小学校六年生の実験としてはあまりに幼稚じゃないかと内心思っていたが




一方で静電気が発生する原理は抽象的過ぎて小学生にはちと難しい




先生は下敷きを効率的に摩擦させるコツの体得を通じて




静電気が生じるしくみを子どもたちに考えさせるという意図のようだった




そしてとうとうボクの恐れていた瞬間がやって来た




さあみんなもやってみよう!




ボクの背中にすーと冷たいものが走る




先生の合図を待ちかねていたようにみんなは




嬉々として自分のアタマに下敷きを擦りつけ始めた




ボクはまるで生きた心地がしなかったが




落ち着けうろたえるな、ちゃんと洗ったハズだからと




仲間たちには厳しい目配せを送った




だが異変は




ボクが想像していたのと少々違ったカタチで現れた




いくら擦ってもみんなの毛が逆立たないのである




静電気は乾燥した環境で発生する




みんなの下敷きは、ボクらがさっき水で流したとき手元に拭くものがなくて




ぺらぺら振って、水滴をはじいただけで机の中に戻したのだった




まだ微かに湿り気を帯びた下敷きは、静電気が起こりにくい状態だったと考えられる




小西先生は想定外の事態に苛立ちを隠せない




わが校を代表して研修授業を行うという晴れ舞台で




よもや髪の毛一本動かすことすらままならないとは




このままでは県下の恥さらしになってしまう




教室の後ろに居並ぶ視察団も異変を感じてざわつき始めた




焦りの色を隠せない小西先生は、ほとんど叫ぶように声を絞り出す




みんなもっと力を入れてコスるんだ!




子どもたちは一心不乱に擦りつづける




そうだそうそう




いいよ凄くいい




もっと強く




もっと激しく!




小西先生の声がややサディスティックな響きを帯び始めた




痛いよう




ボクと目が合った隣の子が情けない声を出した




あああダメだってばそんなに激しく動かしちゃ




痛くなるほど擦っちゃダメだ




皮が




あわわ皮が




皮が皮が




ズル剥けになっちゃうよ!




だが小西先生の鞭はもはやとどまるところを知らない




いやそんなんじゃダメだ!




そんなんじゃ立たない




もっと速く動かして




熱く感じるくらいでちょうどいい




小西先生の目はいつの間にか潤んで充血している




ああ立ってきた立ってきた




ぴいいーんと立ってきた




もう少し




あと少しだからやめないで




そうだ強く




もっと激しく!




教室は恍惚と沈黙とが奇妙に同居し




何とも名状し難い、異様な緊張感に充ちていた




そしてようやく、ほぼ全員の髪が逆立ち




教室中が安堵の雰囲気に包まれたかのように思われたその時




ひとりの子が




ハイ!と勢いよく手を挙げ質問した




先生、静電気にニオイってあるんですか?


(つづく)