ナナはボクが中学1年の冬に12歳で死んだ
大型犬は病気になりやすいし、たいてい寿命も短い
でも、今にして思えばナナは幸せな犬だったな
癌がお腹に散らばって、もう学校へ連れて行けなくなってからも
6年2組のみんなは連れ立ってボクの家にお見舞いに来てくれた
当時は暴対法なんてものはまだなく
ボクの家には■■組と毛筆で大書された、厳めしい看板がおおっぴらに掲げられていたけれど
子どもたち同士はそんなことに関係なく自由に行き来をしていた
そんな中、小学校の卒業式を間近に控えたある日
香椎さんが突然ボクの家に現れた
ナナへ最期のお別れを告げに来てくれたのだ
いやひょっとしてボクへのお別れだったのかもしれない
手にはガーベラの花が三輪
ボクたちはお互い話したいことがたくさんあったはずなのに
いざ二人きりになってみると
どうしてもうまく言葉にすることができなかった
彼女もボクの隣に座って押し黙っている
いまでも覚えてる
彼女の俯むいた横顔、綺麗だったな
そして重苦しい雰囲気のまま、そろそろ彼女がバレエのお稽古に行く時間が迫っていた頃
ナナがちいさな奇跡を起こした
ナナはお見舞いの花束に鼻先を突っ込んで何やらごそごそやり始めた
腸の手術をしてから、ナナには花を食べる癖があった
また食べるつもりだな
どうせすぐ下痢するのに
ボクはコラ、と叱ろうとした
するとナナはガーベラを一輪、口にくわえたまま
もうほとんど動かなくなっていた脚でよろよろと懸命に歩いて
彼女の膝の上にぽんと置いた
あんまり花を食べないように、かつて原っぱで仕込んだ芸を
いま繰り出すとは
ナナ、ぐっじょぶ!
彼女は少し泣いて
「ナナ、ありがとう」と名残惜しそうに抱きしめた
ボクにはどうしても言っておかなければならないことがあった
「ごめんな、髪。せっかく伸ばしてたのにな」
「ううん、いいの。またすぐ伸びるよ」彼女は笑った
そして外まで彼女を送って別れた
手にはスカーレットのガーベラが一輪、大事そうに握りしめられていた
ボクたちはそのまま卒業を迎え
ふたりだけで言葉を交わしたのはこれが最後になった
時は過ぎ去り
いつの間にか、ボクは当時はオジサンにしか見えなかった小西先生の年齢に近づいている
先生やみんな、今はどうしているかな
元気にやっているかい
ボクはなんとか生き延びているよ
この中で一番先に死ぬのはejだ、なんて言われてたのにな
香椎さんは震災の時、自宅のマンションが倒壊して亡くなった
あれから髪は伸ばしたんだろうか
ボクはあなたのいちばん美しかった瞬間を今もこうして覚えているよ
街は跡形もなく崩壊し、そして何事もなかったかのように再開発され
ナナと遊んだ球場裏の原っぱにはショッピングモールが建っている
今はもう当時の面影を残すものは何も無い
でもこうやって、ナナやみんなのことをなぜかふと思い出して笑ったりするとき
ボクはこう思う
ああ、ナナがいまあの世から花を送ってくれてるんだなって
そして祈る
長く伸びた髪を王女のように飾る
あの世でいちばん綺麗な花
ナナがあなたに捧げていてくれますように。