「愛してはいけない人」 


・・・

「気をつけて・・」



今にも零れそうな瞳で。 

小さく手を振っている。 

これから先。あなたのほうが、もっと。 

気をつけて歩いて行かなければならないのに。 



でもこれ以上、小さく手を振るあなたを。 

見ているのは辛かった。 


「気をつけて。」 


僕は走り出した。 














・・・ 
ねぇ?どうして。 

僕たちは、こうしてふたり。 

ふたりで歩いて行くことは出来ないのだろう。 



ねぇ?どうして。 

大切にしていたけれど、壊れてしまうのだろう。 

きっと僕たちは、大切なものしか持っていなくて。 


そう。 

その大切なものを、守るものを持っていなかったんだ。 




「愛している」 

子供のように、囁いた。 

あなたは、困ったような顔をして、髪を撫でた。 

そして、僕の髪に顔を寄せて。 

「私のほうが、もっと愛しているわ」 

そう、囁いた。 





僕たちは、裸足で子供のように走り回った。 

ふたりが手にしていたものは、愛情しかなかったけれど。 

それだけで素敵なことだった。 

きっと、大丈夫だと思っていた。 


でも、都会を歩くには、あまりにも無防備で。 

傷ついた両足は、いつの間にか動くことも出来なくなって。 


「愛している」 

大切にしていたけれど。 

降り注ぐガラスの破片に傷ついて。 

壊れてしまっていたから。 


焼けたアスファルトの上。 

涙がこぼれては、消えた。 


それでも、涙の向こう側。 

道端に咲いていた小さな花は。 

とても綺麗だった。 



ふたり泣きながら微笑んだ。 

どのくらい笑っていなかったのだろう。 


でもそれが、最後の笑顔だった。 




「ここまで歩けて、良かった。」 



「一緒にいてくれたのが、貴方で良かった。」 





















・・・ 
次の角を曲がると。 

愛している人は、逢えない人に変わってしまう。 



「気をつけて。」 



ずっと、僕を見つめて。 

小さく手を振り続けている。 

今にも零れそうな瞳で。 



僕のこと。心配しないで。 

これから先。君のほうが、もっと。 

気をつけて歩いて行かなければならないのに。 



小さく手を振り続ける君が。 

ただ、切なかった。 























・・・ 
「愛している」 

子供のように、囁いた。 

あなたは、困ったような顔をして、髪を撫でた。 

そして、僕の髪に顔を寄せて。 

「私のほうが、もっと愛しているわ」 

そう、囁いた。


白鳥 海 


















角を曲がって。 

僕はいつまでも泣き続けた。 









うつむいた道端には、小さな花が揺れていた。