「たくさんの桜の向こうで」
『また、逢おうね。』
卒業式は、そんな不確かな約束をしているようで。
駅に続く道は、ほんの少し淋しくて。
卒業だけが理由じゃないけれど。
この街を離れて。
何か大切なものが、見つかる気がしたんだ。
駅のホーム。見知らぬ制服、卒業証書。
偶然、出逢ったのに、懐かしい気持ちになった。
出発のベルが鳴っても、見詰め合って。
突然の桜の花びら。たくさん舞い落ちて。
君を見失った時、扉が閉まった。
振り返る駅のホーム。
君の姿は、たくさんの桜の向こうに。
ずっと、振り返って。
どこの誰かも、わからないのに。
見えなくなったホーム。
見下ろした右手に、僕は微笑んだ。
「一緒に行こうか。」
にぎりしめた卒業証書に、桜の花びら。
『また、逢おうね。』
僕は桜の花びらに、約束をして。
・・・
高層ビルから手を伸ばした。
でも、やっぱり空は高くて。何もつかめなくて。
「僕が見た空は、高すぎたのかな。」
純粋に、誠実に生きるには、この街は少し冷たすぎて。
幾つもの季節が通り過ぎていくように、
たくさんの人たちが通り過ぎていった。
交差点に、踊る花びら。
『・・・偶然でもいい。君に逢いたい。』
信号が変わっても、僕は動けなくて。
・・・
桜の花びら、ホームに舞い落ちて。
「また逢えたね。」
桜の花びらにささやいた。
懐かしい駅のベンチ。
桜は少し恥ずかしそうに僕の足元で踊った。
「・・・偶然なんかじゃないわ。」
僕を包む影。
足元の桜は騒ぎ始めて。
「あなたを愛するために、生まれてきたから。出逢ったことは必然で。」
・・君に包まれた。
「春になれば桜が咲くように。あなたと巡り逢うことさえも必然で。」
涙がこぼれないようにするのが、精一杯で。
大人になったはずなのに。
あの時、何を卒業したのだろう。
桜が君の肩に舞い落ちた。
僕は、こわさないようにそっと。でも強く。
君を抱きしめた。
深い海にいるようだった。
遠い昔。何万年も前から、君を愛しているようで。
「・・・ずっと、逢いたかった。」
次の電車が走り去っても、
季節が移り変わっても、
幾つもの時代が訪れようと、
幾度、生まれ変わっても。
「君を、愛している。 」
あの日の電車が、たくさんの桜の向こうで止まった。
白鳥 海
「ずっと、逢いたかった・・・ 」