「小舟」
ちいさな舟だった。
君はゆっくりと漕ぎ出した。
大きな海にひとり。
辿り着けるように祈りを捧げた。
「気をつけて・・」
僕の船は波を受け、壊れかけている。
方向を失い、ただ波に浮かんでいるだけで。
夢の島へ向かって漕ぎ出したのは僕も同じだけれど。
もう何年も経ってしまったね。
強い風、降り続く雨。
いつからか船は動かなくなった。
強い風、降り続く雨、冷たい視線、止まない中傷。腐りきった社会。
その波はやがて君に襲いかかるだろう。
それでも厚い雨雲の向こうに太陽があるように。
君の目指す場所がきっとあるはず。
もしも迷った時は、太陽を見上げてごらん。
恥ずかしい自分に気がついた時には、ゆっくりと方向を変えてみるといい。
大丈夫。君なら辿り着けるだろう。
辿り着いて欲しい。
きっと僕たち大人が汚してしまったのだろう。
あんなにも綺麗だったこの海を。
透きとおる波しぶきを受けて、微笑んで渡れるようにしたかった。
こんなはずじゃなかったんだ。
大きな海は、僕の船をたたきつけた。
もう進むことは出来ないだろう。
でも傷ついた分、優しさをもらったんだ。
もしも僕の船の傍を通り過ぎることがあったなら。
少し持って行くといい。
きっと、必要になるときがあると思う。
今はまだ優しさなど、ただ頼りないものにしか感じないかもしれない。
でもいつか気づくだろう。
どうしようもなく躓いたとき、そっと開けてごらん。
大丈夫。君なら辿り着けるだろう。
君の背中を見ている。
決して振り返ってはいけない。
自分を信じて、自分を愛して。
大人の言いなりになる必要はない。
だって僕たちは先にいなくなってしまうのだから。
君の背中を見ている。
海の向こうに太陽が昇る。
君の目指す場所がきっとあるはず。
「気をつけて・・」
僕は祈りを捧げた。
冷たい雨、浮かぶ小舟。
祈ることしか出来ない自分が悲しかった。
白鳥 海
君の背中を見ている。
少し勇気をもらった気がした。
壊れかけの船を少しだけ直してみよう。
傷口を優しさで塞いで。