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2か月ぶりに

 2か月ぶりに髪を切ることができました。なかなか行ける日が無くて。いつもお世話になっているところは、いつもなら月火と定休日なんですが昨日は何故か営業していてラッキーでした。しかもサービスデーだったらしくいつもより多少安く切ってもらっちゃいました。

 髪を切ってさっぱりした後は、先週発見した古民家を改装した洒落たカフェ(夜はワインバー)で一服。カプチーノラテをいただきました。私のすぐ後に来られた近藤さん(1955年生 男性)とオーナー(1961年生? 男性)と私(1980年生)で1時間ほど雑談しました。世代こそバラバラですが、写真の話や長野市内の古くて魅力的な建物の話等々で盛り上がりました。たまにはこんな感じで時間をつぶすのもいいなぁと思いました。いろんな楽しい出会いがありそうです。

 カフェを出たら、例によって馴染みの古道具屋へ直行。なかなか良い上りの古松代の片口がありましたが、ぐっとこらえて見るだけにしておきました。月末まで残っていたら持ち帰ろうかなと。何も買わずに帰る予定でしたが、おろし金を一つだけ買いました。

 古道具屋を後にして、魚屋、古着屋といつものようにまわり、帰宅。今日は見るだけ、欲しいものがありませんようにと心の中で呟いて古着店の中に入ったのですが、この日もダメでした。vintageのつなぎを一着、PENNEYSのヴィンスエを一着、Levi'sの66後期を一本購入。ジーンズは色落ちも良くてサイズもドンぴしゃ、値段も何故かロープライスだったんで放っておけませんでした。

 この日も何だかんだで結構使ってしまった。今月はまだまだこれから出費が控えているというのに...いかん。




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瀬戸のおろし金。昭和に入ってからのものです。最近こういうものも人気が出てきているようです。

墨を磨るということで...

 土曜日は久々に書の稽古に行きました。教室で児童や生徒に交じって2時間ほど臨書し、師匠に添削していただきました。大人の場合は自宅で書いてきたものを添削してもらうというスタイルをとっている方が大半で、教室で練習される方は少ないです。自分の書きぶりを晒すのは今の私にとっては時に恥ずかしさと心苦しさを感じますが、そうした経験も上達には必要なことと思って入塾当初から続けています。

 この日、塾生の添削が終わった後、師匠は先頃開催された驥山館全国書初展の賞状書きのために掌ほどの黒い硯で墨を磨っておられました。「先生、その硯は何ですか?」と私。「辰野町の鍋倉水厳ですよ。」と師匠。続いて、「井出君(私)の今の質問も墨を硯で磨るということが無ければ出て来ないわけですよ。」と師匠。「(なるほど、当たり前だと思っていたことが揺らいできてしまっているということか。)」と心の中で私。さらにあれこれ尋ねてみると最近では書道を嗜む人の中でいつも磨った墨を使っている人というのは極々少数派になってしまっていて、長野県内でも固形墨を積極的に使うように指導しているところは極めて少ないのだとか。どうやら墨汁の普及に押され、墨を磨るという行為が日常的なものではなくなってきてしまっているようです。確かに墨汁は使いたい時にいつでもすぐに使える、気温や湿度の変化に対する性状変化が小さい、腐敗しにくい等固形墨には無い特長がありますから、正直私も使ってしまうことはあります。しかしながら、作品書きとなると墨汁は使う気にはなりません。添削時にばれてしまいますし。私は書歴も浅く磨り墨についての知識もまだまだなんで墨色等々あれこれ論ずることは出来ませんが、書き味、運筆の良さという点に於いても墨汁に勝っていることは確かです。また、固め筆(筆の根元を墨で固める方法)として筆を使う時には磨り墨でなくてはなりません。

 墨は文房四寶、筆硯墨紙のひとつと数えられその奥の深さは言うまでもなく、今の私にはその表層しか窺い知ることができません。墨を含め文房具を愛し、用材の性質や良し悪しを知っておくということは書を志す者にとっては書技向上のためには大切なことだと思います。ただ書くというだけでは真に本格には到底至りません。書は東洋文化を代表する精神芸術ですから、先人達が示しているように学識や精神修養を積むことをおろそかにしては芸術という領域に昇華させることはできません。

 自分はどうせなら本格を目指したいと常々思っています。偶々暮らすことになった川村驥山ゆかりの「書のまち」篠ノ井。幸運にも現在の師匠に就くことができ、この上なく恵まれた環境下に私はいます。私の知る限り、現在県内で私と同世代で書に打ち込んでいる人物はごくごく少数で、その中で男性となると恐らくほんの数人です。私には特別な才能があるわけではありません。大学で書を専攻したエキスパートでもありません。しかし私が途中で投げ出してしまったら...と思うと、やめてしまったり力を緩めることは許されないんです。昨今の書道ブームは書道人口の増加という部分では歓迎されるべき現象と言えますが、それでまともな文化としての書が多くの人に伝承されていくかということは別のところにあると思います。私は物事に明るくありませんが、脈々と受け継がれてきたものが廃れてしまう危機にあるということを書をやっていない人たちよりは少しだけ知ってします。だから、私はこの世界に片足を突っ込んでしまった以上ちょっとでもまともな担い手になりたいとただ思っているだけなのです。たかだか書歴5年程度の私がこんなことを言うのも厚かましことなんですが...

 私が指導者になれるのか?という疑問符はさておき、書に関してはせめてまともなことを伝えたい人物になりたいと思うのです。先の見えない、果てしない道程ですが、逃げに走らず本格というものを意識しながらやっていきたいものです。



 最近の私は真面目だ。



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龍渓硯(一石作)。縦16センチ。5年くらい前に買ったもの。龍渓石は辰野町で産出される硯石(粘板岩)で真っ黒で石紋は見られません。多くのものは実用を意識したシンプルな作硯様式で、周囲に石皮が残されています。龍渓石の中でも石質が優れる水厳石(鍋倉水厳)は産出量が少なく高価です。




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昨年購入した端渓の古硯。古硯とは通常100年以上前につくられたものを指すようです。縦20センチ。作硯様式から清朝の作であると推定されます。何代にも渡り使用されてきたらしく、所々に欠けや彫の磨滅が見られ、硯面も擦り減って中央部は少し窪んでいます。しかしながら石質は良好。とても良く墨が下ります。端渓硯もまた奥が深い硯石のひとつです。端渓について書かれた書籍を何冊か購入して読んでみましたが、普段古端渓の名品に触れるチャンスは少ないわけですから、知識として端渓とはこういうものだという認識があっても、実際にはわからないことが未だ多いです。古端渓の佳硯となると安価では求めにくく、私の様な安月給では何面も買うことはまず無理です。しかしながら、用材の良さは実際に手にして使ってみないとわかりませんからね。決して無駄にはならないと思うんで時にはこうした買い物も必要と勝手に解釈しています。まともなものを買えればの話ですが...より佳い用材を手にするためにも研鑚は日々必要なんです。

今日も...

 今日もとりあえず10kmのロードワーク。ペースは前回と同じくらいで。例によってラスト1kmは全力疾走。外気温氷点下一℃、風(+)のバッドコンディションでしたが一時間弱走ってまいりました。10km程度ではそれほど疲労も残らないようなので無理なくいけそうな感じです。それでも毎日となるとオーバーワークになりそうなんで、一日は空けるようにして週3くらいのペースでやっていこうかと思っています。


 トレーニングを済ませて程なく数日前に注文したものが届きました。何を買ったかというと、シャンプー他3点。そんなものは近所のドラッグストアで買え、と思うかも知れませんが、今はネット販売を利用した方が賢く物が買える時代ですからね。近所じゃなかなか買えないものも簡単に見つけることができて、さらに格安で手に入れることができるのでホントにありがたいです。家電、食品、衣料品、書籍...ネット販売は割と利用する方だと思います。先程もAmazonで4/12リリースのfoofightersの新譜「wasting light」を予約しました。店頭販売の半額程度、しかも送料も無料とくればわざわざ買いに出掛けることもなくなってしまいますね。




今日の一服
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カフェオレ&弟の沖縄土産のサーターアンダギー。ちょいとハイカロリーだけど最近は基礎代謝も上がってきてると思うんで良しとしましょう。



こんなのかけてみた

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Buffalo Springfield “Buffalo Springfield(1966)” Stephen Stills、Neil Young、Richie Furayがかつて在籍していたバンドの1st。僕のはReissue盤です。いい曲がたくさん詰まってます。