『マルティン・ルター』 徳善義和(とくぜんよしかず) | 前山和繁Blog

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英語学習の記事も時折書くことにした。

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『マルティン・ルター』 徳善義和(とくぜんよしかず)

マルティン・ルターの伝記である。180ページほどの分量ですが、よくまとまっている。文章は明晰であり読みやすい。

『マルティン・ルター』を要約すれば、マルティン・ルターは聖書の翻訳と学問に一生を捧げた、とでもなるでしょうね。

ルターはヴィッテンベルクの城外で教皇派の多くの神学書と共に教勅と教会法を焼却した。(p82)

そして

年が明けて翌21年の1月3日、教皇からついに破門の大教勅が発せられた。この破門の大教勅は、21世紀の現代に至るも、いまだ解かれていない。(p83)

ルターはカトリックの教えが本来のキリストの教えとは大きくはずれていたことを批判し、カトリックの教会法をも焼却した。カトリックを全面否定したルターは、破門にされるのは当然であっただろう。

ただ、私は、マルティン・ルターの著者である徳善義和やプロテスタントの人々、あるいはカトリックの人々とは違った感想を持ってしまった。

イエスはユダヤ人であったというのはルターも知っていたし、現代のキリスト教徒も知っている知識である。

イエスはユダヤ人であったからには、ユダヤ人に対して教えを説いたのである。イエスは当時のユダヤ人に対して必ずしも律法にはとらわれなくてもいいという主張をした。

イエスはあくまでもユダヤ人としてユダヤ人に対して教えを説いたのであり、非ユダヤ人のローマ人に教えを説いたのではない。そもそも非ユダヤ人のローマ人はユダヤの律法など十分に理解していなかっただろう。

イエスはアラム語かヘブライ語かもしくはその両方を使用していたようだ。では、その当時、非ユダヤ人のローマ人のアラム語なりヘブライ語使用率はどの程度であっただろうか、母語が通じない人々へ教えを説き通じさせる方法はイエスの生きていた期間には、まずなかっただろう。イエスの存命当時はキリスト教徒の信仰の証である新約聖書は存在していなかった。ということは、ユダヤ教とキリスト教を区別することなどできなかったのである。そしてイエスを処刑したのはあくまでもピラトである。イエスはユダヤ人の裏切りによって処刑されたのではないだろう。

つまり、イエスという人物はユダヤ人のなかの変り種である。そしてユダヤ人はイエスの存命当時から現在に至るまで、イエスを救い主であるとは認めていない。

そして、イエスは律法にとらわれなくとも神への信仰心がありさえすれば信仰は成立する、と言ってしまった。そのイエスの考え方をわかりやすく広めたのがパウロである。つまりは、イエスはユダヤ教に特有の食事規定その他の、日常的な決まりごとは守らなくても信仰は成立するという主張をしたのと同じである。

ここで、やっと私の感想の結論を出せる。

カトリックにせよプロテスタントにせよユダヤ教の律法、規範を完全に守ることなく成立している。しかし、イエスは律法にとらわれなくても信仰心さえあれば信仰は成り立つと言っていた。ならば、カトリックであろうがプロテスタントであろうが信仰心さえあれば、それで信仰は成立しているはずであり、たとえカトリック教徒であっても、信仰心があるのなら、それはキリスト教徒としての信仰のあり方としては正しいとなるはずである。

キリスト教は複数の教派を持つが、それは、もとのユダヤ教の律法、規範の多くを捨て去って去ってしまっているがゆえに、そうなるのでしょう。律法なり規範が一つしかないなら、それぞれかけ離れた儀式を有する複数の教派など生まれようがないであろう。もちろん、ユダヤ教にも複数の派はあるだろうが、ユダヤ教のそれぞれの派はカトリックとプロテスタントほどの距離の隔たりはないだろう。

カトリックにしてもプロテスタントにしてもキリスト教の信仰の源流はユダヤ教であるというのは、動かしがたい事実である。

ならば、神を正しく信仰したいという気持ちがあるならユダヤ教に改宗してもいいはずである。なぜルターはユダヤ教に改宗しなかったのか、それは私にとっては大きな疑問である。

『マルティン・ルター』には

当時、ユダヤ教では聖書(旧約聖書)は教師(ラビ)たちによってヘブライ語で伝えられ、シナゴーグ(ユダヤ人会堂)で朗読されていた。(p95)

という記述がある。ユダヤ人たちは、キリスト教徒の人々に差別されていたが、唯一の神への信仰を守り続け、ヘブライ語の知識もトーラー(Torah、キリスト教徒は旧約聖書と呼ぶユダヤ教の書物である)を通じて学んでいた。ルターは旧約聖書の翻訳もしたが、ヘブライ語はさほど得意ではなかったようだ。ルターがユダヤ教に改宗していればヘブライ語を十分に理解したうえでトーラーをドイツ語に翻訳することも可能だったのではないだろうか。私はそんな感想を持った。

ルターはユダヤ人がキリスト教に改宗するのではないかという願望を持っていたが、後にその願望は実現しないと悟り、ユダヤ人を否定するような『ユダヤ人とそのいつわりについて』という書物を書いたという。

ユダヤ教こそが唯一の神への信仰の原点である。それはルターにしてもそれ以外の人間にしても誰でも知っている知識である。ならば、ルターが正しく唯一の神を信仰するにはユダヤ教に改宗しなければならないという発想をもっても不思議ではないはずだが、そうならなかったのはなぜだろうか。なぜ聖書の知識にくわしいルターがユダヤ人を否定的に捉えたのだろうか。私はその問題を知りたかった。

『マルティン・ルター』には、ユダヤ人への差別の問題を説明している部分で

民族の伝統であるユダヤ教を守り信じるユダヤ人たちは、中世のキリスト教的一体世界では周辺の存在だったのである。ユダヤ人のキリスト教への改宗は、ルターの生涯の課題であった。(p162)

という箇所がある。

これはキリスト教徒の視点からの見方である。ルターはキリスト教徒であるし徳善義和もおそらくはキリスト教徒なのでしょうから、こういう説明をするのでしょうね。

だからユダヤ教は民族宗教ではなく唯一の神への正しい信仰のはずである。一神教という枠の中ではユダヤ教のみが正統のはずであり、キリスト教もイスラームも唯一の神への信仰のあり方としては不完全のはずである。このごく初歩的な観察は誰でもできるはずだが、なぜキリスト教徒にはそういう観察ができないのか不可解である。

唯一の神を正しく信仰したいならば、キリスト教徒こそがユダヤ教に改宗するべきではないだろうか。もちろん、唯一の神を正しく信仰するつもりがないなら、ユダヤ教徒になる必要はない。もちろん信仰は各人の自由である。誰も強制はできません。

ユダヤ教は民族宗教ではないのになぜ民族宗教などという記述をしてしまうのだろうか。ユダヤ教に改宗することは昔から可能であったし、ユダヤ人は単一民族でなどない。これも誰でも知っているはずである。

なぜ、マルティン・ルターは正統な信仰を保ち続けるユダヤ人を尊重できなかったのだろうか。その理由は、無知な私にはわからない。

ルターが近代の義務教育の礎を築いたのは立派であった。日本人には現在にいたっても義務教育の理念を理解しない者がいるが、それは日本人の大部分が非キリスト教徒だからなのだろう。

ルターが訳した聖書等に使用された書き言葉が近代ドイツ語の源流になった。多くの人々に通用する書き言葉を開発したルターは偉大な人間である。規格化された書き言葉を生み出したがゆえに多くの人々の間で知識の共有を容易にできるようになったのだから。

青字部分を追記しました。2012.8.25.


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