当時あいつと暮らしていたのは

大阪市浪速区日本橋西2-1-1のマンション

当時、向かい側は日本橋中学校のグラウンドがあって、その横は公園だった。

公園には7〜8のブルーシートのテントがあってホームレスが住みついていた。

 

毎日昼過ぎに起きて、キツネ色のメスチワワを連れてアイツと公園に行ってた。

ホームレスのおじさんの一人がよく話しかけてきた。

ちょうどその頃、公園のテントで飼われていた白い雑種の犬が子犬を産んだ。

4頭の子犬、4頭とも真っ白だった。

 よく話しかけてくるおじさんはその一頭を譲り受けた。

おじさんは子犬が春に生まれたからって、子犬にハルと名前をつけた。

 

子犬たちは鎖にも繋がれず自由に公園の中を戯れて追いかけ合いをして走り回ってた。

飼ってたチワワのタラポもリードを取って一緒に走り回らせた。

犬達は本当に楽しそうに公園を走り回ってた。

毎日昼過ぎに起きたらタラポがリードを咥えてきて公園に行くことを要求してきた。

早くハルたちに会いに行こうとせがんだ。

 

そんな5月の日曜日の夜、1時ごろ、あいつもオレも仕事が休みで家にいてテレビかなにかを見てゴロゴロしてた。

急にタラポが走り出して開いていたベランダに出ていってさかんに吠えた。

なんだろうと思って7階のベランダに出た。

外に向かって吠えた。

タラポを抱き上げるて外を見渡すとグランドの方を見て呼ぶように吠えた。

かすかに子犬たちの声が聞こえてきた。

見下ろしたら公園とグランドで白いものが動いてた。

その夜は綺麗な月夜の青い光が公園とグラウンドを照らしてた。

一つの新しい青白い小さなものが動きだした。

フェンスの下の隙間から次々と白いあの子犬たちが公園から中学校の広いグラウンドに入り込んで走り始めたところだった。

犬は聴覚と臭覚が秀でてる。

タラは犬だからその音がよく聞こえていたんだろう。

 

タラにも見えるように抱き上げてやり、

オレもグラウンドを見おろした。

くっついたり離れたり、白い小さな子犬たちは広いグラウンドを走り回ってた。

深夜のグラウンドに動き回る子犬たち、月の青い光に照らされて青白く光ってた。

幻想的な景色だった。

春の深夜、肌寒い中、しばらく見てた。

見ていて毎夜ずっとこうあって欲しいと思った。

 

しばらく公園に通ってた。

ホームレスのおじさん達は一人また一人といなくなった。

子犬達はそれぞれ違うホームレスに飼われてた。

子犬たちはホームレスたちといなくなっていった。

母犬を飼ってたホームレスもまた少ししたらいなくなった。

ふた月もしたらハルだけになった。

 

あんなにはしゃぎ回って仲の良かった兄弟犬たちは誰もいなくなった。

毎日会うたびにハルを撫でてたら、ハルはすぐに大きくなった。

あいつがタラポを連れて部屋を出て行った。

 

オスチワワのリコを飼い始めた。

リコを連れてハルに会った。

ハルはオレの後ろにいるべきあいつとタラポを探してた。

ハルとリコはすぐに仲良くなった。

オレはマンションを引き払った。

少し離れた場所に引っ越した。

半年ほどした時に、

車で公園の近くを通った時にハルとおじさんを見つけた。

おじさんは歩道の電柱にもたれて足を投げ出してた。

ハルを見たら懐かしくて車から降りて触りに行った。

おじさんは酒で酩酊状態で道端で寝てた。

 

「ハル」

声をかける前からハルはオレを分かってた。

白くてソフトバンクのコマーシャル犬みたいなハルは優しい笑顔でオレの手に撫でられた。

オレが春の背中を強く揉むようにして撫でるとハルは身体をこちらに押し付けてきた。

(覚えてくれてるんだね)

真っ白なはずのハルは最近、手入れしてもらってないんだろう薄汚れてしまってた。

何度もハルと声をかけて撫でてたらおじさんが

「ハルを知ってんのかぁ?」

薄く目を開けて言った。

ハルはおじさんを見てから少しつまんなさそうな顔をした気がした。

でもとても優しい目をしてた。

 その場を離れた。

 

それからまた数年後、あいつが刑務所に行った時にリコを連れて想い出の場所を散歩して回ってた。

あの公園の中に行った。

ホームレスを追い出すためなのか公園の工事が始まってた。

工事中で土を掘る音がうるさかった。

工事の隙間の端っこ、狭い所におじさんのテントがあった。

リコを連れて公園に入った。

いきなり吠えたててくすんだ色の犬が襲ってきた。

リコがびっくりして吠え返した。

襲って来た犬が唸るのをやめた。

ハルだった。

入ったところにおじさんがいた。

「あれ?お兄ちゃん久しぶりやなぁ」

シラフのおじさんがいた。

少し話した。

ハルは自分たちを追い出すための工事の音に気が立ってた。

 おじさんはハルを連れて行く次の居場所を探してるようなことを言った。

「この公園ももう追い出される、もうおられへん」

 

あの頃、その公園は南海本線って電車の高架沿いにあった。

当時その高架下の大きな壁に小学生たちが書いた壁画があった。

その中に白い小さな子犬4匹と大きい犬1匹が笑ってるのをあいつとオレは見つけた。

子供たちがハルたち親子を描いたんだと思った。

 

今はもう、ハル達はもうどこにもいない。

あの公園は何度も無駄に造成を繰り返しホームレスを追いだした挙句、今はもう跡形さえない。

ハルは幸せに生きれたと思ってる。

あの日あいつと見つけて嬉しくなったあの壁の絵もとっくの昔になくなった。

 

ハルはおじさんといれて幸せだった。

ハルはおじさんといることが幸せだった。

 

 

 

 

 飼い主と犬たちにほそれぞれ物語がある。

たとえ悲しい別れがあったとしても、一緒にいた時、

犬たちはあなたのことが大好きで仕方なかった。


家で留守番をしている時、あなたの足音が近づいてくるのをいち早く聞き取る。

帰ってきたあなたの匂いを嗅いで、あなたが今日なにをしていてどこにいたか思いを馳せる。

一番大好きな匂い、あなたの匂い、足音、声。

一緒にあなたと歩く時、その犬は得意そうにしてませんでしたか?

嬉しそうにあなたを振り返ってきませんでしたか?



せつなくなるぐらい愛し合った。

出会えて嬉しかった、毎日が幸せだった。