ハッピーフューの英才教育が、誰にでも出来る理由
それは、ハッピーフューの英才教育が「未来先取り教育」に過ぎないからです。
人間の能力は、現在自覚されているより、はるかに大きなものです。
人類のこれまでの発展が、その証拠です。
「それ」が何であれ、
「それが可能だと理解・信じた」時点で、
「その実現に取り組み、実現してきた」人間の能力により、
現代の文化・文明に至った歴史をみれば、明らかです。
今、我々は機械を使って空を飛び、宇宙へ進出し、驚異的な速さで計算し、シュミレーションにより様々な予測を可能とし、遠距離の顔をあわせた会話をし、生命の原理・宇宙誕生の謎まで追及しています。
100年も前に、現代の姿をおぼろにでも想像できたのは、SF作家の先駆けである、ジュール・ベルヌ位でしょうか(笑)
SFで思いつくのが、タイムトラベルです。
もし健康な幼児(1、2歳位)が、現代から江戸時代へ、一方もう一人の幼児が江戸時代から現代へタイムトラベルし、運よく各時代の平均的な家庭に拾われ、実の子として養われたと仮定してみましょう。
江戸時代に行った子は、江戸時代の常識を持ち、現代に来た子は現代の常識を持った人間として、成長するでしょう。
何故なら人間は、自分を取り巻く環境を「常識」として取り入れる事で、群れの一員として生きて行こうとする生物だからです。
ですから人類が、「100年先の(良い方向に発展した)予想できる現実」を、
「常識」として受け入れ、教育を受けたなら、
その人間は100年先の常識を持った「現代の英才」に、
かなり容易に成長出来る訳です。
あとは「教育する側」が、100年後、いや未来を予測して、それに即した「教育方法」を確立し、実際に教育出来るか?だけが問題となる訳です。
そうして確立できた教育を、「未来教育」とよび、誰でも実現できる形にした為、誰もが「現代の英才あるいは秀才」となれる、仕組みです。
(天才教育という言葉は使っていませんが、それも可能だと思っている人もいます。しかしそこまでは、立ち入らない事にします。)
ですから皮肉な事に、現代の教育の仕組みが「未来教育」を取り入れた時点で、子供は皆、英才になれますので、そのレベルの子供は、英才とは呼ばれず、平均的な成績をとる普通の子と評価されるようになるでしょう。
大丈夫です。
そうなれば、そのまた100先の予測をすれば良いだけです。
早くそうならなければ、資源のない日本の未来はないでしょう。
世界規模では、世界共通の特許申請制度と、その制度を保護できる監視各機関及び国際民事裁判所を確立し、
国内では、水準の高い教育・研究機関を作り上げる事で、日本は知的資源国として生き残れるでしょう。
話がそれましたが、では「未来先取り教育」とは、実際にどのようなもので、
現段階でどのような実行可能な方法があり、
どのような目標を立てればよいのでしょう?
次回から、それらについて考えていきましょう!
ハッピーフュー学長