俺の酒に対する憧憬なんだが。

おぼつかない記憶ではあるが確か最初はウイスキーで、そしてそれはサントリーのトリスから始まった。

TVCMが流れカラーになりたての画面でトリスおじさんの顔が赤く染まっていくユーモラスなシーンが心に残っている、定かな記憶では無いんだけどね。

当時ウイスキーはかなりハイカラで都会の匂いがしてトリスバーなる専門店が流行っていた。

親父たちはそこにたむろして、皆それでただの呑兵衛からジェントルマン、要するにかぶれちまったんだよ。

新人類でいる為にはトリスをたしなまなきゃ大人の男じゃ無かったんだ。

大人の男の理想の定番はタバコは新発売されたばかりのハイライト、酒はトリス、マージャンをたしなんで女好き、そう決まってたんだ。

俺はそれからちょっと出遅れ世代で未だ10代だったが、タバコは高嶺の花だったセブンスターを気取って、そして酒はサントリーレッド、そこが始まりだった。

若かった俺達はレッドの大瓶があってそれをがむしゃらに飲んでいた。

二日酔いが新しい体験で不快感よりも新鮮な驚きだったね。

だから懲りなかった。

喉と口腔がもろにやられて体はボロボロになって味覚なんか完全消失。

それでもシケモクを漁りながら徹夜で麻雀に耽って大人の仲間入り。

だからウイスキーは大切な小道具で大人への入り口だったんだ。

ウイスキーは勿論ニッカも人気があったが俺達はサントリー、CMにそのまま乗せられてたんだね。

レッドからやがて白、それからダルマ、やがてリザーブそんな生活を単純に本気でそんな事を夢見ていた。

若く幼い酒飲みってのは単純明快、そんな思考にはまり込んでやがてアルコールそのものにのめり込んで行く。

無茶飲みの末、金が無くなってもアルコールには完全にハマったね、流石にヘアートニックにはてを出さなかったが。

そのまま依存症にならなかったのは未だ体が強く若かったせいなのかな。

酔っ払って失敗なんてザラ、電車で眠りほうけて目的の駅にたどりつけず最後はタクシーなんてのもあるし、ふと目覚めると畑の中とかさ、部屋にいつの間にかキャバレーののぼり旗があったりさ。

新調のスーツのズボンの膝に穴が空いてたり、多分四つん這いで帰って来たんだろうね。

まあ書けば尽きないんだが、一つだけ良かったのは俺は酒で暴力を振るったり、他人に絡んだり、そんな風で無かったことだ。

仲間も出来たしね。

俺は25才の時、ストレスで胃を壊して3分の2を切り取る大手術をしたんだがその時医者が「貴方は胃が小さくなって栄養が取りにくくなったんだから、もし嫌いで無かったら日本酒を一本程度嗜んだらいい」ってアドバイスされたんだ。

それで晩酌を常とする様になったんだがそれで収まる訳ないよね。

やがてウイスキーに変わり、若い時目指していた白に行き着いた。

でもその後世帯を持って貧乏になったもんだから焼酎に引っ越しさ、別に焼酎の格が低いって訳じゃ無いけどね。

今では信じられないけど若い時はビールをラッパ飲みしながら運転して海水浴に行ったりしてさ、幸い事故ることはなかったから良かったけど、今考えると恐ろしいね、人でも跳ねてたら今の俺は絶対ないもんね。

そんなこれやの飲兵衛生活を続けていた俺なんだが。

そうある日突然習慣としての飲酒、喫煙を辞めた。

50歳の誕生日だった。

節目だったんだね。

俺は何を思ったか秤にかけたんだ、酒やタバコに追いかけられる人生と「自由」とどっちが良いかってね。

気がつけば酒もタバコは自分の意思ではなくその依存性故に縛られていた。

それに気付いたらいきなりそれが我慢出来なくなった。

格好付けるけどさ、俺は自由人だ、自由をひたすら求めて大人になった筈なんだ。

自由を疎外する何物も許容出来ない。

ちょっと大袈裟だけど本気でそう思ったんだ。

勿論習慣から脱して辞めてしまうのは何大抵の事では無かった。

普段使ったことのない「強固な意志」なんてのを持ち出してさ、それなりに頑張っちゃったんだよ。

そして自由になった、習慣としての飲酒喫煙から解放された訳さ。

今は自分の意志で飲みたい時だけ飲む、主導権は俺自身に有る。

正月の元旦なんかは今でも気合いを入れて酔っ払う迄飲む。

ジョニ黒に初めて出会って洋酒の意味を知ったり、オールドパーで高級を実感したり、ブランデーにナポレオンの称号使う作り手のブライドを納得したり、カクテルの軽妙、北陸の気候と人間性が創る奥深い日本酒、さまざまな酒との出会いが今では只々懐かしい。

飲酒の習慣からは抜けたたもののいまでもたまにバーボンを舐めたりすると人類と酒との関係にまで心が及んで愛おしい。

人類と酒の付き合いは兎に角長いからね。

シラフにもどって随分経つがやっぱり世界が変わって見える、それが自由の実感だね。

ただね誤解されちゃ困るんだが、今現在飲酒を続けている人間、はたまたタバコを常用している人間、彼等を否定したり卑下したりする積もりは毛頭ない。

それはそれでその人が選んだ生き方なんだから。

俺は自由人として「自由」を選んだ、ただそれだけなんだ。

他人に禁酒禁煙を押し付ける程厚かましくはない。

君酒は好きかい、俺は酒大好きさ、自由にやらせて貰うぜ。


by konoe73