場末のお月様『その3』

何時もの事だけど、この夕陽ヶ丘の居酒屋は漂う匂いが良い。
モツを煮込んだ匂い、焼き鳥の香ばしさ、多分イカ焼きや、焼き魚の香ばしい残り香、それらが微妙に混じり合って、この店を場末の名店にしている。

禿げた頭に青いバンダナを巻いて、親父が串に鶏ももを刺している。

若い男が入って来る。襟足が幼い。
「親っさん,ビール」
髪を亜麻色に染めたノブオが,カウンターで吠えた。

「吠えるなノブ、お前ホントに二十歳か?」
「何だ、親っさん、機嫌悪いな。こう見えても自力で稼いでるんだ,文句無えだろ」
「カスが」
「カスってなんだよ,俺だって客だぜ」
「パチンカスじゃねえか」

そう言いながらも、ビールジョッキをノブオの前に「ドン」と音を立てて置いた。

「パチンカスってのは負けてる奴の事さ。俺はこれでちゃんと食ってる、正規の労働者だぜ」
「パチンコで家建てた奴はいねえんだ」

今日の親父は機嫌が悪い。博打を語るには、ノブオは若すぎる。

「家なんか建てるつもりはねえ。俺はレジェンドになるのさ」
「博打ってのはな、勝てば勝つほど失って行くんだ。それが分からなきゃ、一人前じゃねえ」

ノブオもムキになる。
「親っさん、俺には見えるんだよ、天釘がさ。他の奴と違うんだよ。失うものなんて何もねえ」

「お前、梁山泊って知ってるか」
「知ってるさ。伝説のパチンコ集団、負け無しのまま消えてったって話だよな」

親父は一瞬ためらった。そして言葉を繋ぐ。
「俺はな、その梁山泊の打ち子だった」
「えっ」

親父はノブオに聞く。
「お前、親は」
「俺,施設だし」
「友達は」
「いねえ」
「女は」
「いる訳ねえじやねえか」
「仲間は」
「それならいるけどさ」
「嘘だろ。お前が勝ってる時だけだ」

ノブオは返事に困った。実際のところ、今はたかられているだけだったから。
考えて見たら、自分には何も無い。

親父は続ける。
「お前、なんで梁山泊が解散したか分かるか」

ノブオを睨む様に言う。
「手配書だよ。勝ち過ぎて顔が割れて、打てなくなったんだ」
「嘘だろ」
「嘘じゃ無い。お前も勝ち過ぎたらウォンテッドだ」

ノブオは親父に追い詰められて、下を向く。
「俺にどうしろってんだよ」

親父は真顔で言った。
「お前、俺の弟子になれ。この店で生き方教えてやる」

ノブオは耐えきれずに店を出た。

闇夜にお月様が笑ってる。
ノブオは月明かりが何故か眩しかった。

「どうするか」ノブオ18歳の春。

by Konoe73