飛行機雲
あれは高三の時だった。
真面目なのか人付き合いが悪いのか貴方は何時も一人。
図書室で勉強してるのか、本を読んでるのか分からないけど、涼しい顔して座っていた。
お利口さんの孤独でも演出してたのかしら。
認めてあげる、白いジーンズとネイビーのTシャツは確かに格好良くて、清潔が心地良かった。
ただ毎日同じコーディ、他に着る物持って無かったのかしら。
私も家で勉強するより、図書室の方が集中出来そうで,通っていたんだけど、いつの間にか貴方が気になって,心に棲みついたの。
しょうがないわよね、私も丁度もの想う頃、男の友達んて居なかったし、貴方に惹かれたのは必然だったのかも知れない。
仲間の女子も受験の話より、推しのアイドルやファッションの話ばかり,そう言う時代だったのよ。
今更聞けないけど貴方はあの頃,私に気付いていたのかしら。
知らない間に私も貴方に合わせて清楚な女を装ってた。
自慢の長い髪もシュシュでまとめてさ、馬鹿ねそんな事したって貴方が気付く訳無いもんね。
もしかしたらあの時の私、もう既に貴方に恋をしてたのかも。
それから大学受験があって貴方の事は一時忘れていた。
何も無かった想い出なんて所詮儚い。
だから大学の図書室で半年ぶりに貴方を見かけて私は動揺した。
まさか同じ大学だなんて思っても見なかったから。
後ろ姿で直ぐに分かった、白いジーンズ,ネイビーのTシャツ。
「どうなってるんだこのバカ」思わぬ再会に心が罵声を放った。
多分嬉しかったんだ。
貴方は後ろに立った私に気づいて振り向いた。
こんなに近い距離で貴方を見た事が無かった。
長いまつ毛、透き通った瞳、ちょっとウェーブのかかった髪「チクショウ,イケメンじゃねえか」
多分私はビックリの変顔してたんだと思う。
貴方の方から話しかけた。
「君、確か、高校一緒じゃ無かったっけ」
「覚えていやがった、コイツも私を見てたんだ」確信で心が頷く。
「図書室で会ったよな」
「会ったどころじゃねえよ、人の心を奪っといて,とぼけやがって」嬉しかった、嬉しさが悪態をつかせる。
「一緒に学食行かね」
貴方はザックに読んでいた本を納めるとブラックのダウンに手を通す。
「そりゃ誘われりゃ行くわよ、でも友達になるにはそれだけのプロセスってものがあるんじゃ無いの」と思うが口には出さない。
「良いわ、付き合う」
立ったそれだけの出来事、それだけの会話だった。
冬枯れの大きな欅の間を縫ってキャンパスを歩く。
何だか私、男の人と二人で歩くなんて初めてだったから、恥ずかしくて周りを見た。
でもすれ違う誰も私達に気を止める事は無い。
その日は寒かった。
貴方は半歩後ろから歩いていた私を立ち止まって待った。
私が追い付くといきなり手を取る。
そして彼のダウンのポケットに私の手を引き入れた。
早業だったので抵抗の余裕は無い。
そして貴方はイタズラッ子の目をしてずうずうしく行った。
「あったけえ,カイロみたいだ」
私の羞恥心が貴方の大胆に負けた。
私は敗北と同時にすべてを奪われた、勿論何処かで望んでいたのかも知れない。
学食では二人共カツカレーを頼んだ。
貴方は一方的に古くからの友人に話す様に私に語りかける。
私は黙って聞くばかり。
「実はな,俺、明日から旅に出る、世界旅行さ、金は無いから、そこだけ問題だけど」
「何故私にそんな事話すの」
貴方はカツを頬張りながら微笑む。
「ちょっと格好付けたくてさ」
「何、格好って」
「日本でさ、待ってくれる女が欲しかった」
「何待ってくれる女って」
「だってさ、そんな女でも居ないと俺は放浪者になっちまう」
「いきなり会って私にそれをやれと言う訳」
「思い切り沢山のエピソードを聞かせてやる」
私はその展開に付いていけない。
「心配するな必ず帰って来る」
「何言ってるのこの人、私を何だと思ってるの」言葉には出来ない。
「じゃあな、待ってろよ」
そう言うと貴方は先に席を立った。
その時私は呪文の罠にハマった。
自分の意思とは別に「待ってるわ,私待っててあげる」ともう一人の自分が言っていた。
そして四十年が過ぎた。
結婚のチャンスも何度か訪れた。
でも私の左手は貴方がポケットに入れて持っていった。
青い空の向こうに飛行機雲が流れる,その度に貴方が帰って来た。
と、思う。
by Konoe73